誰がために
歳を重ねるごとに、自分が積み上げてきたものを託す相手がいないことに恐怖を覚えてしまう。自分の死後、自分のことを語ってくれる人が誰もいなくなるということは、とても寂しいことだ。文句でもいいから、語ってくれる人がいるということは、有り難いことだ。
男が拳骨をつくる。指の間から鈍色の刃が跳び出す。両手合わせて総数6。かぎ爪を装着した忍者のようだ。
「サイボーグなのか?」
「ミュータントだ」
整形の延長として、異種交配が進んだ21世紀後半。交配といっても、獣姦ではない。抽出したDNA同士を人工的にかけ合わせる処置だ。これにより、人間と動物のハーフが誕生した。人々は、“それら”をミュータント(変異体)と呼んだ。
「どうしたぼくを?」
「喜ぶ人間がいるからさ。あんたの死は、誰かをハッピーにするんだよ」
「死にたくない」
「もう金をもらってる。あんたの死は、売り買い可能な商品になったんだ。商品<モノ>は感情を持たない。だからあんたの哀願は俺には聞こえない」
男は一呼吸の内にぼくとの間合いを潰し、片腕を鞭のようにしならせる。街頭の光を受け、男の拳に生えた刃が閃く。ぼくの首に違和感が走る。落ちそう―
「あばよ、ハイスクールボーイ」
翌日、住宅街の通りで男子高校生の斬殺死体が発見された。男子高校生は鋭利な刃物により首を切断され、即死だったと報道された。その報道を観た人々は、「犯人はミュータントだ」と噂した。恐怖と不満の受け皿となったミュータントたちは、怯えながら人間社会で暮らした。しかし、自分たちの地位を確立しようと立ち上がる者もいた。また、人間と手を組み裏稼業に身をやつす者たちもいた。
人間とミュータントたちは、均衡を保ちながら共存している。今のところは。