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三章

「ノ・モアレの塔?」

 リックは聞き慣れない言葉に首を傾げた。それを見てサランが説明を始めた。

「ノ・モアレの塔はアルゲンタムの領地の外れにある塔です。昔はアルゲンタム王国の資材置き場に使われていたんです」

「資材置き場? 木材とかですか?」

「いえいえ。置いていたのは銀です」

「へぇ……。でも銀って重いじゃないですか。なんでわざわざ領地の外れに?」

「詳しくはぼくも知りませんが、昔はそこで銀の管理をしていたようです。もっとも、今は使われてませんが」

「じゃあそのために作られたんですか? その――ノ・モアレの塔は」

「違います」

 サランははっきりと言った。そして続けた。

「その塔はぼくの国、アルゲンタム王国が出来る前からそこにあったそうです」

「……そそる話ですね」

「え? 何がです?」

「いや、ぼくらは道具屋なんでね。そんな大昔の建物となると建築材料から何から今のそれとは全く違うでしょう? もしかしたらすごく貴重な物があるかも……」

 リックはニヤリと笑った。その後ろで話を珍しく黙って聞いていたティナもニヤリと笑った。

「期待通りになればいいんですが……」

 そう言ってサランは苦笑する。サラン自身何度か行った事のある塔だったが、目ぼしい発見など今まで一度たりとも無かったのだ。

 そして現在一行はノ・モアレの塔に向かっている。が、

「でもなんでその塔に行くんです?」

 リックがそんな疑問を口にした。当然の疑問と言えば当然の疑問だ。ケルベロス退治と塔の関係性がわからなかったのだ。

「あ、言うのを忘れていました」

 そう言ってサランは自分の懐から一枚の紙を取り出した。

「昨日父に頼んで調べて貰ったんです。ケルベロスの情報を。そして昨日アルゲンタムに到着した旅人の中で『ケルベロスをオンボロの塔の近くで見た』と言った人がいたそうなんですよ」

「へぇ。だからとりあえずはその塔を目指すわけですか」

「ええ。その付近にもういなかったとしても足跡ぐらいは発見できるかもしれませんし。足跡が見つかればそれを辿ってケルベロスのところへ行けばいい訳ですし」

「その通りですね。まぁ今回は道具屋の本分から多少逸脱している気がしますけど、怪我や病気になったらすぐに言って下さい。薬を差し上げますので」

「無料で、ですか?」

「当然です。仲間にお金を払うなんて馬鹿げてるじゃないですか」

「ティナも仲間だよー!」

 リックとティナはサランに向かってほほ笑んだ。

「ありがとうございます。ケルベロス退治、頑張りましょうね」

「えぇ」

「頑張るのだー!」

 サランさんはあまり頑張らなくてもいいからティナが頑張ってくれないかな。そうすれば早く帰って商売できるのに。銀も仕入れなきゃいけないしなー。その辺に落ちてないかな? 銀だって元は石なんだから落ちてたって不思議じゃないような気もする。

 そんな事を考えながらリックは歩いていた。

 その時、サランが明るい声を上げた。

「あれです。あれがノ・モアレの塔です」

 サランが指差した方向にはボロボロではあるが大きく、威厳たっぷりの塔が天に向かってそびえ立っていた。

 

▽△


 ケルベロスって怖いんだよー? 頭が三つあってー、あれ? 二つだっけ? 一〇個くらいあったかもしんないなぁー。……でー、牙がいっぱいあってー。足は四個あってー。尻尾もあってー。犬。わんこー。わんわんこー!

 追伸 なんかー。束縛に目覚めちゃいましたっ☆ てへっ! そんでーそんでー。リックに縄で縛られてー。ぎゅってされて―。今度は首輪もつけられるのかなー? えへへー。

~~中略~~

リックが好きなのがティナだけでありますように。おやすみー。

――以上、ティナの絵日記より抜粋


――補足――

 ケルベロスは一つの身体に首が三つある魔犬である。

 人々はその異形の姿を【地獄の番犬】として恐れた。

かつては犬の突然変異種だと思われていたが、世界各地の学者の研究によってそれは間違った解釈だと証明された。

それは、詳しくはぼくもわからないけど、第一に犬じゃなく魔物だって事が大きな違いらしい。その風貌から魔犬と称されているけど。

犬種、と言っていいのかどうかはわからないけど、大きく分けて三種類のケルベロスが存在している。ケルベロス、ケルベロス亜種、ミニチュアケルベロスがある。

ケルベロスは一般的な三つ首の魔犬、ケルベロス亜種は首が二つだが、非常に好戦的な戦闘能力の高いケルベロスだ。そしてミニチュアケルベロスは――まぁ、その、なんだ、酔狂な金持ちの余興で出来たケルベロスだ。ケルベロスをペットにしたかった大金持ちが研究させた手乗りサイズのケルベロスである。研究に研究を重ねて作ったミニチュアケルベロスだが、本来の気性の荒さは全くと言ってなく、むしろ普通の犬より大人しいくらいである。

そして今回戦うケルベロスは――ん? 亜種、でいいのかな? 二つじゃなくて四つ首だけど。でも亜種はほとんど確認例が無いし、見ればすぐわかる。だから――通常のケルベロスだと想定した方がよさそうだ。

ケルベロスの特徴としては体長約三メートルの大きな身体が上げられる。そして三つの首、その一つ一つに脳があり、意思もある、らしい。実際に首同士がお互いに噛みつき合っているところを見たという情報もあるらしいし。

だが、それよりも何よりも重要な事がある。

それは、ケルベロスの肝だ。と言っても食べるわけではない。ケルベロスの肝の中で生成される物が重要なのだ。

ケルベロスの肝から生成される物――それは【深紅(しんく)封珠(ほうじゅ)】と呼ばれるルビーである。そのルビーは退魔の力を秘めているとされている。お守り等にかけらが入れられ、高値で売買される事もある。その他にも宝剣や冠の装飾にも使われており、儀式に使われる事が多い。

ケルベロスの肝から取りだされる【深紅の封珠】は平均して一〇個程だが、大きさも形もまちまちで、ケルベロスとの遭遇率も低いために市場に出回る数は少ない。

しかし、【深紅の封珠】の輝きは一〇〇〇年変わる事は無いといわれる程の宝石であるために、道具屋としては是非とも手に入れたい一品だ。……欲しい!

――以上、リックの手記より抜粋


 ノ・モアレの塔はかなりの大きさらしい。

 実際リック達がかなりの距離を歩いているというのに未だに遠くにそびえ立っている。

 そこで、というか今までなぜ言わなかったのか不思議だが、ティナが文句を言い出した。

「あれってホントにあるのー? 飽きたー」

 それをなだめるのはいつもリックである。

「大丈夫。絶対あるから。気を落とさないで。さっさと行こう」

 いつの間にか座り込んでいたティナを起こしてリックはまた歩き出した。サランはと言うと、この旅が始まってから苦笑しっ放しだった。

 と、その時。

 リックが地面にある物を見つけた。

「これ――足跡じゃないですか? たぶんケルベロスの」

 地面を指差しながら自信なさげにリックは言った。それを聞いて立ち止まったサランはその場にしゃがみこみ、リックの指差している地面を見た。

 そこには犬の足跡に似ているが、大型犬のそれと比べても遥かに大きく、深さもちょっとした段差のようになっている。

 それを観察していたサランは、勢いよく立ちあがるとリックに向き直った。

「間違いありません。ケルベロスです」

「……やっぱりそうですか。見た感じついさっきここを歩いたように見えるんですが」

「その通りだと思います。いますよ――それもすぐ近くに」

 場の空気が一瞬で凍りついた。

 リックとサラン、ファルクまでもがしばらくの間黙りこみ、辺りの様子を警戒していた。

 結局、その沈黙を破ったのはティナである。しかも、底抜けの明るさで。

「けっるべろすーをーやっつけろー♪ 我ーが名はーティナ、元気な子ー♪ さぁ、みなさんご一緒にー?」

 ティナはリックの顔を覗き込んだ。緊張を解くためにそんな事をしたのかどうかはわからないが、それでリックもサランも気を持ち直したようだった。

「じゃあ、とりあえず足跡を追ってみる事にしませんか?」

 リックのその問いにサランはこくりと頷いた。

 そして、一行は足跡辿って歩き出した。



 ケルベロスの歩幅が大きいせいで足跡を一つ見つけるだけで大変だった。だが、辿っていてわかった事は、足跡が真っ直ぐにノ・モアレの塔へと向かっているという事だった。

 そして現在。

 一行はノ・モアレの塔の目の前にいる。

 ノ・モアレの塔は三方を森に囲まれていて、その森は背の高い木が多い。サランの話が正しければ、裏側に昔使われていた資材運搬用の道がある筈でなのだが、現在のリック達の位置からは確認できなかった。

「ここで足跡が消えてますね……」

 リックの言う通り、ケルベロスの足跡はノ・モアレの塔の目の前できれいさっぱり消えていた。

 それを見てサランが声を上げる。

「まさか――塔の内部へ入ったんでしょうか?」

「……それは無いと思いますよ。ほら」

 リックは塔を指差した。入口には大きな木製の扉があり、頑丈そうな鍵までついている。

「破壊されてもいないのに入れるわけがないです」

「確かに――でも、それなら一体どこに?」

「森の中、でしょうね」

 リックがそう言った直後だった。ティナが森を指差して叫んだ。

「ケルベロスだー! ラッキーラッキー!」

「「え!?」」

 噂をすれば影、とはよく言ったものだなぁ。

 リックがそんな事を思っている内にケルベロスは目の前まで来ていた。

「「「「ぐるるるるるるる!」」」」

 サランの言った通り、そしてリックの読み通りの姿だった。ケルベロスは四つ首で、普通のケルベロスの変異種だった。首の配置は横に三つ、そして真ん中の首の真下から一つの首が出ている。

 呻り声を上げているケルベロスを正面に、まずはサランが腰から剣を抜いた。

「今度はこの間のようにはいかない!」

 それに続いてリックも背中の刀に手をかける。

 ぼく一人の方がはるかに早くカタがつきそうなんだけどなぁ。サランさんに今さら「邪魔です」なんて言えないしなぁ。

 そんな事を思いながら刀を引き抜いた。刀身はもちろん、虹色に輝いている。

「さて……。肝を頂こうかな」

 そしてティナは――ファルクの背中に乗って見ていた。武器を手に取るようすも無ければ、戦おうという気持ちさえ見受けられなかった。

 それを見てリックはティナに声をかけた。

「一応聞くけど戦う気は?」

「無いよー? めんどくちゃいもんねー。あんなのリック一人でじゅーぶんでしょー?」

「それはそうなんだけどね――首四つだから四回で終わりかな」

 その会話を聞いてサランが声を上げた。

「ふ、二人じゃ荷が重すぎますよっ!」

 サランは物凄く焦った表情だった。それを見てリックは苦笑しながら言った。

「大丈夫ですよ。ぼく一人でも余るくらいです。たぶんね」

「そんな事言ったって……。相手は一級危険生物、いや、戦闘能力だけなら特級クラスはありますよ!?」

「えぇ。でも――ぼくの敵では無いですね」

「んなっ!?」

「サランさんは見ててくれていいですよ。ぼくが全部やりますから」

 そう言ってリックはケルベロスに向かってすたすたと歩いて行った。

 そしてケルベロスの前まで歩いて来ると、ケルベロスに向かってリックは吐き捨てるように言った。

「魔物はゴミだ。ゴミはゴミらしくゴミのように死ねばいいんだ。ゴミ掃除は――人間の仕事だ」

「「「「ガルゥアッ!」」」」

 ケルベロスの首の一つがリックに噛みついた――いや、正確には噛みつこうとした。それは目にも止まらぬスピードだったが、それよりも早く、ケルベロスの首が一つ地面に転がっていた。

 転がっている首はぴくぴくと動いていたが、やがて動かなくなった。

「「「ガルッ! ガルッ!」」」

 ケルベロスは首が斬り落とされたというのにリックに向かって来た。そしてさっきと同様にリックに噛みつこうとする。が――。

「遅いよ。全然遅い」

 ヒュン。

 そんな風を斬る音と共に、ケルベロスの首がもう一つ、地面に転がっていた。何の事はない、リックがケルベロスの攻撃に合わせて刀を振るった、ただそれだけの事だ。

 リックは刀をだらんと下げ、ケルベロスを見据えていた。そして、今までの短い攻防である情報を得たのだった。

 首を落とす度に攻撃する速度が早くなっている。それだけでなく、無駄な動きも少なくなっている。という事は、だ。

 リックはある仮説を立てた。馬鹿げていると言えば馬鹿げている仮説なのだが、リックにはそれ以外考えられなかったのだ。

 その仮説というのは――ケルベロスは首を落とす度に強くなる、という事だった。普通、首を落とされた生物は強くなるどころか死んでしまう。しかし、ケルベロスの首は一つではない。

 その一つだけでも残っていれば生き続けられる。さすがに落とされた首が生える事は無いだろうが、格段に強くなるのであれば問題は無いだろう。

 そして強くなる理由として考えられるのが、意思である。ケルベロスの首は普通三つ、その一つ一つに脳があり、意思があるのならば、身体に不具合も出るかもしれない。一つの首はあっちへ行こうと考えていたのにもう一つの首は逆方向に行きたがった、とか。実際、さっきまでケルベロスは同時に――と言っていいのかどうかわからないが、二つ以上の首を使って攻撃しては来なかった。

 そして、首が落とされた事による痛みも無いようだ。

「へぇ……。そこそこやるね」

 リックは適当にケルベロスの攻撃をかわしながら、隙を窺っていた。

「「グルルルルルっ!」」

 そんなリックにケルベロスは牙を振り下ろした。が、牙は空を斬る。

 そして。

 ヒュン。ドサッ。

 その音が聞こえた時にはケルベロスの首は残り一つになっていた。

「さっさと終わらせたいんだよね……」

 その残りの首にリックはすぐさま斬りかかった。ケルベロスとの戦闘で初めてリックから攻撃した瞬間だった――のだが。

 さっきまでいとも容易く首を斬りおとしていたリックの刀が空を斬った。

「ふぅん……。段違いに早くなったね」

「ガルァァァァァァ!」

「おっと」

 リックは尋常では無いスピードの攻撃を危なげなくかわした。しかし、突破口が無いのも事実である。

 さぁこれからどうしようか。

 リックがそんな事を考えていたその時。

「う、ううう、うあぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」

 これまでリックとケルベロスの戦闘に立ち入ることの出来なかったサランが大声を上げてケルベロス目掛けて突っ込んだ。

 剣を構え、ケルベロスに突き刺そうとしているのはわかるのだが、いかんせん目を瞑っている。あれでは当たる攻撃も当たらないだろう。いや、どう足掻いたところであの無様な突進では当たる筈も無いし、自分の命を危険にさらすだけ損である。

 それでもサランはケルベロスに向かって特攻した。

「こんちくしょぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」

 サランはケルベロスに銀色に輝く剣を突き刺そうとした。が、ケルベロスはそれをいとも容易くかわし、空中に跳び上がった。そして空中で一瞬停止したかと思うと、口を大きく開け、サラン目掛けて落下した。

「ガルアっ!」

「う、うわぁぁぁぁ!」

 サランは死を覚悟し、目を瞑った。


「仲間は――死なせませんよ」


 サランの耳にリックの言葉が入り、それをサランが認識するまでの間に全ては終わっていた。

 リックとサランの足元には白目を剥いたケルベロスの最後の首がある。それは同時にケルベロスの死を意味しているのは言うまでも無い。

「ふぅ。終わった終わった」

 そう言うとリックはすぐさまケルベロスの解体作業に入った。ゴリゴリと骨を削る音やバリバリと皮を剥ぐ音、グチャグチャと内臓を取る音が、作業が終わるまで鳴り続いた。

 慣れているリックはいつもと変わらぬ表情だが、サランは違った。チラッとリックの作業の様子を見るとすぐに「おぇっ……」だの、「うわ……」だの、「気持ち悪くないんですか?」だのとリックの気が散るような事ばかり言うのだ。口には出さないが、リックにとっては迷惑だった。

 そして少し時が経ち、最後にリックはケルベロスの肝を手に取った。それは赤黒い色をしていて、人の頭ほどの大きさをしている。誰であろうとも一目見るだけで禍々しいとわかる程の気持ち悪さだった。

「……よし」

 リックは手の中の肝を見て、一息入れてからそれを引き裂いた。すると中からはこぶし大の真っ赤なルビーが二つ、転がり落ちた。

 それを見てサランは、

「す、すごい……」 

 と言い、リックでさえも、

「これは……。うん、最高だ」

 と言った。

 四つ首のケルベロスの肝から出て来た【深紅の封珠】は二つ。数こそ少ないものの、大きさ、品質は申し分なかった。まだ血で汚れているが、拭き取って研磨すると立派な宝石に仕上がるだろう。

 リックは【深紅の封珠】を剥ぎ取った毛皮で包み、ファルクの下へ向かった。

 リックは珍しく上機嫌である。そこでサランがリックに話しかけた。

「リックさんは強いんですね」

「ティナはもっと強いですよ。でもまぁ、普通の旅人よりは強くないとやっていけないんですよ。素材集めで魔物に襲われる事だって少なくないですし。それに、親が魔物に殺されているもので。あまり好きじゃないんですよね、魔物って奴らが」

「あぁ……。そういえばさっき、ゴミって」

「えぇ。まぁ、元々共生が難しいらしいので、それでいいんじゃないですかね」

 そんな話をしながらファルクのいるところに着いたリックは衝撃を受けた。

「………………………………ティナはどこ?」

 さっきまでいたはずのティナの姿が消えていた。どこに隠しておいたのかは知らないが、お菓子の袋だけが残っている。

「あの子はホントにいつもいつも……」

「り、リックさん」

「え? どうしたん――」

 ドォォン!

「うわっ!?」

 大音量の爆発音がし、リックが音の方向に振り返ると、ノ・モアレの塔の真ん中辺りに穴が空いていて、そこから煙が上がっていた。

 それを見てリックは頭を抱え、サランは口を大きく開けて茫然としていた。

 そして最悪な事に。

 ノ・モアレの塔の入口の、大きな扉が破壊されている。

 さらに最悪な事に。

 ぽっかりと空いた穴から、

「やっふー! この塔はティナ様が頂いたー!」

 と叫んでいるティナの姿が。

「り、リックさん……」

「なんですか……?」

「ティナさんってもしかして……」

「その通りです。類稀なる自由人なんですよ、あの子は」

「自由人っていうレベルじゃないですよ!?」

「………………はぁ~。ちょっと連れ戻してきます。サランさんは待ってて下さい」

「え? ……、わかりました……」

 リックは頭を掻きながらノ・モアレの塔を見上げた。

 一難去ってまた一難。昔の人は良い言葉を作ったものだ。今の状況にピッタリじゃないか。

 そんな事を思いながら、リックは重い足取りでノ・モアレの塔に向かった。


▽△


 リックがノ・モアレの塔に入った時に感じた事は、埃っぽい、という事だった。

 その埃っぽさが元々のものなのか、それともティナが暴れたのが原因なのかはわからないが。

 塔の内部は外からの印象とは違い、意外に狭かった。というより、外観に比べて狭すぎるような印象さえある。

「一体どんな構造なんだ? 壁が物凄く厚いのかな?」

 リックは壁の石をコンコンと叩いた。その音が塔の内部に反響する。

「ん? この手触り――もしかして」

 何かに気付いたリックは壁を思い切り叩いた。

 ドン!

 すると、壁が崩れ出したのだった。

「うわっ!? とととと」

 リックは落ちて来る壁の残骸を避け、全てが落ち切ってからまた壁に近付いた。

 崩れた壁の中には、綺麗な石があった。

「これは――やっぱり! 大理石だ!」

 壁の中には高級石、大理石が埋まっていた。

「もしかしてこの壁全部がそうなのか?」

 そういう結論に至ったリックはいたるところの壁を殴打し、壁を崩れさせた。

 崩れた壁の中から出て来る物は、全てが大理石だった。そしてリックは崩れた壁の一部を拾い上げた。風化してボロボロの何の変哲もないただの石である。

「これ、もしかして大理石を隠すために? でも、さすがに大理石は持っていけないな」

 リックは大理石を諦め、ティナを探す事に集中する事にした。

 そして少しして、階段を見つけたリックは、ノ・モアレの塔の二階へと上って行ったのだった。



 一方その頃ティナは。

 ノ・モアレの塔三階にいた。

「お宝お宝ティナのものー」

 ティナはどこで拾ったのかはわからないが、木の棒を持っており、壁を叩いたり床を叩いたりしている。

 崩れた壁からは色々な物が見え隠れしているが、ティナにとってはどうでもいいようで、気に留める様子は無い。

 それどころかどんどん先へ進んでいる。

「お宝ないのかなー? もっと上かなー?」

 上への階段をティナは探し始めた。

 そしてすぐに見つけた。天才とは運も味方につけてこそだと言わんばかりのスピードだった。

「ふぇふぇふぇ。お宝の香りがぷんぷんするぜよー」

 にやにやしながらティナは階段を上って行った。



 リックは二階に辿り着き、ある発見をした。

 それは、一階とは違って壁の中に大理石が無かったという事だった。

 だが、大理石の代わりに壁の中には鉄鉱石があった。

「この塔は――資材保管用の塔じゃなかったけ? これじゃあ資材なんか集めなくても解体すればよかったんじゃないか?」

 そして再確認するためにリックは小さなヘラのような道具を取り出し、壁の鉄鉱石をそれで削った。

「やっぱり。鉄鉱石だ。しかも結構純度が高いな……。フェルムに行かなくてもここに来れば鉄は手に入るという事か」

 そしてリックは気付く。

 やっぱりジンも連れて来るべきだったなぁ、と。話し相手がいないというのは結構さみしいのである。

「はぁ……。それにしてもこんなに素材があるのに持って帰れないなんてなぁ」

 リックは嘆息する。

「でもまぁ、そんな事を言ってもしょうがないか。先へ進んでティナを連れ戻さないと」

 リックは二階を後にした。



 その頃のサランはと言うと。

「大丈夫かなー。リックさんじゃなくてぼくが。魔物に襲われたらどうしようかなぁ」

 そんな事を言いながら地面の雑草を引き抜いていた。


▽△


 リックが最上階、ノ・モアレの塔四階に辿り着くと、そこにはティナがいた。

 なにやら壁を弄っている。

「ティナ、何やってるの?」

「発掘ー」

「発掘って?」

「えっとねーここにねー」

「うんうん」

「ミスリルがあるのー」

「へぇそうなんだ――ってミスリル!?」

「そうだよー。あ、ティナが見つけたんだよ? ほめてほめてー」

「す、すごいよティナ! ミスリルなんて普通は見つけられないよ!」

「ティナは凄い?」

「凄い!」

「ティナはカワイイ?」

「うん、可愛いよ!」

「ティナの事好き?」

「大好きさ!」

「えっへへー。頑張るのだー」

 そう言ってティナはガンガンと壁を叩き出した。するとどんどん壁は崩れ、その中からは銀色に輝く金属、他でもない、銀が一面に現れた。

「す、すごい……。ティナ、これは全部ミスリルなのかい?」

「違うよー。リックも触ればわかると思うけどー。こことーここだけー」

 ティナは壁一面の銀の二か所を指差した。そして、リックはそこに近付き、手を触れた。

「こ、これが――。確かに銀とは違う。でも――そこまで凄い金属とは思えないな」

「それはリックがミスリル以上を持ってしまっているからなのだー」

 ティナはリックの背中の刀を指差した。

「……あぁ。そういう事か。じゃあ、ティナも?」

「ティナは光るものならなんでもいいのだ!」

「あ、そうですか……」

 リックはそういう会話をしている間もミスリルに触り続けていたが、結局、それほど凄い金属だとは思えなかった。確かに銀よりは凄いかもしれないが、金よりはどうだろう、と言った感じだ。

 だが、無いよりはいい。というかミスリル製の道具は恐ろしく高く売れるからあった方が言いに決まっている。欲しい。それさえあればもう道具屋なんて止めても生活できるくらいの金は手に入る筈だ。――……そんなのはティナが許さないだろうけど。

 そんな事を思いながらリックはミスリルから手を離した。

「ティナ、これを取り出せるかい?」

「お安い御用だぜ、親分!」

「ぼくはティナの親分になったつもりはないよ」

「へい大将!」

「…………………………」

 リックは無言でティナの作業を見守った。

 ティナの作業は一瞬で終わった。

 大した道具も持って来ていないのに、リックのヘラだけで全て採掘、というか発掘したのだった。

 ミスリルの総量は少なく見積もっても二〇キロはあるだろう。それだけあれば結構な量のミスリル製の道具が作れるし、売り上げも凄い事になるだろう。……その売り上げで新たな素材を買ってまた旅に出るっていうのが納得いかないけど。

 そんな事を思っていたリックだったが、ティナがミスリルでお手玉をしようとしているのを見て、気を取り直した。

「さぁ、行こうか。早く帰って商売したいよ」

「そーだねっ。しょーばいしょーばい、きゅーぎょーちゅー!」

「休業中じゃダメじゃない?」

 リックがティナに突っ込んだその時だった。

 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴッ。

 という地鳴りのような音と共に、ノ・モアレの塔が揺れ出した。

「な、なんだ? まさか――ミスリルを取ったから?」

「んー? さっき柱を壊したのが原因かなー?」

「絶対それだっ! ティナ、脱出するよ!」

「うん! とりあえず跳び下りよー!」

「無理です! ぼくは階段で行きますっ!」

「じゃあティナもー」

「よし! じゃあ走るよ!」

 リックはティナの手を引いて走り出した。手を掴んだ瞬間、ティナが顔を赤くして「リックったら大胆だねー」とか言っていたがそんな事を気にしている場合では無かった。



 そして時間はほんの少し経ち、ノ・モアレの塔の二階。

 三階と二階を繋ぐ階段は完全に崩れ落ち、上への道は断たれていた。

 そしてリックは必死になって走っている。

 ティナは楽しそうに笑いながら走っている。

 同じ状況に陥っているというのにこの差は一体なんだと言われそうだが、性格、としか言いようがない。

実際に、

「ヤバい! 死ぬ!」

 と、リックが叫んでいるのに対し、

「きゃははははは! たっのしー!」

 と叫んでいるのがティナである。

 まぁ、この場合まともなのは、言うまでも無いがリックである。

 どこの世界を探しても、床が崩れ、天井が崩れる建物の中で、心から「楽しい」と言える人間などティナ以外にいないだろう。

 そんなティナの手を引っ張り、リックはノ・モアレの塔の二階を駆け抜け、一階への下り階段に向かった。



 一階への下り階段、その目の前でリックは固まっていた。

 なぜか?

 それは――

「なんで……。こんな……」

 それは、下に見える大理石が全てを物語っていた。

 言い換えるならば、一階と二階を繋ぐ階段が崩落していた、と言うべきなのか。

 リックにしてみれば絶望するしかなかった。

 高さはおおよそ二〇メートル。

 ここから落ちたら骨折程度では済まない事は誰の目にも明らかだった。

「ここで終わりなのか? ぼくの人生って……、なんだったんだ?」

 思えばティナに振り回されてばかりだった。行く先々には常にティナがいた。旅の道具屋になったのだって原因は自分だとしても要因はティナだった。でも――それでも。そこそこ楽しかったんだ。さっきだって【深紅の封珠】を手に入れたし、ミスリルだって手に入れた。道具屋としては大成功だ。

 だというのに。

 それなのに。

「こんなのって無いよなぁ……」

 道は二つ。

 下に落ちて死ぬか、上からの瓦礫(がれき)の下敷になって死ぬか。どこまで不幸なんだ、ぼくの人生は? 神様はぼくの事を見て見ぬふりしてるんじゃないだろうか?

 リックがそんな事を考えていたその時。

 塔の二階が崩落を始めた。

 ガラガラと床が落ちている。このままでは、リックもティナも下敷になるか下に落ちるかで死んでしまう。

「どうしよう……。ぼくはいいけどティナだけでも……っ!」

 その時だった。

「リック? ティナに着いて来てー?」

 ティナがそんな事を言い出した。

「着いて来てって――どこに行く気? もう逃げ場はどこにも――」

「逃げ場がないなら作ればいいんだよー!」

「つ、作るって言ったって……」

「いいからいいから! ティナちゃんにまっかせなさいー!」

 そう言ってリックの手を引っ張りながらティナは走った。そして、二階の中央部分に来ると、ピタリと止まった。

「てぃ、ティナ? 一体――」

「大丈夫大丈夫! いっくよー……、あっ!!!」

 ティナは鼓膜が破れるかという程の大きな声を出した。

 すると、天井、そして床が一気に崩れた。

 ティナとリックは空中に投げ出されたのだった。

「ちょちょちょちょちょ、ちょっとティナ!? なんだそれ!?」

「だいじょーぶいっ!」

 リックの焦った顔とは裏腹に、ティナは満面の笑みでVサインまでしている。

「ピースサインはいいから! どうしてくれんの!?」

「いいからいいから! ティナの手をぎゅっと握って離さないよーにしててねー?」

「くそっ! もう破れかぶれだ! どうにでもなるがいいさ!」

 リックはティナの手をぎゅっと握って目を瞑った。

「じゃあ――行きます!」

「え? うわっ!?」

 リックはティナに引っ張られた事により、目を開けた。

不思議な事もあるもので、落下中だというのに横に動いている。それよりもなんだ? 足場があるじゃないか。というかこれは――落下中の瓦礫? 

リック達は落下中の瓦礫の上に乗っていた。いや、正確に言うならば落下中の瓦礫の上を渡り歩いていた。

 そこでティナがリックに声をかける。

「ね? 大丈夫でしょー? 次はリックの番だからねー?」

「うん――って、ぼくの番?」

 そう言って、リックは少し考えた。火事場の馬鹿力、とはよく言ったもので、こんな時程頭の回転も速いようだ。

 リックは一人で頷くと、背中の刀に手をかけ、引き抜いた。

「うわぁー! やっぱりきれーい!」

 ティナの歓声が上がる。が、リックはそれに反応している余裕はなかった。

「ティナ、しっかり捕まって!」

「ほーい!」

 ティナはリックの胴体にがっしりと、カブトムシが木にしがみ付いているような体勢になった。

 リックはそれを確認し、乗っている瓦礫から、一階の大理石の壁目掛けてジャンプした。

「うあぁぁぁぁぁぁぁっ!」

 そして大理石に虹色の刀身を突き刺し、落下速度を落とすためのブレーキ代わりにした。

 ギギギギギギギギギギギギッ!

 そんな音と共に、リック達は落下を続け、結局止まったのは地面まであと数センチといったところでだった。

 地面に降りたリックはすぐさま刀を背中の鞘にしまい、ティナがしがみ付いている状態で急いで外に出たのだった。


▽△


 リック達が外へ出ると、待っていたサランがそれに気付いて声を上げた。

「リックさん!」

 サランは安堵とやるせなさの入り混じった微妙な表情だった。

 そんなサランの下へリック達が辿り着いた時だった。

 ガララララララララッ! ドォォォォォォォォォォォォンッッッ!

 轟音にリックが振り返ると、ノ・モアレの塔が見事に崩れていた。ついさっきまで、ケルベロスと戦っていた時ですらどっしりと構えていたノ・モアレの塔が、瓦礫の山になっていた。

「あー。見る影も無いねー」

 リックにしがみ付いた状態でティナは言った。それを聞いてリックは額に手を当てて嘆息した。

「半分はティナのせいだからね」

 ここで全部ティナのせいだと言えないところが、リックがリックである所以(ゆえん)である。ティナにはどこまでも甘いのだ、この男は。

 そこでサランがリック達に近付き、口を開いた。

「なんというか、まぁ、無事でよかったですね」

「……すいません。壊しちゃいました」

「いえいえ、いいんですよ。どうせボロボロなんですから。まぁ、残念と言えば残念ですが」

「本当にすいません。でも、その代わりと言ってはなんですが、色々見つけておきましたよ」

「え? 何をです?」

「実はあの塔、各階毎にいろんな素材で出来ているんですよ。一階は大理石、二階は鉄鉱石、三階は――何もなかったですけど、最上階は銀鉱石で出来てました」

「え!? 普通の石じゃなかったんですか!?」

「ぱっと見る限りそういう風に見えるかもしれませんね。でも、それはカモフラージュだったんですよ。その石の中に隠してあったんです」

「へぇ……。それは大発見ですね……」

「さすがにファルクに乗せ切れる量じゃないので今すぐに持っては行けませんけどね。あれだけの素材はアルゲンタムにとっても重宝されるんじゃないですか? 盗賊なんかに奪われる前に運びだすべきですよ」

「そうですね。帰ったら父上に言ってみますよ。リックさん達も何か褒美がもらえるかもしれませんね」

「褒美ですか……。プラチナとかが欲しいなぁ」

「ぼくからも頼んでみますよ。かなりお世話になりましたし」

「ありがとうございます――それとティナ」

「……、…………んー? なんでございまするかー?」

「そろそろ離れてくれないかな?」

 ティナはリックにしがみ付いたままだった。それどころか、一体どうやっていたのかはしらないが寝ていたようだった。

「リックは、リックはティナと離れ離れになりたいのっ!?」

「いや、そういう意味じゃなくてね」

「ぬぅー。じゃあなんでさー?」

「いや、このままじゃ歩けないから」

「さっき走ってたじゃん」

「いや、まぁ、さっきのは火事場の馬鹿力ってゆーかね……」

「むぅー」

 リックの身体にしがみ付くのを止めたティナだった。顔はいつも通りのふくれっ面になっている。

「そういえば、ティナ」

「ぬぅぅぅ。なぁにー?」

「ぼくの番って言ってたけど、ああなるってこと、わかってたの?」

「何を?」

「いや、ううん。何でもないよ」

 リックは気になっていた事を吹っ切る事にした。ティナがぼくの事を信じていようが信じていまいが関係ない。ぼくは――ティナについて行くだけさ。

「ぐぬぅ。気になるなぁー。気になるよー?」

「気にしない気にしない。さぁ、アルゲンタムに帰ろう」

 そう言ってリックはサランと目を見合わせて頷いた。

 そして、アルゲンタムへの道を歩き始めたのだった。


▽△


「よくぞ帰った。ご苦労だったな、サラン。そしてリックよ」

 アルゲンタム王は城門の前で待っていた。後から聞いた大臣の話によると、出発した次の日から毎日、日が沈むまで待っていたらしい。

 王は帰って来たリック達を見てまず驚いた。それは、全員が無傷だったからだ。しかし、その驚きはやがて安堵へと変わった。

「外で話すのもなんだ、中へ入るがよい」

「「はい」」

 リック達は王へ促され、城の中へと入った。

 そして、謁見の間に通された後で、王と正式に対面した。

 その対面で、サランが事細かに道中あった事を話した。もちろん、ティナの事は伏せているが。

「という事があったのです」

「そうか……。ノ・モアレの塔は崩れたか」

「えぇ。しかし、さっきも話したようにノ・モアレの塔はそれ自体が素材の宝庫となっております。それを発見できたのもリックさん達のおかげなのですが――手の空いている者に命じて、早急にこの城に運び込むべきかと」

「ふむ、それもそうだ。大臣」

「はっ」

「手の空いている兵士をすぐさまノ・モアレの塔に向かわせよ。そして素材を一つ残らず持って来させてくれ」

「承知いたしました」

 王の命を受け、大臣はすぐに謁見の間を出て行った。

 その姿を確認すると、王はリックの方を向いた。そして、

「リックよ。お主には頭が下がる思いだ。よくやってくれた」

「お褒めにあずかり光栄でございます」

「して――願いはその少女の解放であったな?」

 王はティナを指差した。出発の時と同じく、ティナは縛られている。

「そうでございます」

「うむ。ならばその娘の縄をほどいてやれ」

 王は脇に控えている近衛兵に命じた。そして、近衛兵がティナの縄をほどこうと手をかけようとした、その時。

「むーっ!」

 ティナは近衛兵に回し蹴りを喰らわせた。近衛兵はかなりの距離を吹っ飛ばされ、気絶してしまった。

「あぁ……、やっちゃった……」

 リックは額に手を当てて嘆息する。そして王に向き直ると、

「なぜだか知りませんがこの少女はわたくしにしか心を開いていないようです。わたくしが縄をほどいてもよろしいでしょうか?」

「……よかろう。しかし、お主も物好きだな。こんなじゃじゃ馬を欲しがるとは」

「………………………………そうかもしれません」

 リックはたっぷりと間を開けて答え、ティナの縄をほどいた。

「ぷはっ。あー息苦しかったー」

 ティナは王の前だというのに礼儀正しくするつもりは無いようだった。

 それを気にする事もなく王は話を続けた。

「他に褒美はいらんのか? ケルベロス退治どころかノ・モアレの塔の謎まで解いてもらったのだ。出来得る限りの褒美はするが」

 その王の問いにリックは少し考えた。

 これはここでの宿代を浮かすためにも城に泊まらせてくれと頼むべきなのか? それとも当初の予定通りプラチナを分けてもらうべきなのか? はたまたここは謝礼金でももらってここを去るか? 

 そんな事を考えている内に、サランが口を挟んだ。

「父上、城の資材庫にプラチナと銀があったと思うのですが。それを褒美にするのはいかがでしょう? 銀との合金の中では最高のプラチナシルバーの材料なら、リックさんも納得なさるのでは?」

「ふむ。サランがそう申しておるが、それよいか?」

「えぇ。それはもちろん。願ったり叶ったりでございます」

「それで、この街にはどのぐらい滞在する予定なのだ?」

「そうですね……。長ければ一ヶ月、短くとも二週間ぐらいは」

「ふむ。ならばその間の宿の心配はするな。こちらで用意しよう」

「……ありがとうございます。お心遣い、感謝いたします」

 リックは内心「ラッキー!」と思っていたが、口にも表情にも出さなかった。が、ティナは。

「やったー! 王様ってば太っ腹ぁ!」

 などと騒いでいる。それを見て王も悪い気分では無いらしく、

「正直な娘だな」

 などと言ってほほ笑んでいた。

 少しの間、場の空気は穏やかだった。


「して、リックよ。その――【深紅の封珠】を研磨する道具は持っておるのか?」


 王がこんな発言をするまでは。


▽△


 【深紅の封珠】を研磨するには、ある特殊な道具が必要だ。

 その道具とは、【火竜の牙】である。

 【深紅の封珠】自体を研磨するのは鉄でも何でもいいのだが、それに一〇〇〇年続く輝きを持たせるには、【火竜の牙】を使う必要がある。

 それは、【火竜の牙】の持つ熱がコーティングとしての役割を果たすためなのだ。

 そして、リックにとっては聞き逃せない事も言った。

「ミスリルを精錬するために必要なのが【火竜の卵】だ」

 そう言ったのだ。そして、

「まぁ、ミスリル自体を持っていなければ意味は無いのだがな。お主たちならいずれは手に入れるやもしれん。覚えておいた方がいいだろう」

 と言った。すいません、もう持ってます……。

 とりあえず、どちらを鍛えるにしても火竜のところへ行く必要があるのは確かだ。

 リックのこれまでの調べによると、火竜はノ・モアレの塔――の跡地から西へまっすぐのところにある火山にいる。

 と言っても道があるわけではない。誰も近付かない場所であるために、森の中を通り抜けるしか無いのだ。

 火山自体は休火山らしい。火山の名前は『バーナレア火山』。

 その火口に火竜は住んでいる……、らしい。リックも実際に見た事は無いし、信憑性は薄いかもしれない。

 だが、情報がそれ以外に無いのならば、信じて行くしか無いのもまた事実だ。王の配慮で、城にはいつまでもいていい事になった。まぁ、その代わりに兵士の訓練なんかもしなければいけないんだけど。

 それでも、今回の目的地、その通過点であるはずのアルゲンタムが、まさかまさか。目的地に行ったあとで戻ってこなければいけない場所とは思わなかった。

 火竜には、個人的にも用がある。過去の精算、そんな大層なものでもないけど。

 それより何より、絶対に、手に入れてやる! 一生遊んで暮らせる程のギンを!

――以上、リックの手記より抜粋


――補足(?)――

 王様の話って難しくてよくわかんないなー。

 なんかー。『かりゅー』がどーのこーのってゆー話だったよー?

 ティナにはなんのことやらさっぱりですっ☆


 あとがき  リックの束縛がすごくなってきましたー! なんだか――コウフンシチャウヨネッ?

~~中略~~

 書くの飽きたー。寝るっ!

――以上、ティナの絵日記より抜粋


 そしてその後、三日間の商売を終えたリックとティナは、火竜のいるバーナレア火山に行く計画を立てるのだが、それは脆くも崩れ去る事になる。



総売上金額――四〇〇七ギン。四〇〇七ギンの黒字。所持金、一二九八七ギン。

入手素材――銀、ミスリル銀、深紅の封珠、プラチナ。

次の目的地――バーナレア火山


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