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雨の日の

作者: YRKK

午後八時を回った。

街灯が等間隔で並び、月明かりもない夜道をどうにか明るくしようとしている。

今朝から雨はとめどなく降り続けていた。しかも土砂降り。さすが梅雨の時期とでもいうべきか。

雨は嫌いじゃない。

でも雨具を持つのが嫌い。

矛盾しているという自覚はある。

雨具なんて持ったら、荷物が増えるだけだ。常に身軽でいたい。

自分でも偏屈なやつだと思う。

嫌いなことはとことんやらない主義だ。

例え外を歩く人間が例外なく傘を差していたとしても、俺はささない。

好奇の目を向けられても気にしない。信念を突き通す。

けれどこの信念とやらをいつまで貫けるのかといえば、わからなかった。

なにせ先ほど、幼馴染みと喧嘩をしてきて惨めなことに逃げ出してきたのだから。

幼馴染み、大和律子は世話好きだ。悪く言えばおせっかい。

喧嘩の元は学校に傘を持たずに登校してびしょぬれになったこと。

雨具を持ってきていなかったこと。この二点。

教室に入るなり先に登校していた律子が目をむいて怒った。

ハンドバックからバスタオルを出してきて、使うように強要してくる。

何でバスタオルなんか持っているのだというツッコみはしないでおいてほしい。

世話好きの鬼は俺が雨具を持ってこないことを知っているから、わざわざ用意してきたのだと思う。

よくやるよな。

素直に受け取ればよかったのかもしれない。けれどそのときは無性に腹が立って、そいつの手に乗っていた水玉模様のバスタオルをはたき落した。




「頼んでねーことしてんじゃねーよ」



思い切り睨みつける。

律子は目をみはって呆然としていたがみるみる顔が赤くなった。



「何それっ、風邪引いたらどうするつもりなのっ」



「お前には関係ねーだろ」



失せろ。

そう吐き捨てて、教室を出た。

そのまま授業をさぼり、現在に至る。




ジャケットは見事に雨水を吸えるだけ吸った。

ただでさえ動きづらい制服が、異常な重さを背中に押しつけてくる。

スニーカーは雨の侵入を拒まないので、中は大洪水だ。靴下がぬれて気持ち悪いというよりも、足先の体温が奪われて感覚が怪しい。凍傷になったら笑いものだな。多分、ならないと思うが…。

あてもなくただ足の赴くままに進む。家に帰る気はしない。帰ったところで誰もいない。

両親は海外に行っている。高校生になることを機に、親戚の家から独り立ちした。

毎月、必要最低限の仕送り。マンションで生活している。

料理はしない。いつも弁当を買う。スーパーで半額のシールが貼られる頃合いを見計らって。

電子レンジは買っていない。

だからたいてい冷たい食事になる。

コンビニでは買わない。

温めてもらえるという特典つきだけれど、物価が高い。

将来は両親のように海外に行きたいと考えているから、貯金はしておかなければならなかった。




公園に来た。

人がいない。

ひっそりと静まり返っている。

少し不気味だ。

ベンチに座る。目の前には噴水。水は出ていない。

座るといっそう冷たさを感じた。木製なので、こちらも制服に負けずに雨水を吸い込んでいる。

真上の街灯が頼りなく明滅している。誰も気がつかないせいで、電球を変えてもらえなかったのだろうか。


首を背もたれに預けて空を見上げる。見開いた目に、口に、鼻に、容赦なく入り込む雨。

肌に突き刺さるような大きくて鋭い雨粒。



 ただ、何も受け入れたくはない。


 いや、違う。


 受け入れ方がわからないんだ。



優しさには慣れていない。

けれど律子は容赦なく優しさを向けてくる。

昔はそれでも照れながら、嬉しくないような振りをしながら、受け取ることができた。

けれど今は色々と物事がわかるようになって、あいつのやさしさはなかなか珍しいものだと気がついた。でも、どうやって向き合っていけばよいのかわからなくて。



不意に上からの滴が途絶えた。傘だ。紺色の傘。



「びしょ濡れじゃん。どーしたの?」



 のぞき込んでくる見慣れた童顔。小学校四年生来の幼馴染み。顔を起こす。



「……律子」



睨みつけてもそいつの表情には満面の笑みが咲いていた。明滅を繰り返す頭上の電気のせいで笑顔は何回も影に隠れる。それでも輝いて見えた。まぶしかった。目が細くなる。



「ほら、帰ろうよ。風邪引くよ?」



差し出されたバスタオルは今朝、床に落としたものだ。

素直に受け取るだけでよかった。素直に水気を拭き取ればよかった。

ただそれだけの作業なのに、俺はまた払い落とした。

足元でたまった水が飛び散ってズボンにかかるが今更気にしない。



「勝手に帰れよ」



 バスタオルが急速に水分を吸収する。律子の眉尻は下がっていた。傘を打ちつける雨の音。

しかし突然音が遠ざかった。見上げれば傘はない。行方を追えば、たたまれていた。律子が隣に座る。



栄人はるとが帰らないなら、あたしも帰らないね」



律子も制服姿だった。ずっと俺のことを探していたのだろうか。 

横でバスタオルが拾われる。一緒に泥も吸っていた。ベンチの脇に折りたたまれて置かれる。

からからに乾いていた隣の髪も、制服も、肌も、どんどん湿っていく。舌打ちを漏らす。

そのままでいることにした、払わずにそのまま。

優しさを受け入れられる準備ができるまで。

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