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四章


 ばーかばーか! 

 リックのばーか!

 ぼろぞーきんのよーにしてやるー!

 ふーんだ! 一人でやってやるもんねー!

 リックの力なんていらないんだからっ!

 かりゅーなんかちょちょいのチョイでお茶の子さいさいなんだからっ!

~~中略~~

 リックなんて大っきらい! しんじゃえっ! 寝るっ!

――以上、ティナの絵日記より抜粋


『ティ、ティナ! 大丈夫にゃのか!?』

「なにがー?」

『勝手に出て行ったらまたリックに怒られるにゃ!』

「ふんっ! リックなんて知らないもんっ!」

『お、俺様が怒られるんだけどにゃ~……』

 ティナは現在、ノ・モアレの塔跡地の西の森の中を歩いている。会話の様子からもわかるように、リックはいない。ジンも、ファルクもだ。いるのは戦闘に対してはお荷物にしかならないアルトのみである。

 そして、ティナの腰には鉄製の刀が入った鞘がある。もちろんティナの作った物だ。出来で言えば、相当の代物だ。旅の道具屋【ルハオ】の相場で言えば二三〇ギン、といったところだろうか。

 ティナはその刀をおもむろに抜き、背の高い草に向かって振った。

「ふーんだ。リックもこの草みたいになればいいのだ」

 草は、ティナの間合いの分だけ背が低くなった。その切り口は鮮やかで、最初からそういう草だったようにも見える程だった。

『ティ、ティナ、なんか怖いにゃ……』

「なんか言ったー?」

『いいえ、にゃにも言ってません』

「ならばよしっ! さぁ行くぞー、目指すは――えっと、なんとか火山!」

『確かバーナレア火山だにゃ』

「うん、それ! 火山ていうくらいだから煙とか上がってるんじゃないかな?」

『確か休火山だったと思うにゃ……』

「堅い事は言いっこ無し! さぁ行くなりー!」

『………………、はぁ……』

 アルトの溜息など気にも留めずにティナは歩き出す。ちなみに、アルトの心配は魔物に襲われたらどうしよう、とかの類では無い。むしろ、ティナの気紛れに対してだ。下手をしたらバーナレア火山に到着できないかもしれない。そっちの方が不安だったのだ。

 しかし、それも杞憂に終わる事となる。

 なぜなら、ここの会話から丁度一日経った時。

 ティナはバーナレア火山の麓に到着したのだ。


▽△


 時間を少し巻き戻そう。

 巻き戻るのは二日前。

 ティナがリックに黙って勝手にアルゲンタムを出発した日の、夜である。

 場所はリック達が泊まらせてもらっているアルゲンタム城の豪華すぎる部屋。

「……ティナは?」

 リックはジンに尋ねた。

『わからぬ……』

 ジンは困った顔をしてリックを見ている。

「置き手紙とかは――」

『あるわけがない』

「ですよね……」

『ついでに言うとあのクソ猫もいない』

「だろうね。ティナがいない時は大体アルトもいないからね」

『どこに行ったのだろうか?』

「たぶん――バーナレア火山じゃないかな……」

『なっ……!? 一人でか!?』

「いや、アルトも一緒だと思うよ」

『あんなクソは数に入れる必要はない。むしろいるだけでマイナスだ』

「それはヒド過ぎないか? ――それにしても、どうしたものかな」

『追うか?』

「それはもちろん。ぼくが言いたいのは――どうやって追うかって事さ」

『……そうか。確かに、足では追いつけないだろうな』

「うん……。城から早馬とか借りれないかな?」

『頼んでみる価値はありそうだと思うが』

「よし、じゃあ早速サランさんのところへ行こう」

「了解した」

 リックとジンは小走りで部屋を出た。そして、サランの部屋へと向かった。


 リックがサランの部屋のドアを開けた時、サランは椅子に座って本を読んでいた。タイトルは、【王になるための一〇〇〇個の秘訣】。

 そんなにあるのか、秘訣って。

 と、ツッコミを入れたかったリックだったが、それどころではないという事で入れなかった。

「あ、リックさん。どうしたんです? そんなに血相変えて」

 何も知らないサランは読んでいた【王になるための一〇〇〇個の秘訣】にしおりを挟んでパタンと閉じると、リックに笑顔を向けた。

「ティナが――いなくなりました」

「は?」

「おそらくバーナレア火山に行ったんだと思います」

「えぇっ!? 一人で!?」

「正確に言うと一人と一匹で」

「な、なんでまた……?」

「たぶん、昨日の事が原因で……」

「あぁ……、派手にケンカしてましたね……」

「その時ぼくが『ティナなんて一人じゃどこへも行けないよ』という様なニュアンスの事を言ったのが原因でしょうね……」

「それは――そうなのかもしれないですね……」

 場に重い空気が流れた。リックが頭を下げて落ち込んでいるのを見て、サランは無理やり笑顔を作って、

「ぼくも一緒に探しますよ。手伝います」

 と言った。それはリックにとって嬉しい言葉だったが、

「いえ、サランさんの手を煩わせるわけにはいきません」

 と、断った。そして本題に入った。

「その代わりと言ってはなんなんですが、早馬を一頭貸して頂けないでしょうか? 出来ればいちばん早い馬を」

 それを聞いてサランは不思議そうな顔をした。

「リックさんは馬をお持ちじゃなかったですか?」

「……あぁ、ファルクの事ですか。確かにいますけど、ファルクじゃティナに追いつけないんですよ。走る以外の筋肉がつき過ぎちゃって」

「そうなんですか。それでしたら――そうですね、ぼくの馬をお貸しします」

「え? いいんですか?」

「はい。他ならぬリックさんの頼みですから無下には出来ません。それに、この城の馬で一番の脚を持った馬はぼくの馬ですから」

「ありがとうございますっ。このご恩は必ず返しますのでっ」

「ははは。いいんですよ。いつかの薬草の代金だとでも思って下さい」

 そう言ってサランは立ち上がった。そしてリックの方に向き直ると、

「じゃあ、急ぎましょう。ティナさんにどんどん離されちゃいますから」

 と言ってから部屋を出た。

 それを見ていたリックも、気を持ち直し、サランの後に続いた。


▽△


 この辺で時間を元に戻そう。

 現在、ティナはバーナレア火山の麓にいる。

 そびえ立つバーナレア火山は、標高五一二〇メートルの山である。

 そして、その山の内部に火竜はいるわけなのだが、そんな事を知る筈もないティナは、麓をうろうろしていた。

「これって登らなきゃいけないのー?」

『そうかもしれにゃいにゃ』

「中に入る洞窟とか無いかなー?」

『……無いと思うにゃ』

「ぐぬぬー。じゃあ登るしかないようだねっ!」

『行くしかにゃいにゃっ!』

 アルトは破れかぶれだった。そして、ティナはバーナレア火山を一度見上げると、ニヤリと笑って登りだした。が――その時。

「ガルッ!」

 バーナレア火山に一歩踏み入れた瞬間、ティナ達は一匹の魔物に襲われた。

 熊に似ている。が、身体の模様は黄色に黒の斑点で、豹のものだ。そして体長は、少なく見積もってもティナの三倍近い。

 一級危険生物、【ゼブラグリズリー】である。

 なぜ豹柄なのにゼブラなのかと聞かれても、ティナは答える事が出来ないだろう。おそらくは、「それがそうだからそうなんだよ」くらいの事しか言えまい。

 だが、そんな事はどうでもいい事だ。

 なぜならこの場合、不幸なのはティナでは無く――ゼブラグリズリー方なのだから。

「ガァァァァッ!」

 そうとは知らずにゼブラグリズリーは右腕を振り上げ、ティナに向かって鋭い爪を振り下ろした。ゼブラグリズリーにとっては、ティナだろうがなんだろうが自分の領域(テリトリー)を侵した人間である事に変わりは無い。それがたとえ――類稀なる天才だったとしても。

 ギィン!

 ティナはゼブラグリズリーの爪撃を、鞘で受け止めた。

「うぅぅ~。重いよぅ」

「ガァッ!」 

 ティナの言葉など理解している筈もないゼブラグリズリーは、左の腕も振り上げた。

『ティ、ティナ! まずいにゃ!』

「だいじょーぶだよー? ――それっ!」

 ゼブラグリズリーの振り上げた腕がティナに振り下ろされる一瞬前。

 ティナを押しつぶそうとしていた右腕が、血飛沫を上げてごろごろと地面に転がった。ティナが斬ったのだ。それも、恐ろしく早い速度で。

「ふふん。らっくしょー!」

「ガガガッ! ガフガフ……」

 ゼブラグリズリーは斬り落とされた部分をぺろぺろと舐め、悶えている。そして、ティナを見ると、後ずさりをし、尻尾を見せて逃げ出した。が――。

「逃がす訳ないでしょー」

 ティナはもうすでに空中に跳び上がっている。そして、落下しながら手に持った刀をゼブラグリズリー目掛けて振り下ろした。

 ザシュッ! ゴロゴロゴロゴロ……。

 ゼブラグリズリーの首は一瞬で斬り落とされた。可哀そうな事に、断末魔すら上げる事を許されなかったのだ。

「ティナは強いのだっ! あはははははははははははは!」

 刀を高々と掲げ、ティナは思い切り笑った。

『あ、危なかったにゃ~』

 アルトもホッとした表情をしている。ちなみに何が危なかったかというと、ティナがゼブラグリズリーの攻撃を受け止めた時、爪がかすっていたからだ。あと数ミリ奥に爪が来ていたならアルトの頭には今頃穴が空いている筈である。

 まぁとにかく、前哨戦を終えたティナとアルトは、バーナレア火山の山頂目指して歩き出したのだった。

「リックのバーカ!!」

 ティナの声が、バーナレア火山の麓に響いた。


▽△


 バーナレア火山。

 火竜以外にも、たくさんの魔物が生息している。

 中でも代表はゼブラグリズリーだ。

 端的に言うと豹柄の熊なのだが、なぜかゼブラグリズリーという名前だ。

 学者達の間では、昔は平原に生息していたためにゼブラ柄だったが、人間の勢力が拡大したおかげで次第に森や山の中に追いやられ、そこで生きるために豹柄に変化したのだと考えられている。

 その他にも炎トカゲのサラマンダー、顔が獅子で尻尾が蛇、胴体が山羊の魔獣キマイラ、よりも一回り小さいレッサーキマイラなども生息している。どちらも一級危険生物である。

 

 さらに、薬草や毒草の類も多種多様に存在している。木の実もたくさん採れるらしい。

 まぁ、サランさんが調べてくれただけで、自分で調べたわけではないんだけど。

 ――……とにかく。

 今は一刻も早くティナを見つける事が先決だ。

 本当はこんなの書いている暇なんて無いんだけど、それはまぁ、日課という事で。

――以上、リックの手記より抜粋


 そして時間は巻き戻る。ティナがあと少しでバーナレア火山の麓に着く頃。

 リックはノ・モアレの塔の跡地へ向かって急いでいた。ちなみに夜である。

「それっ!」

 リックは馬に鞭を入れた。

 真っ黒の馬である。その馬のスピードはリックの思った以上に早く、出発してからまだ一日も経っていないのに、すでにノ・モアレの塔の跡地は目前だった。

 という事は、この馬とももうすぐお別れという事だ。

 それから、決して長くは無い時間リックは馬を走らせ、ノ・モアレの塔の跡地へと辿り着いた。

 リックは馬から降りると、馬の首にポンと手を置き、撫でた。

「ありがとう、ディープ。助かったよ」

『ブルルルル』

 ディープと呼ばれた馬は、嬉しそうに首を上下させた。

「じゃあ、もう城に戻ってくれ。サランさんによろしく――っと。忘れてた」

 リックは懐から手帳のような物を取り出すと、それの最後のページになにやら書き込み、そのページだけを破った。そして、ディープの手綱にくくり付けると、

「これにお礼を書いておいたから、サランさんに渡して――って言っても伝わらないかな。覚えてたら渡しておいてくれ」

 そう言ってリックはもう一度ディープを撫でると、まるで「行け」という風にディープの尻を叩いた。

 するとディープは、一度『ヒヒン』と(いなな)き、アルゲンタムに向かって疾風の如く走り去った。

『り、リック。さすがについて行くのでやっとだったぞ』

 ディープと入れ違いに、ジンが到着した。さすがに鷹を馬に乗せるわけにもいかず、止むなく飛んで来させたのだ。

「ご苦労さん。ここからはぼくの肩に乗っててくれよ」

『そうさせてもらおう』

 そう言ってジンはリックの肩に乗った。

 リックはそれを確認してからティナの向かったであろう西の森を見据え、そこに足を踏み入れた。



 そして、森の中に入ったリック達は、少し進んだところでたき火をしていた。

 ティナの事だから、何かアクシデントでもない限り夜は寝ている筈だというリックの判断で、今日はここで野宿をする事になった。

 急いでいたためにろくに食料も持って来ていなかったのだが、さすがは森というべきか、山菜の類や木の実など、当分は凌げるほどに食料はあった。ジンのためのネズミもすでに捕ってある。

『リック。後どれぐらいで着くのだ?』

「うーん。後一日もあれば着くと思うんだけど。とにかくティナに追いつかなきゃいけないからね。今日は早く寝て、明日は朝早くに出発しようと思う」

『そうか。ならば夜は私が見張っていよう。リックはゆっくりと休め』

「え? そんな、悪いよ」

『いや、私は明日からほとんど動かずに済むのでな。このぐらいはさせてくれないと困る』

「うーん……。そこまで言うなら」

『感謝する』

「じゃあぼくは寝るよ。日が昇ったら起こしてくれないか?」

『了解した』

 リックは背中の刀を外し、それを枕にして目を閉じた。

 明日こそティナに追いつきますように。明日こそティナが心を入れ替えてくれますように。

 そんな事を願いながら眠りにつくのだった。


▽△


 さらにもう一度。

 時間をティナがバーナレア火山に入った後、それより更に一日が経過した時まで進める。


 ティナとアルトはバーナレア火山の山頂にいた。

 山頂には底が見えない程に深く、直径三〇メートル程はある大きな穴が空いている。

 バーナレア火山の火口である。

「うわぁ! 深ーい!」

『ぶ、不気味だにゃ……』

 この場合、反応として正しいのはアルトの方である。底が見えないだけならまだしも、三〇メートル程下からは真っ暗だ。

「よーし! 入ってみよー!」

『え!? ちょ、ちょっとティナ!?』

「そーれっ!」

 ティナはアルトを肩に乗せたままひと思いに跳び下りた。

「きゃっほぉぉぉぉぅ!」

『うにゃあああああああああああああああああああああ!』

 火口は二人の歓喜と恐怖の叫びの反響で凄い事になっている。

『ティナ! 死んじゃうにゃ! 絶対死んじゃうにゃ!』

「たぶんだいじょーぶっ!」

『たぶんじゃダメじゃにゃいかっ!?』

「イケるってー! それぇぇぇぇっ!」

『ムリむりムリ無理! 絶対ムーリー!』

 一人と一匹はどんどん加速しながら火口を落ちていった。

 アルトはそこで気を失ってしまったが、ティナはそれに気付いていない。それどころか、

「たのしー!」

 とまで言っている。さらには、

「絶対リックに目にもの見せてやるんだからっ!」

 と、意気込みを語る余裕さえある。

 そこで、可愛そうな事にアルトが目を覚ました。たった数秒の気絶だったのだ。

『ま、まだ落ちてる……。死にたくにゃいにゃー!』

「だいじょーぶっ!」

 ティナはそういうと落下する方向に身体を捻って無理やり変え、火口の壁を蹴った。

 すると、一瞬スピードが落ち、ティナが何度もそれを繰り返すと、どんどん落下速度が低くなっていった。

 そして、ティナの目にもアルトの目にも底が見えた時、スピードはほとんど無かった。

 ティナは着地してからニコニコと笑い、

「よゆーでっせー!」

 と、高らかに叫んだ。

『い、生きてるにゃ。凄いにゃ! 絶対死んだと思ったにゃ!』

 アルトも上機嫌だった。

「結構明るいねー」

 ティナの言う通り、火口の底はそれなりに明るかった。今現在が昼間だというのが幸いし、日の光が火口に漏れて来ている。

「かりゅーはどこかなー?」

 ティナは鼻歌を奏でながら火口を走りまわった。アルトは気が抜けたのか、為すがままになっている。

 その時だった。

『誰だ、貴様ら』

 太い声が火口内部に響き渡った。

 ティナが声のした方向に振り向くと、火口内部の一段高いところ、玉座か何かなのだろう、という感じのところに、真っ赤な肌に大きな翼を持ったドラゴンが座っていた。

『我の問いに答えよ。誰だ、貴様ら』

 ドラゴンは怒気を孕んだ声でティナとアルトを問いただした。

 それにティナは無邪気に笑って見せ、

「ティナはティナだよー! 世界一の道具屋なのだー!」

 と言い、それに続いてアルトも、

『おおおおおおお、俺様はアルトだにゃ! おおおおおお、覚えておくといいにゃ!』

 と、明らかに震えた声で喋った。

『ふん……。哺乳類が一体何の用だ? 餌にでもなりに来たか。ちょうどいい。眠りから覚めたばかりで腹が減っていたところだ……』

 ドラゴンは明らかに挑発している。しかし、それにティナは気付かず、正直に答えたのだった。


「ティナはねー。かりゅーをやっつけにきたのー!」


 場の空気が凍りついた。はっきり言って、火口では有るまじき事である。

『ほう……。我をやっつけるとな? 面白いではないか……』

 沈黙を破ったのはドラゴン、もとい火竜だった。先程までとは比べ物にならない怒気を言葉からは感じられる。

「へぇ~。かりゅーって赤いんだぁ」

『気付いてにゃかったの!?』

 アルトはすでに火竜の雰囲気に吞まれていた。

『くっくっくっくっく。我をここまでコケにするとはな……。貴様ら、生かしては帰さんぞ!』

「ふっふーん。牙と卵を頂くのだ!」

『行くぞ!』

 火竜は翼を大きく開き、羽ばたいた。そして空中に飛びあがると、ティナ目掛けて滑空した。

 それを見たティナは腰の刀を引き抜き、応戦しようとした――が。

『甘いわっ!』

 火竜は口から炎を吐き、それによってティナの持っていた刀はドロリと溶けてしまった。

 間髪入れずに突進してくる火竜を避け、ティナは火竜が元々いた高台に登った。

「ぐぬぬぅ。けっこーお気に入りだったのにー」

 そう言いながらもティナは溶けた刀を横に投げ捨てた。

『くっくっく。鉄如きでは我を倒すどころか傷一つ付ける事さえ出来ぬわ』

「ふーんだ。いいもーん。まだ武器はあるもんねー」

 そう言ってティナは上に来ているローブを脱いだ。それと同時にアルトも落ちる。

 ティナがローブの下に着ている服は、リックとおそろいの忍び装束だった。ただ、色は純白だが。

 しかし、それよりも目につく物があった。

 それは、ティナの背中に細いロープで括り付けられている。

『なっ……!? それは、まさか!?』

 火竜が驚くのも無理は無い。

 ティナの背中に括り付けられている物、それは――

「ティナの武器だよー? 十字手裏剣【疾風車(はやてぐるま)】でぇーす!」

 それはリックの刀と同様に、虹色に輝く巨大な手裏剣だった。十字型に刃がついていて、真ん中に穴が空いている。

 ティナはその穴の中に指を入れ、手裏剣を頭の上に持って来ると、グルグルと回転させ始めた。

『その素材は――まさか!?』

「素材? なんだったけー? んー? 忘れたー」

『貴様――何者だ!』

 火竜は焦っていた。なぜか? それは、見覚えがあったからだ。遥か昔に一度だけ、産まれて初めての恐怖を火竜に与えた色。

 しかし、それをティナが知る筈もない。ティナは疾風車をグルグルと高速で回転させ、火竜の問いに答えた。

「だから言ったでしょー? ティナは世界一の――道具屋さんだよっ☆」

 ティナの手から疾風車が解き放たれ、それと同時に火竜が吼えた。

『舐めるな小娘っ!』


▽△


 今度はちょっとだけ戻る。

 ティナが今まさに火竜と戦おうとしている時。

 同時に太陽が真上にある時。

 リックはバーナレア火山の八合目付近を登っていた。

 ほとんど寝ずに先へと急いだ結果である。

「ジン、ティナは見える?」

『見えん。もう山頂にいるのではないか?』

「そうだといいんだけどね……。実は森の中で迷ってるんじゃないかと思うと気が気じゃないよ」

『それはないだろう。さっき見たゼブラグリズリーの死骸がそれを物語っている』

「そうなんだけど――でも、心配だ……」

 そんな事を言っているリックだったが、実はティナがもうすでに山頂に辿り着いていて、さらには火口から落ち、火竜と戦おうとしているという事は知る由もなかった。

「でも、とりあえずは登ってみよう」

『うむ。では行こうか』

「ティナ……。お願いだから、お願いだから無事に――」

 ジンとリックはバーナレア火山をどんどん登って行った。

 

 そして、太陽が少し西に傾いた時。

 リック達は驚異的なスピードで九合目付近を登っていた。

 簡単にそのスピードを説明するのならば、右足が地面につくかつかないかの一瞬の間に左足がすでに前に出ている、といった感じだ。忍び装束を着てそんな歩行をしていると、どう見ても忍者にしか見えない。

 そして忘れてはならない事がもう一つ。

 ここは山で、歩いているのは登山道ではなく獣道だという事だ。

 そんな道をリックはジンを肩に乗せて高速で登っているのだ。だというのにリックは。

「くそっ。ぼくはなんでこんなに足が遅いんだっ! これじゃあティナに追いつけない!」

 そんな事を言っていた。

『いや、十分に早いと思うのだが……』

「ダメだダメだ! ティナはもっと早いんだ! ティナをどうにか超えない事にはぼくはいつまでも……っ!」

『リック、目を覚ませ! 今はティナを超える事ではなくティナに追いつく事を考えろ!』

「そうか、そうだね。超えるどころか追いつけてもいないんじゃ……。ティナがぼくを対等の存在だと思わないのも当然だ。まずは同じスタートラインにつかないとね」

『そういう事では無いのだが……、まぁいいか……』

「よーし、頑張るぞー!」

 リックは意味のわからない自己完結をし、気合を入れてまた登り始めた。

 そのスピードはさっきよりも早く、およそ人間とは思えない程だった。


 そして、西の空に太陽が沈みかけた時。

 リックは山頂に辿り着いた。

 標高五一二〇メートルの山を半日で登り切った事は称賛に値するが、生憎リックの目的は山を登り切る事では無い。

「もしかして――この穴の中に?」

 リックの目の前には、深い深い火口があった。今現在、ティナはこの底で火竜と戦闘を繰り広げているのだが、そんな事をリックが知る筈もない。

『どうする? 入ってみるか?』

「ジン。愚問だね。もちろん――入るさ」

 リックは腰のポーチから糸の巻かれたロールと小さな杭を取り出した。巻かれている糸は淡い赤色で、かなり細い。

 リックは火口の淵に小さな杭を打ち込み、そこにロールにまかれた糸を括り付けた。そして厚手の手袋を装着した。

「よし。行こう」

『うむ』

 リックはロールを下へ投げた。すると、ロールの落下に従って糸がどんどん伸びて行く。

 それを確認すると、リックは糸をしっかりと掴んだ。

「頼む……。無事でいてくれ……」

 そう言ってリックは糸にぶら下がり、少しずつ火口の底へと降りて行った。


▽△


 リックは少しずつではあるが火口を下り、色々と紆余曲折(火口の壁にぶつかったり、手を滑らせたり)を経て、火口の底へと降り立った。

 火口内部はところどころが赤く燃え上がっており、暗くは無かった。むしろ明るいぐらいである。が、温度はかなり高かった。

 それだけで何が起こっているのかリックは理解出来た。

 ティナが火竜と戦っているのだ。それも――物凄く派手に。

「ティ、ティナは!?」

 リックは辺りを見回し、ティナの姿を探した。

 そして――見つけた。

 奥の高台で戦っている人間と火竜の姿を。

「――――――っ!」

『リック! 待てっ!』

 リックはその光景を見て言葉を失い、それと同時にジンが止めるのも聞かずに駆け出していた。

 くそっ! こんな事になるなんてっ! 全部、全部ぼくのせいだっ! ティナを止める事が出来なかったぼくの責任だっ!

 心の中で自分を責めながら全速力で走っているリックの表情は、誰の目にも明らかな程に焦っていた。

 高台まで走り切ったリックは見てしまった。

 ティナが片膝を地面について、頭上で疾風車を回している。

 巨大な火竜が口に真っ赤な炎を溜め、ティナを見据えている。

 その光景に、リックの顔は青ざめた。

 そして、いても立ってもいられず、また走りだした。さらにリックは背中の鞘から虹色に輝く刀を引き抜いた。

「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」

 リックは助けに行ったのだ。

 右肩は裂けて血を噴き出し、左腕に至っては欠落し、左目を潰され、足でさえ何本か指を失う程に痛めつけられた、満身(まんしん)創痍(そうい)の――


『くたばれ小娘っ!』

「危ないっ!」

『なっ!?』


 火竜、の事を。


 キィンッッッ!

 リックはティナの手から放たれた疾風車を虹色の刀で受け止めた。しかし、勢いに押されて吹っ飛び、火口内部の壁に叩きつけられた。疾風車は見えない糸で操られているかのようにティナの下へ戻って行く。

 かなり吹っ飛んで地面に落ちて倒れたリックだったが、すぐに立ち上がった。

「はぁはぁはぁ」

『汝は誰だ? なにゆえ我を助けた?』

「ちょっと待って。呼吸を整えるから」

『む……』

 リックは深呼吸を二度してから、さっき自分が助けた火竜に向き直り、

「この度は連れが本当にご迷惑をおかけしました」

 火竜に深々と頭を下げた。

『は?』

 火竜が初めて間の抜けたような声を上げた。そんな火竜は時々、怪我をしたところから血が間欠泉のように噴き出ている。痛くは無いのだろうかとリックは思う。

 そこで、ティナが口を挟む。

「なにしに来たのー? ティナ一人でもだいじょーぶなのにー!」

 ティナはふくれっ面でリックに向かって落ちていた小石を投げつけている。

 それをリックは一度溜息を吐き、片手で防ぎながら、


「一人で馬鹿な事をしている妹を止めに来たんだよ。兄として当然だろう?」


 と言った。

ティナはそれを聞いてさらにふくれっ面になったが、火竜の反応は違った。

『な、汝ら……。兄妹なのか?』

 火竜の目、残った右目は、キョロキョロとリックとティナを見比べている。

『し、信じられん……』

「ちなみにぼくは母親似で、ティナは父親似ですよ」

『馬鹿なっ!?』

 火竜は余りの驚きで痛みまで忘れたらしく、火口の壁にガンガンと頭をぶつけている。

「そこまで驚かれるとさすがに心外ですね……」

『わ、我は今まで七〇〇年もの時を生きて来た……。しかし! ここまで似ていない兄妹など見た事が無い!』

「昔は似てたんですよ。昔は」

 そう言ったリックは懐から二枚の写真を取り出した。そしてそれを火竜の右目に近付けた。

『こ、これは――産まれたてではないかっ!?』

「えぇ。物凄く似てるでしょう?」

『産まれたての人間の赤子など全てこのようなものであろうがっ!』

「まぁ、信じられないかもしれませんけどね……。事実です」

『――――――――――っ!』

 火竜は絶句している。それを見て、リックは苦笑しながら頬をポリポリと掻いた。

 そこでティナが空気を読まずにまた口を挟む。

「かりゅーのきばとたまごはティナが盗って帰るつもりだったのにー」

『なに? 我の牙と卵だと?』

「あぁ、本題を忘れてましたよ。ホントはこんな暴力的な手段を取るつもりは無かったんですけどね……」

『深紅の封珠でも手に入れたのか?』

「御名答です。それに――ミスリルも」

『それならばそうと早く申せばよいものを……』

「すいません。全部ぼくのせいなんですよ」

『……何があったのだ?』

「大した事じゃないんですけどね――ただの兄妹ゲンカです」

 リックはその兄妹ゲンカの詳細を話し始めた。

 ゆっくりとした口調で。


▽△


 場所はアルゲンタム城の一室。

 リック達が王の配慮で住まわせてもらっている、豪華すぎる部屋である。

 その部屋のこれまた豪奢なベッドの上で、ティナがリックに言った。

「しょーらいは絶対結婚しようねー?」

 ティナにしてみれば本心からの言葉である。が、リックにとってはそれが本心であれば本心であるほど、気を病む要因になるのだ。

「ねぇー。結婚しないのー?」

 そんな事は露ほども知らないティナは、無邪気な笑顔で無言のリックに問いかける。

「結婚か……。でもそれは無理だよ……」

 リックは俯いて言った。

「なんでさーっ!? リックはティナの事嫌いなのーっ!?」

「違うよ。好きとか嫌いとかじゃないんだ。ぼくとティナは兄妹だから、だから結婚できないんだ」

「ティナはこんなにリックの事が好きなのにーっ!」

 ティナは目に涙を浮かべながらお得意のふくれっ面でリックを見ている。

 それを見てリックは嘆息しながら言った。

「はぁ……。そろそろ聞き分けてくれよ……」

「ふんっ! リックが悪いんだもん!」

 ティナはプイッとリックから顔を逸らした。

 それを見てリックは呟いた。

「ティナはいいよね……。いつもお気楽に生きていけるから。ぼくは店の経営とかで頭を悩ませているっていうのに」

 後々の事を考えると、この言葉が全ての発端だった。

「むがー! ティナにだって悩みくらいあるもんっ!」

「それは初耳だね。何が悩み?」

「えっとぉー。リックがティナと結婚してくれない事っ!」

「あ、そう。その程度なんだね。やっぱりティナはお気楽だよ」

「うがーっ! うるさいうるさいうるさいよーだっ! リックなんてティナより全っ然弱っちいくせにーっ!」

「ティナだって一人じゃ何も出来ないじゃないかっ! 方向音痴だし、金銭感覚は無いし、飽きっぽいし!」

「うるさいうるさいうるさーい! ティナだっていっぱいいっぱい考えてるもん! かりゅーの事とかっ!」

「火竜? ティナが? 絶対嘘だ!」

「嘘じゃないもんっ!」

「いいや、嘘だね! 本当だとしたら昼間の事が説明できないっ!」

「……昼間の事?」

「ミスリルと深紅の封珠を売っぱらおうとしてたじゃないか!? まだ研磨も精錬もしてないってのに。しかも五〇ギンで!」

「……う、うるさーい! リックなんて出てけーっ!」

「え!? うわっ!?」

 ティナはリックの身体を無理やり部屋の外へ追い出した。そして勢いよく扉を閉め――る前に一度あかんべーをしてから、バタン! という音と共に扉を閉めた。

 そして、リックはアルゲンタム城の廊下に締め出されたのだった。

「………………………………、はぁ……」

 リックが肩を落として嘆息すると、後ろから肩を叩かれた。

 それに応じて振り向くと、そこにはサランがいた。

「なんか、なんと言っていいのかわからないですが……。元気を出して下さい……」

 サランの顔は渋柿を無理やり口に突っ込まれたような、そんな表情だった。

「聞こえてましたか……」

「まぁ、あれだけ大声で騒げば嫌でも……」

「すいません……」

「そう気を落とさないで下さい。明日になればティナさんの機嫌もよくなってるんじゃないですか?」

「そうだといいんですが……」

「まぁ、今日は別の部屋を用意いたしますのでそちらでお休み下さい」

「あ、ありがとうございます」

 リックは新しく用意された部屋に入り、ベッドに腰掛けた。

 そして、考えるのだった。

 明日はティナにちゃんと謝らないとなぁ、と。

 ついでに火竜の事についても言っておかないといけないなぁ。暴力に訴えるやり方じゃなくて平和的に交渉で牙と卵をもらおうとしている事を。

 そんな事を考えてリックは目を閉じたのだった。


▽△


「という事があったわけです」

 話し終えたリックの顔を、火竜は驚いたような目で見た。

『事情はわかった。が――どう考えてもそっちの小娘が悪いように聞こえたのだが』

「気のせいです」

『いや、それは無いと思うぞ』

「絶対に気のせいです。ティナは悪くありません」

『む……。汝がそう言うのならばそういう事にしておくが』

 そう言って火竜は一度上空を仰いだ。

 空にはすでに星と月が見えており、夜だという事が一目でわかった。

『それで――牙と卵だったな? 運がいい。どちらも我が覚醒している時にしか手に入らぬ』

「知ってます。だから、今の時期に来る必要があった」

『牙はその辺に何本か落ちているだろう。さっきその小娘に見事に折られたのでな。卵はそこにある』

 火竜は首を高台の奥に向けた。そこには、真っ赤な殻の大きな卵があった。

「ありがとうございます。これで商売が出来ます」

『ふむ。しかし、汝ら、一体どうやってここに降りて来たのだ?』

 火竜のその問いに、リックとティナは顔を見合わせた。

 そして、

「落ちて来たんだよー」

 とティナが言い、

「ぼくは銀蜘蛛(しろがねぐも)の糸を使いました」

 とリックが言った。

『そうか、銀蜘蛛か。あれならば下手なロープよりも丈夫だ』

 ティナの発言をナチュラルにスルーした火竜は、リックに対して感心していた。

『それで、どうやって地上に戻るつもりだ? まさか卵と牙を持って綱登りでもするつもりなのか?』

「あ……」

 リックは帰還方法については何一つ考えていなかったようだ。

 逆にティナは「この山を崩しちゃえば出られるんじゃないかなー?」などと物騒な事を言っていた。

 それを華麗にスルーして、リックは方法を考えて、火竜に提案した。

「火竜さん。上まで乗せてってくれませんか?」

『むぅ。そう来たか……。だが、我も兄妹ゲンカの巻き添えではあるがその娘に負けたのは事実。勝者の要求には敗者は従わなければなるまい』

「ありがとうござい――」

 リックが言いかけた時だった。

『ただし、条件がある』

「条件?」

『我の治療をしろ』

「……なんだそんな事ですか。お安いご用です――ジン、ちょっと来てくれ」

 リックが呼ぶと、ジンはすぐに飛んで来た。

『なんだ? 私に何か出来る事があるのか?』

「うん。これからアルゲンタムに向かってくれ。それで、ファルクの荷馬車に薬草があるから大至急持てるだけ持って来てくれ」

『了解したっ!』

 そう言い残し、ジンは火口の底で羽ばたき、地上に向かって急上昇した。

「これでよし――それとティナ」

「……………………なぁに?」

 ティナはまだ少し怒っている様子だった。だが、リックは話を続ける。

「ごめん、言い過ぎた。許してくれないか?」

 そう言ってリックはティナの頭を撫でた。するとティナはほわぁんという感じの表情になり、言った。

「んーっ! 許すっ!」

 それを聞いてリックはホッと胸を撫で下ろし、すぐに腰のポーチから手持ちの薬草を取り出した。

「今ある傷は精一杯、治療させていただきます。さすがに斬り落とされた腕と潰された目はどうにもなりませんが」

『それはよい。三〇年もすれば勝手に生える』

「トカゲのしっぽみたいだねー? あははー」

『ふむ。似たようなものだ。では、早速始めてもらえるか?』

「えぇ。少し沁みるかもしれませんが」

『よい。やれ』

 リックは火竜のその言葉に頷き、薬草を地面に置いてすり潰し始めた。

「あの。それと、一つだけ聞きたい事が」

『聞きたい事? なんだ』

「一〇年前、あの村を、魔物の大群に襲われた村を、助けようとしたのは、なぜでしょう?」

『……オキシの事か』

「えぇ。ぼくと、あそこにいるティナも、あの村の生き残りです。結局、村はなくなりましたが、今回に限って言えば、ぼくとしては、あなたにその真相を聞きたかった。人間より上位に位置する竜族であるあなたが、一体なぜ。ぼくらの村を救おうとしたのか」

 リックが言うと、火竜は見えている方の目を瞑り、天井を見上げた。そして、短く答えた。

『オリハルコンの行く末……。それだけだ』

「では。この、ぼくとティナの」

『結果的に、主らの手に渡ったことは、ありがたい事なのかも知れぬ。竜族の秘宝が、形を変えても存在し続けているのを見る事ができた』

「……なぜ。持ち去らなかったんです」

『必要がなかった――いや、違うな。そういう事ではなかったように思える。我は、摂理を見たかったのだ。おそらくな』

「摂理、ですか。秘宝が、この先どういう道を辿るか、と?」

『何を語っても、結果論にしかならぬ。あの時、確かに竜族の秘宝の行く末を案じ、あの、何もない村を救おうとしたのは事実だ。だが、救えなかったのだ。それでも、秘宝は主らの手に渡り、今も脈打っている。これから、ソレをどうしようかは、主らの勝手だ。すでに秘宝の所有者は主らになっている。秘宝もソレを認めている。我には、その事実だけで十分だ』

 その言葉を聞いて、リックは少し微笑んだ。

「ありがとうございます。ぼくとティナは生き残れた。それだけで、あなたにはどれだけ感謝しても足りないくらいですから。それを聞けただけで、十分です」

リックはそれからは無言で薬を続け、火竜の治療を進めた。


 そして、これから火竜の治療が終わるまでに、約一月(ひとつき)の時が過ぎたのだった。


▽△

 

『ふむ。あらかた傷は癒えた。これなら汝らを乗せる事が出来る』

 火竜は左腕と左目、それに足の指こそ無いものの、元気になったようだった。

 火竜は一度その大きな身体を確認するように動かし、それからリックとティナに言った。

『それでは背中に乗れ。アルゲンタムまで送ろう』

「ありがとうございます」

 リックが頭を下げたのと同時に、ティナは火竜の背中に飛び乗った。

「いっけぇー! 飛ぶが如く、飛ぶが如くじゃー!」

『いや、実際に飛ぶのだが』

「だいじょーぶだいじょーぶっ!」

『いや、何がだ……?』

 そんな漫才のような会話を見て、リックは苦笑する。そして思った。いつかのサランもこんな気持ちだったのかなぁ、と。

 そこで、ジンがリックに話しかけた。

『リック、そろそろ行かなくてもいいのか?』

「……そうだね。じゃあ、火竜さん」

 リックは二つの長い包みを持つと、火竜の背中に飛び乗った。

『よいのか? では、行こう』


 火竜は大きく翼を広げた。

 そして、強く羽ばたいた。

「うぉっ……」

「ひゃっほぉぉーい!」

 火竜の身体は羽ばたくごとに上昇していく。リックもティナも初めての体験を楽しんでいた。

「と、飛んでる……」

「ティナはついに鳥になれたのだっ!」

「落ちる事は何度もあったけど飛ぶのは初めてだ……。気持ちのいいものだなぁ」

『気に入ってもらえたようでなによりだ』

 そう言うと、火竜は今まで以上に強く羽ばたいた。

 すると、高度はどんどん上昇し、そのスピードにリックは目を開ける事さえ出来なかった。

『よし。外界に着いたぞ』

「シャバの空気は最高だぜー!」

 火竜とティナの声に目を開けたリックが見た光景は、それは見事なものだった。

 真下にはバーナレア火山が見え、それを緑の森が囲んでいる。

 森の切れ間にはノ・モアレの塔の跡地が見え、その奥にはアルゲンタムが。

 全てが太陽の光に照らされている。

『ではアルゲンタムに――』

「待って待ってー! せっかくだからいろんなとこ行こうよー?」

「ティナ、それはさすがに火竜さんに迷惑が――」

『ふむ。ティナがそう言うのならば仕方があるまい。敗者は勝者に従うが道理。では、行こう』

「え? って、ちょ、速っ!?」

 火竜は風を斬るように滑空した。それのせいで、リックはまたしても目を開けていられなくなった。

 高度はどんどん落ちていき、それに伴ってスピードはどんどん上昇していく。

『よし!』

 火竜がそう言った時、リックは身体が浮き上がるような感覚に襲われた。

「あ、あれ? ここは?」

 リックが目を開けた時、そこは真っ白な空間だった。なぜか、着ている服が少し濡れている。

『雲の中だ。人間には初めての経験だと思うが』

「く、雲……。こ、こんなに――寒いんですね」

『寒い? そうか、人間には厳しい気温かも知れぬな』

『ううううううう、うにゃぁぁぁぁ……寒い、寒いにゃっ!』

 猫にも厳しい気温だった。

『ふふふ。人間とは不便なものだな――さて、この下にはフェルムの街が見えるぞ』

 そう言って火竜は下へ方向転換をし、雲を抜けた。

 見える景色はやはり太陽に照らされている。

 鉄の街、フェルムが見え、その近くにアイア鉱山が見える。

「うわぁっ! すごいすごい!」

 ティナは両手ばなしで喜んでいた。落ちないように抱きかかえるのは、兄であるリックの仕事である。そのせいで、リックは思うように景色を見る事ができなかった。

「……火竜さん。そろそろアルゲンタムに向かって頂けないでしょうか?」

『うん? もうよいのか?』

「はい。このままだと一生飛び続ける事になりますよ」

 リックはティナを横目でチラッと見ながら言った。

『それは困るな……。では、アルゲンタムに向かう。しっかりと捕――まえておいてくれ』

 リックはその言葉にコクリと頷き、ティナをしっかりと抱きしめた。

「ほぁっ!? リックったら大胆だねぇー? でもティナはそういうのキライじゃないよ?」

 ティナのその言葉は無視する事にしたリックだった。

 その時、火竜は加速した。


 ほとんど一瞬でリック達はアルゲンタム城下町、その入り口付近に到着した。

 地面に降り立ったリック達は、各々が腰を伸ばし、地面の感触を確かめたりしている。

『これで我の役目は終わったな』

 火竜の言葉にリックは振りかえり、ぺこりと頭を下げた。

「色々とありがとうございました。それと――色々とすいませんでした」

『よい。我が好きでやった事だ――そんな事よりも、リック』

「なんですか?」

『今まで聞くタイミングをはかっていたのだが、今しかないように思えてな。質問するぞ』

「答えられる範囲であれば何でも質問して下さい」

『そうか。リック、汝らの目的はなんだ?』

 火竜は威厳たっぷりの声色で、リックに尋ねる。

「そうですね……。とりあえずは、世界一の道具屋になる事、ですかね。世界中の全ての物を知っていて、仕入れる事の出来る道具屋。それが目的です。ティナはどうかわかりませんけど、少なくともぼくは」

 リックは火竜の瞳を見据えながら言った。

『ふむ……、そうか。質問は終わりだ。汝らに出会えて嬉しく思うぞ。オキシの生き残り達よ』

 そう言って火竜は翼を広げた。

「ありがとうございます。また、いつか」

『そうだな。何かあったら力になろう。いつでも頼って来るがいい――では、さらばだ』

 火竜はそう言い残し、空へ飛び立った。

 火竜と知り合いの人間なんて世界にほとんどいないだろうなぁ……。

 そんな事を思いながらリックは火竜の後姿を見送った。

 そして、

「ティナ、アルゲンタム城に行こうか」

 と言った。

「あいあいさーっ! びしっ!」

 久しぶりのティナの敬礼に苦笑しながら、リックはティナの手を引いて歩き出した。


▽△


「リックさん!」

 リック達が城に入ると、そこにはサランがいた。その表情からは安堵の色が窺える。

「よくご無事で……。っと――王がお待ちです。謁見の間へどうぞ」

 サランはそう言うと、リック達を先導して歩き出した。リックもティナの手を引いたまま、それに続いた。


 謁見の間では、アルゲンタム王が玉座に座って待っていた。

「よくぞ戻ったな。リック、そしてティナよ」

 リックは片膝をついて王の言葉に応じた。

「首尾はどうだ?」

「上々でございます。火竜の牙、そして卵を使っての精錬も終えました」

「ほう……。火竜の下で行ったのか?」

「はい。それがこちらでございます」

 リックは長い包みを二つ、王に差し出した。

 王はそれを受け取ると、包みを解いた。

 二つの包みの中はそれぞれ、刀と槍だった。

 銀色の輝きを放つ、見事な物である。そして、刀の鞘と槍の柄には、真っ赤な色の宝石が埋め込まれていた。

「これは――すばらしい!」

 王はその二つを手に取り、歓喜の声を上げた。

「この刀と槍に銘はあるのか?」

「はい。刀の方は【龍刀・紅炎(ぐえん)】。槍の方は【咆槍バーニア・ドラグーン】。どちらもティナが名付けました――それと王様」

「なんだ?」

「この刀か槍のどちらかをアルゲンタムに寄贈致したいのですが。刀身はミスリル銀、それに深紅の封珠をはめ込みました。わたくしとしては納得のいく出来だと思っております」

「ミスリル? お主はミスリルまで手に入れておったのか?」

「はい。ティナが探して参りました」

 リックはまるで呼吸をするかのように自然に嘘を吐いた。が、王がそれに気付く筈もなく、

「そうか。まぁ、お主達程の旅人ならばそれも不可能ではないだろうな。何しろケルベロスを容易く倒す程なのだから」

 そう言ったのだった。

 そして王は一息つくと、

「それで――どちらかを寄贈するという話だったな?」

「はい」

「こちらとしては喜ばしい事なのだが、それでいいのか?」

「構いません。一道具屋が持つには分不相応の代物でございます」

「そうか。ならば、槍の方をもらおう」

 そう言った王は、槍を手に取った。

「ふむ。良い槍だ。まるで昔から知っているかのような……」

 ノ・モアレの塔から発掘したミスリルで出来ているのだからそれもそうだろうなぁ、と思ったリックだった。

「では、王様。わたくし達はこの辺で」

 リックは刀をもう一度包み、立ち上がった。

「ふむ……。寂しくなるな」

「また今度、アルゲンタムに来る機会があれば寄らせていただきます」

「お主等ならばいつでも大歓迎だ。ちなみに、次はどこへ向かうのだ?」

「そうですね……。とりあえずはノ・モアレの塔の奥の道を進んで行こうと思います。素材に困っているという事も無いので」

「お主達の旅の無事を祈っておるぞ」

「お心遣い、感謝いたします。それではお元気で」

 リックはそう言うと、ティナの手を引き謁見の間を後にした。 

 謁見の間を出て外に向かうと、城門にはサランがいた。そして、名残惜しそうな顔でリック達を見ている。

「出発ですか?」

「はい」

「お元気で。ぼくはリックさん達を最高の友人だと思っています」

「ありがとうございます、サランさん。色々とお世話になりました」

「世話かけたなぁ、あんちゃん。この借りはいつの日か返すぜっ☆」

「ふふふ。それでは、お見送り致します。いつか、またどこかで」

 そう言ってサランは歩き出した。それに続いてリックとティナも歩き出す。

 そして、城下町を出たところで、リックとティナはサランと最後の握手をした。

 それは無言で交わされた握手だったが、どちらの表情も笑顔だった。

 手を振るサランに見送られ、リックとティナはまた歩き出した。

「次はどこで商売しようかな?」

「どこでだっていいのだー! だってだってティナ達は旅の道具屋さんだよー? 旅の道具屋は――」

「場所を選ばない、だね」

「そうなのだー!」

 ティナの声が響く。


総売上金額――〇ギン。所持金一二九八七ギン。

入手素材――火竜の牙。【龍刀・紅炎】。


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