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二章

一行は草原のど真ん中を歩いていた。道はちゃんとあるのだが、ティナがあっちへフラフラこっちへフラフラと動き回るせいで整備された道からは大きく外れたところを歩いている。

 道なりに進めば次の目的地に着くのだが、このままではまったく違う場所――下手をすると逆走してフェルムに戻ってしまうかも知れなかった。

 そしてそれを止めるのはもちろんリックの仕事である。というか、止めなければならない。どうしても、リックには急がなければならない理由があるのだ。

「ティナ。うろうろするのはもう止めた方がいいよ」

「んー? リックはティナの自由まで奪おうというのか! 横暴だ! 理不尽だ!」

「違う違う。アルトの事を少しでも考えてあげたらいいと思うよ」

「えー?」

 ティナはアルトを見た。しかし、いつも肩に乗っている筈のアルトが肩にいない。重さだけは感じる事が出来たのか、ティナはローブをバサバサと振るった。

『ぎゃん!』

 悲鳴と共にドサッと地面に落とされるアルト。目を回しながらフラフラしている。

「あれ? アルト、何してんのー?」

『ティナが動き回るから必死で捕まってたんだにゃ……』

「ふぅーん」

 ティナにとってはどうでもいい事のようだった。それを見てリックとジンは嘆息した。ほぼ全ての事に対して天才のティナだが、人の気持ち――いや、動物の気持ちを理解する事だけは苦手なのだ。不思議とティナを恨むような人は一人もいないが。それどころか全員が全員ティナの味方だ。

 そこでまたフラフラとどこかへ行こうとしたティナをリックが引きとめた。

「ティナ、あまりフラフラしていると野宿をする回数が増えるよ」

「そ、それは困っちゃうかもしんないね。まずい干し肉なんて食べたくないよー」

「君は随分と舌が肥えたようだね……」

 フェルムでのブルジョワ生活は、一行に多大な影響を与えていた。特に食事は酷い物である。それまでは普通に食べれていたのに、まさに頬が落ちるような豪華で美味の食事をした事で、ティナは干し肉を食べたがらなかった。アルトも猫の分際でマグロが食いたいだの言い出すし、ファルクでも涙ながらに雑草を食べている時がほとんどだ。文句を言わないのはジンくらいだが、彼も彼で色々と不満はあるだろう。なぜならリックにもあるのだから。

 とにかく、一週間のブルジョワ生活から旅の道具屋生活に戻すのには今しばらくの時間が必要である事は確かだった。

そこでティナが声を張り上げた。

「じゃあ、出発進行! 方角は南南西、距離はわかんない! よーそろー!」

「……そっちはフェルムの方向だけど。戻っちゃうよ?」

「リックのいぢわる」

「意地悪とかじゃないんだけどね……」

 ぼくは忠告しただけなんだ。ティナに意地悪しようなんて一かけらも思っていない。ただ、フェルムに戻っちゃうとおそらく、いや確実に昨日までの二の舞になるだろうし。そんなのはごめんなんだ。

「じゃあ目的地はアルゲンタム、進路は東北東、距離は――まぁ後二日あれば着くかな。出発進行――の前にティナ」

「なんでございますかっ、隊長! びしっ!」

「フラフラと何処かへ行かないように」

「りょーかいっす」

「なんか急に態度が変わったね……」

「いやいや、とんでもないっすよー」

「急に馴れ馴れしくなったよね」

「はっはっは。まっさかー――……あれ? リック隊長! 前方に人影を発見したでごわす!」

 ティナが指差した方向には確かに人がいた。地面に座っている。リック達と同じ旅人だろうが、リック達に比べて荷物は少ない。怪我でもしているのか、それともただ疲れて休憩しているだけなのか、それはわからない。

 背中には大きな剣と大きくはあるが持ちやすそうな盾、身体にはおそらく軽い素材で作られた鎧を纏っている。

「旅の剣士さんみたいだね」

「わかりましたー! さっそく逮捕しまっす!」

「え? ってちょっと、ティナ!」

 リックが止めるのも聞かず、ティナは旅人のところに一目散に走って行ってしまった。フラフラするなと言ったそばからこれでは……、とリックは思う間もなく脳に身体を動かすように命令した。

 リックがティナを止めようと急いで駆け寄った時、ティナは旅人の手首を掴み、それを高々と掲げていた。

「召し捕ったりー! 神妙にお縄につけぇーい!」

「え? え? 何? なんで?」

 旅人は完全に困惑していた。よく見るとかなり若い。リックと同じくらいの歳だろう。背中の大剣にはミスマッチの小柄な体つきの黄色い髪の毛の男だった。

 リックが頭を掻きながら嘆息してティナに近付くと、それに気付いたティナが満足そうな笑みを浮かべた。

「リック隊長! 犯人を確保しましたっ!」

「……ありがとう。だけどその人は無実だから離してあげてくれないかな」

「りょーかいしましたっ、びしっ! さぁもう行っていいぞよ。故郷(クニ)のおふくろさん、悲しませちゃいけねぇぜ……」

「だからその人は無実だって……」

 漫才のような会話をしている二人を旅人は不思議そうに見ていた。

 それからもその漫才のような会話は、決して短くは無い時間続けられた。


「あの、あなた達は一体……?」

 ティナとリックの漫才に付き合いきれなくなったのか、男が声を上げた。背中の大剣からは考えられない程のおずおずとした喋り方である。

「人に名を聞く時はまず自分から話すものなのだよー?」

 自信満々にティナは言う。

 それを聞いてリックは即座にツッコミを入れた。

「いやいや、どう考えてもこっちの方が怪し――」

「す、すいません! ぼくが間違ってました!」

「ええっ!?」

 思い切り頭を下げて謝る男を見て、リックは驚くと同時に大袈裟なリアクションをした。しかし、それを見ている者は誰一人、ジンやアルトやファルクさえも見ておらず、目は深々と頭を下げている男に釘付けだった。全員が驚いていた――いや、ティナ以外の全員が、だ。

 ティナはと言うと頭を下げる気の弱そうな男を見て、ご満悦のようだった。

「わかればいいのだよ。ワガハイの心はこれくらい大きいのだー!」

 ティナは両手を大きく広げた。

「あ、ありがとうございます。ぼくはサランです。一応、旅の剣士なんですが、さっき魔物に足をやられまして……。いやはや、お恥ずかしい」

 サランは頬を掻きながら苦笑した。それを見てリックも自己紹介をした。

「ぼく達は旅の道具屋【ルハオ】です。ぼくはリック、この娘はティナ。それにアルトにジンにファルクです」

 リックが全員分まとめて自己紹介すると、ジンは『ふむ』、アルトは『にゃはは』、ファルクは『ヒン!』とそれぞれ答え、ティナはジト目でリックを見ながら「リックは男の子が好きなんだ……」と言っていた。……っておい。それは無い、それだけは絶対に無いぞ。勘違いしないでくれ。

「旅の道具屋さんなんですか。じゃあ薬草を分けて頂けないでしょうか? もちろんお金は支払います」

「じゃあティナちゃんプライス! 薬草一つで二〇〇ギンだよー」

「に、にひゃく? そんなに高価な薬草があるんですか!?」

 そこで見かねたリックが声を出した。

「嘘です、すいません。本当は二ギンです――っと、ティナ」

「なにかなー?」

「サランさんに謝りなさい」

「……ぼったくろうとしてすいませぇーん」

 全然悪びれずにティナは軽く頭を下げて謝った。

「…………ははは」

 それを見たサランはまたも苦笑した。

「あ、えっと、薬草ですよね。すぐに出しますんで」

 そう言ってリックはファルクが引っ張っている荷馬車の中をごそごそと漁り、薬草の入っている大きな瓶と木の板を取り出した。そしてその中から薬草を取り出し、木の板の上ですり潰し始めた。

 それを見てサランは、

「あ、そのぐらいは自分で出来ますよ?」

「いえいえ。危うくぼったくるところでしたから、このくらいは」

「あぁ……、じゃあお言葉に甘えて」

 それからリックは薬草をすり潰す作業を続けた。作業中、ティナがずっと「リックは男なのに……」だの、「そーゆーのを不潔って言うんだよ?」だのとリックの耳元で呟いていたが、それはいつもの事なのでそれほど気にはなっていない。それよりも『にゃはは。哺乳類の風上にも置けない奴だにゃ!』『むぅ。私もそればかりは納得しかねる。もっともらしい理由を述べてはくれまいか』というジンとアルトの言葉が重かったのだった。ティナの言葉を不用意に信じちゃいけないよ。

 そんな事を思った直後、薬草のすり潰し作業が終わり、リックはすり潰された薬草の乗った木の板を持って立ち上がった。そしてサランに近付いた。

「怪我した足はどちらですか?」

「あ、右足です。自分で出来ますよ、手は無事ですから」

「いえいえ。サービスです」

「なにからなにまで恐縮です……」

「お気になさらず。こちらも商売ですからね、お客様第一です」

「それじゃあお願いします」

 サランが右足の裾を捲くり、リックの方に差し出した。

 その足は、それは酷いものだった。皮膚は剥げ、肉が見えている。血は太ももを縛っているせいかそれ程流れてはいない。しかし、強く縛り過ぎているせいかうっ血してつま先が紫色に変色している。早く処置をしないと最悪斬り落とす羽目になるかも知れなかった。

「これ……、一体どんな魔物にやられたんです? しみますよ」

 リックが処置をしながら尋ねると、サランは、

「ケルベロスです。……うっ。四つ首でした」

「四つ首? そんなのが存在するんですか?」

「ぼくも最初は驚いたんですけど、あの毛の色に身体の大きさは間違いないです。ただ、四つ首だったというだけで」

「そうですか……。ケルベロスと戦闘して生きていただけでも幸いでしたね」

「……そ、そうですね。なんたって一級危険生物に位置付けされる魔物ですから」

「そのケルベロスってどっちに向かいました?」

「えっと、アルゲンタムの方向です。でも、まさか戦いに行くつもりですか?」

「えぇ。そうですけど?」

「しょ、正気ですか!? あんなの人間じゃ敵いっこないですよ!?」

「大丈夫ですよ。死にはしません。サランさんだって生きてるじゃないですか」

「た、確かにそうですけどっ! あれはたぶん特級危険生物クラスの戦闘力ですよ!? 強すぎるんですっ!」

「それは面白そうだ――っと、これで処置完了です。明日には動けるようになってると思いますよ」

「あ、ありがとうございます――って、本気で行くつもりなんですか?」

「当然です」

「なんでそこまでして……?」

「ケルベロス自体はどうでもいいんですけどね。そいつの腹の中に用があるんですよ」

 そこでリックによるサランの治療が終わった。

「腹の中?」

「あぁ、いえ。なんでもありません。忘れて下さい。それではぼく達はこれで」

「あ! あの、薬草の代金は?」

「ケルベロスの情報をもう頂いたので結構ですよ」

「え、でもそれじゃ……」

「ご利用ありがとうございました。またのお越しをお待ちしております」

 サランにぺこりと頭を下げ、リック達は歩き出した。

 ケルベロス……。そんなレアモンスターとこんなところで出会えるなんて、運がいい。アルゲンタムでの売り上げは期待できるだろう。その後の、あの場所に行くためにも、お金はしっかりと稼がないと。この時期を逃せば、次は数百年後らしいし。

 そんな事を思いながらリックはアルゲンタムに向かって歩を進めた。


▽△


 今日はリックに色んな事を教えて貰っちゃった。アルゲンタムについてなんだけどー。それはー、それはー、んー? んんー? んんん~~~~~? 忘れちゃったー。ティナってばホントにドジなんだよねー☆

 P・S キリンって頭が高いよねー。首が長いからって調子に乗ってるよねー。高いところの葉っぱを食べて生きてるなんてバカみたいだよねー。しかもあの模様も豹とモロかぶりだしねー。ってゆーか首の割に頭ちっちゃいよねー。すっかすかだねー。変な角もついてるしねー。宇宙人のヘルメットみたいだよねー。……宇宙人ているのかなー? もしいたら楽しいよね。会ってみたいなー。会ってボコボコになるまで攻撃したいなー。

~~中略~~

リックはやっぱりかっこいーよねー。守ってあげたくなっちゃうよねー。母性本能だねー。うーん。今日はもう寝る! おやすみなされ~。

――以上、ティナの絵日記より抜粋


――補足――

 アルゲンタムは銀で栄えた城、そして城下町である。別に銀の採掘場が近くにあるわけではなく、今から三世代前の王が銀の利点に気付き、世界各地の銀の採掘場を買い占め、アルゲンタムに集めさせたのだ。

 実際、銀で作られた武器や防具は鉄で作られたそれとは一線を画す。まず、性能が段違いに高い。これは銀の性能が高いというよりはその汎用性によってだ。例として挙げるなら、プラチナとの合金であるプラチナシルバーなんかは高価であるが強いし長持ちする。デザインの幅も広がり、キラキラと輝く銀はファッションとしても一流である。

 鉄よりも希少で、値も張ることから昔は敬遠されがちだった銀だが、アルゲンタムの王は比較的安価にそれを提供したことから爆発的に銀は流通した。鉄との割合でいうとまだ鉄の方が多いが、それも長くは続かないかもしれない。

 さらに、銀の中には希少も希少のレア物が存在する。ミスリル銀だ。シルバータイガーの体内で作られる他に、銀の鉱石の中から(ごく)(まれ)に採掘できる。見た目は銀と大差ないのだが、それを手に持った人は口を揃えて「これ以上持っていたら頭がおかしくなる」と言うらしい。それほどに神々しく、それでいて禍々しい金属なのだ。

 そして、ミスリルで作られた武器や防具は高値で取引される。道具屋の世界では、ミスリル製の物を手に入れるだけで一流になれると噂されている。旅人の間でもそれを手に入れるだけで一流だと言われる程だ。……、ミスリル、欲しいなぁ。

 

アルゲンタムには大きなマーケットがある。アルゲンタムの王に許可さえ取れば誰でも自由に商売が出来るのだ。

基本的には開放的な街なので商売自体はしやすい。しかし、自由に店が出せるせいで競争率も激しく、客が分散するので、売り上げは下がってしまうだろう。まぁ、客の食い付きはいいので値段を少し上げれば問題は無いのかもしれないけど。

ティナに頑張ってもらえれば赤字は有り得ないので、なんとかお願いしたいもんだ。

――以上、リックの手記より抜粋


 アルゲンタム城下町に着いた時、リックが感じた事は、賑やかだ、の一点だった。

 とりあえず何かにつけて活気がある。街の人々は笑顔が絶えないし、道の脇に植えられている木や草も思い切り太陽に向かって伸びている。犬や猫なども元気に走り回ったりしている。

 どう見ても上流階級の人達ばかりのように見えるのに気取ったところが無く、親しみやすかった。こういう街では決まって白い目で見られるのが旅人だが、そういう事はアルゲンタムに入ってから一度も無かった。薄汚れた服を着ているのにも関わらずだ。

 毎日がお祭り騒ぎ、といった感じのこの街をティナも気に入り、フラフラと糸の切れた凧のように歩き回っている。そのせいもあってこの街に着いてまだ間もないにも関わらず、リックはかなり疲れていた。この街の雰囲気の良さに気が抜けて疲れが出たのかもしれないが、ティナの自由奔放ぶりが一番堪えているのは確かだった。

「はぁ……。早く王様のところに行きたいのになー……」

 リックが嘆息している時、向こうのティナの周りには人だかりができていた。一体今度は何をやらかして――。

「ティナは世界一の道具屋さんなのだー!」

「お嬢ちゃんかわいいねー」

「えへへー。ティナは世界一かわいいのだー!」

「ねぇねぇ。おじさんとどっか行かない?」

 ってナンパされとる……。確かにティナが絶世の美少女である事はぼくも否定しない。否定できない。だけど本人にもう少しその自覚を持って欲しいんだ。自分が可愛い事はわかっているようだけど、モテる事はわかっていないようだ。はぁ……。面倒臭いけど引き取りに行かないと後々もっと面倒な事になりそうだよなぁ。

 リックはティナの下に向かった。

 リックが人だかりに辿り着き、人をかき分けてティナを呼び戻そうとして――とはならない。と言うのも、リックの顔を見たアルゲンタムの住民はビビって道を開けるのだ。それがリックの心をますます傷つける事など知らずに。

 さっきまでティナをナンパしていた男共はリックの顔を見た瞬間に小さな悲鳴を上げて逃げて行った。

――……そこまで怖いか、ぼくの顔って。

「あ、リックー! どこ行ってたのー?」

 ティナは軽快なリズムのステップを踏んで踊っていた。

「こっちのセリフだよ……。ってゆーか早く王様のところに行こうよ。宿も決めなきゃいけないし――」

 そのセリフが言ってはならないセリフだったのだという事にリックが気付いたのはこのすぐ後だった。

 宿を決める、その一言でその場にいた宿の経営者が何人かリックに詰め寄り、「是非うちの宿をご利用ください!」とか「カップル割引ってゆーのがあるんですよー」とか「最高級の羽毛布団をご用意しております!」とか立て板に水のごとくの勢いで喋りまくった。最後にそれぞれの宿のパンフレットをリックに手渡し、経営者達が帰った時にはリックはボロボロ(精神的な意味で)だった。

「………………………………、はぁ……」

 リックの心労は絶えない。

 リックは何度も嘆息しながら荷馬車に宿のパンフレットを適当に突っ込んだ。

「ティナ、そろそろ行くよ」

「むー。わかったー」

 ふくれっ面のティナを引きつれてアルゲンタム城に向かい、着いた時にはすでに夕暮れ時だった。



「ほう、旅の道具屋とな?」

 玉座に座った威厳たっぷりの、貫禄のある男が声を上げた。その顔は興味津々といった感じである。

 この男、誰あろう第十四代アルゲンタム王国国王である。

 さすがに謁見には時間がかかるかと思っていたリックだったが、この国では王様も気取ったところは無いようだった。ちなみに、ティナは謁見には参加していない。王様の前で粗相をする可能性が高いという理由で、リックがなんやかんやで言いくるめて客間で待たせている。

「旅の道具屋とは随分と物好きなのだな」

「そう言われればそうかも知れません――が、わたくしはこれが天職だと思っておりますので」

「ならばよかろう。して、どんな物を売っておるのだ?」

「武器や防具、薬草からドリンク、日用品までなんでも取りそろえてございます」

「ほう、では道具屋というよりは万屋というわけだな。武器と防具の素材は?」

「現在の主力は鉄です。しかしこの国では銀が安く手に入ると聞きましたので、銀製の物も作ってみようかと――」

「何? 作る? お主、鍛冶屋でもあるのか?」

「はい。わたくしの店で売られている商品は全て手作りでございます」

「面白い! 道具屋でありながら鍛冶屋でもあるとは! 背中のその刀もお主が作ったのか?」

 王はリックの背中の刀を指差した。今は謁見という事で刀には鎖が巻いてあり、抜く事が出来ないようになっている。

「いえ……。これはわが師の作であります」

「ほう……。ここからでもわかる程の覇気のこもったいい刀だ」

「お褒めにあずかり光栄です」

「それで――店を出す許可だったな。いいだろう、区分けは決まっておる。今地図を渡そう。大臣」

「はっ」

 大臣はリックに営業場所を記した地図を手渡した。場所は悪くない。人目につきやすいし、周りにもそれほどライバルになりそうな店は無い。

「ありがとうございます。それではわたくしは失礼させていただきます」

「ふむ」

 リックは謁見の間を出るために大きな扉に向かって歩を進めた。その時だった。

「ちょっと待った。リック――とか申したな?」

 王の呼び掛けに応じ、リックは足を止めて振り向いた。

「なんでしょう?」

「お主のその刀――我に売ってはくれまいか?」

「申し訳ありません。この刀は相手が王様であろうとも売るわけにはいきません」

「そうか……。それでは仕方が無いな。わかった、行くがよい」

「失礼いたします」

 ぎぃぃぃぃ。

 大きなドアを開き、リックは謁見の間を後にした。



 客間で待っているティナの下へ向かうリックだったが、実はその時、客間はもぬけの空だった。

 なぜかと言うと、まぁ予想通りと言えば予想通りなのだが、ただ待っているのに飽きてしまい、城の探索に出かけたのだ。

 そして現在、ティナは右肩にアルト、左肩にジンを乗せてアルゲンタム城地下二階付近をうろうろしている。ティナの右手にはどこから出したのかはわからないが木の棒が握られていて、それをぶんぶんと振り回している。

「ふんふんふーん♪」

『ティナ、まずいのではないか? リックは黙って待っていろと言っていたのだぞ?』

「ふんふんふーん♪ ふにゃふにゃふー♪」

『…………、聞いていないようだな』

『鳥肉は黙って着いてくればいいにゃ』

『もう一度言ってみろ、クソ猫』

「なぁに? ケンカしてるのー?」

『『いいえ』』

「ならばよし! さぁ行くぞー! 目指すは盗賊王なり!」

『『えぇっ!? 盗賊王!?』』

「ひーうぃーごー!!」

(ひーうぃーごー……)

 地下二階にティナの元気な声が響いた。

「「誰だっ、お前達はっ!」」

 当然と言えば当然の事だが、城を守る兵士達が声に気付いて駆け寄って来た。人数は二人である。

『ティ、ティナ! どうするのだ!?』

『このままじゃ捕まっちゃうにゃ!』

「倒す!」

『『えぇぇっ!?』』

 ジンとアルトは驚いていたが、ティナは手に持った木の棒をぶんぶん振り回し、目をギラギラと輝かせている。どう見ても本気のようだった。

『……クソ猫。私はここまでのようだ。さらばだっ!』

 そう言い残してジンはティナの肩から飛び立った。そして通って来た道を逆走して、逃げたのだった。

『あぁっ!? くっそう、ずるいにゃ! 置いて行くにゃんて――後で覚えてろー!』

「とつげきぃぃぃー!」

 アルトの事もジンの事もすっかり脳内から消し去ったティナは兵士二人に突っ込んで行った。 

 物凄いスピードである。肩に乗っているアルトは、振り落とされないように必死だった。ティナのローブに思い切り爪を立ててしがみ付いている。後でティナにこっぴどく怒られるかも知れないが、今はそれどころではない。それにそうなったらおそらくリックが助けてくれるだろう。そんな事を思――っている余裕はかけらも無く、しがみ付くので精一杯の状態だった。

 そんなアルトの状態など少しも気にかける事無く、ティナは棒を片手に兵士に突っ込んだ。

「それぇい!」

「「どぁっ!?」」

 ティナの一撃で兵士二人は吹き飛ばされた。

「ふっふーん♪」

 ティナは得意げだった。手に持っていた木の棒は真ん中からぽっきりと折れている。

 吹き飛ばされた二人の兵士は白目をむいて仰向けに倒れていた。一人は口から泡まで噴いている。

『うにゃにゃ……。お、終わったのかにゃ?』

「「そこで何をしている!?」」

『ふにゃっ!? ティ、ティナ、まずいにゃ!』

「らくしょーらくしょー! 倒す!」

『うにゃっ!? そ、それは止めといたほうがいいんじゃにゃいか?』

「らっくしょー!」

ティナはぶっ倒れている兵士の腰にある剣に手をかけ、引き抜いた。極普通の片刃の剣である。特筆すべき点は何もない。錆びてこそいないがティナの作った剣や刀に比べて輝きは鈍い。強いて言うなら量産に特化しているところが特徴なのか。並の剣、である。

しかしこの剣、ティナが使う事によって天下無双の豪剣となる。なぜなら――ティナは天才なのだ。強度こそないものの、殺傷力という一点において言うと巷で噂の名刀名剣すらも凌駕する。斬られた生物は無事ではいられないのだ。

 現在進行形でティナを止めようと突っ込んで来ている兵士二人も例外ではない。

「「貴様ら、一体何者だ!」」

「ティナは盗賊王なのだっ!」

『ちょ、俺様達は道具屋じゃ――」

「目指すは盗賊王! 掴んで見せるぞミスリル銀!」

『…………、もう破れかぶれだにゃ。こうにゃったら最後までティナに着いて行くにゃ!』

「ティナの怒りの鉄拳、受けてみろー!」

 振り上げているのが剣で、顔が怒っているどころか笑っている事が問題のセリフだが、そんな事どうでもいいと言わんばかりのスピードでティナは新たに現れた兵士二人に特攻した。

「「止まれ! 止まらんと斬る!」」

 二人の兵士は剣を引き抜いた。ティナの持っている物と同じである。

「ちぇすとー!」

 が、兵士が剣を構える前に勝負はついていた。

「ふっ……。安心しな、みね打ちさ……」

 兵士二人が斬られたところからは見事に血が吹き出ている。どう見てもみね打ちで出来る傷では無い。息はあるようだが、早く処置を施さないと危ないだろう。しかし、知らなかったとは言え、自業自得ではある。ティナと無謀にも戦おうというのが間違いなのだ。

 しかし、ティナの持っていた剣も多大なダメージを受けていた。何度も言うようにこの剣は極普通の並の剣だ。いくらティナが使っているとは言っても強度も並、である。剣の柄から上が無くなっていた。折れた、と言うよりは吹き飛んだ、の方が近い。ちなみに刃の部分はさっき斬られた兵士の腹に刺さっている。

「よゆーのよっちゃんだね!」

『……やってしまったにゃ。いや、おそらく()ってしまったにゃ……』

「じゃあ、次はコレをいただいちゃおう」

 ティナは斬った兵士二人の剣を無理矢理剥ぎ取った。そして鼻歌交じりに奥へ進んで行くのだった。



「あれ? なんで? ぼくは黙って待っててくれって言ったような? あれ? これって夢かな? 夢ってこんなに鮮明に見えるもんだっけ? そもそも夢って寝ている時に見るんじゃなかったけ? 寝るっていう行動は一般的には夜にするものじゃなかったけ? 職業柄朝に寝る人もいる事は確かなんだけど。そもそもぼくは夢を見ない体質だったし、一度は見てみたいなぁ、なんて思った事もあるにはあるのだけどまさかこんな形であのバカ!」

 リックは客間を飛びだした。

 客間の中にいたのは気絶した兵士が二人。死んでいるのではなく、気絶だという点から考えてもおそらく素手で倒されている。ただ、鎧に開いている穴から考えても、殺傷力は半端なものではないようなのは確かだ。鎧をしていなければ死は免れなかっただろう。

腰にある鞘に剣が収まっているのがいるのがせめてもの救いだが、ここは城で、中には兵士がたくさんいる。それをティナが奪って使った時を考えると――考えるだけでも恐ろしい。絶対に止めなければ。

そんなリックの思いも空しく、この時すでにティナは兵士二人を殺しかけているのだが、リックはそんな事など知る由も無い。

「どこだ!? どこにいるんだ!?」

 リックは必死だった。必死にティナを探している。

 そして、階段まで辿り着いた。

 上への階段。そして下への階段。

「…………………………よし」

 バカと煙は高いところが好きだって言うし、ここは上――、

『リック!』

 突然自分の名を呼ばれ、声のした方に振り返ると、下への階段を物凄い勢いでスルーしながら飛んで昇って来るジンの姿があった。

「やっぱり下かっ!」

 今さっき自分で考えていた事を全否定してリックはジンの下に走った。

「ジン! ティナは!?」

『わ、わからん! だが、このままだとおそらく我等は賞金首に――』

「クソッ! ジンは案内してくれ! ティナを止めに行く!」

『わかった! こっちだ!』

 ジンは再び飛び立ち、地下へ向かって急降下した。リックもそれに続いた。



 リックがティナの捜索に繰り出した時、ティナは地下二階を走っていた。進行方向には兵士が見える。

「あっははー! どけどけーい!」

「「おぅわっ!?」」

 兵士は吹き飛ばされ、壁に頭をぶつけて動かなくなった。が、死んでいるわけではなさそうだ。

『ティ、ティナ!? 一体どこまで行く気にゃ!?』

「最上階!」

『ここは地下だにゃ!』

「宝を目指して突き進めっ! そう、我は盗賊王なり!」

『お、思いとどまってくれにゃー……』

アルトの悲痛な叫びが地下二階に木霊する。



 リックが地下二階に辿り着き、目撃したものは、倒れた兵士たちだった。

「大丈夫ですかっ!? 一体誰がこんな事をっ!」

『………………………………』

 全てを知っているジンに言わせれば白々しい事この上ない言葉だ。リック自身誰がやったのかはわかりきっている。だが、ここはティナと自分が仲間である事を悟られてはいけないのだ。悟られた瞬間、リックとティナは御用、そして旅の道具屋【ルハオ】は廃業である。背中の刀も没収だろう。

「今すぐ治療しますからっ!」

 だからここはティナと無関係の通りすがりを装って兵士の治療に専念するべきなのだ。ティナ一人が捕まるくらいならいくらでも助ける策を考えられるが、その策を考える人間まで牢の中では意味が無い。全てが妄想へと変わるだろう。

 リックは手際よく止血やら傷の縫合やら折れた箇所の固定やらを手持ちの道具で済ませつつ、ティナの向かったであろう方向に走った。

「ジン! ティナは一体何でこんな事をっ!?」

『むぅ。なにやら盗賊王がどうとか……』

「盗賊王っ!?」

『私は止めたのだが……』

「無理やりにでも止めておいてくれよっ!」

『すまぬ……』

「あぁ! ちくしょう!」

 リックは走るスピードを上げた。ただでさえ兵士の治療に時間を取られているので、そうでもしないとティナに追いつけないからだ。

『そういえば私はここから先はティナがどこへ行ったのかわからないのだが』

「なんでそんな大事な事を早く言わないの!?」

『いや、リックの顔が余りにも鬼気迫っているので言い出し辛くてな……』

「じゃあどうやってティナを探すのさっ!?」

『その点は大丈夫だろう。倒れている兵士が良い道標になる』

「あ、そうか……」

 リックが進む先には倒れた兵士が所狭しと転がっている。幸い死んでいる者はいないようなのだが、「うぅぅ……、強すぎる……」「か、母ちゃん、いてぇよぉ……」「死にたくねぇ、死にたくねぇ……」「この仕事が終わったら結婚する予定だったんだ……。メアリー、悪いな。俺は行けそうもない……」等という悲痛の叫びが大合唱を奏でていた。

 リックは直視できなかった。ジンも同様である。こんな事をした張本人はおそらく笑いながらやったに違いない。だからこそ、この兵士達に悪いのだ。

 リックはその兵士達を無言で手早く治療すると、ティナの向かったであろう方向に再び走り出した。



 リックが地下二階で兵士達の治療をしている時。

 ティナは最下層、地下三階に辿り着いていた。

 地下三階は地下二階に比べてかなり狭く、牢屋のような部屋だった。平面で見るとそこそこ広いが天井は低く、そのせいでかなり圧迫感がある。階段から降りた先がその部屋であるために、廊下は無い。明かりはロウソクの光があるだけだ。

 そしてそこには一人の男がいた。

 さっきまでティナがなぎ倒していた兵士達と同じ――ではない。

 第一に格好が違う。男はおそらく銀製であろう鎧と兜、盾、それに剣を持っている。兜のせいで顔は(あご)(ひげ)くらいしか見えないが体格はかなり大きい。ティナの二倍近くあるのではないだろうか。

 そして、纏っているオーラが違う。百戦錬磨のつわもの、そんな感じの男だった。

「貴様、何者だ」

 男が喋った。

「盗賊王!」

 ティナも喋った。一瞬沈黙が場を包み、先に口を開いたのは男だった。

「生憎だがここに宝は無いぞ」

「じゃあその武器と防具ちょうだい。銀製でしょー?」

 ティナは男の装備を指差した。

「ふん。盗賊なら盗賊らしく力で奪い取ったらどうだ」

「じゃあそうするー」

 ティナは勝手に持って来た、上にいる兵士の剣を二本構えた。今日初めてティナは構えたのだが、それはやはりこの男が強敵だという事なのだろう。

「アルゲンタム王国第二兵団、鬼の兵団長ジギ、参る!」

 その一声と共にジギは地面を蹴った。そして物凄いスピードでティナに特攻しながら居合いの要領で剣を抜き、ティナに斬りかかった。

 ギィンッ!

 金属と金属のぶつかる音が地下三階に響く。ティナはジギの剣を二本剣を交差させて受け止めていた。

「ほう。なかなかやるな。だが――これはどうだっ!」

 ジギは鍔迫り合いの状態から柄をティナの方に向け、交差している剣と剣とを弾いた。そして、間髪入れずに身体を一回転させ、ティナに斬りかかった。

 しかし、それすらもティナはヒラリとかわした。

「どうした。攻撃してこないのか?」

 挑発するようにジギは言った。

「………………………………」

 しかし、それにティナは答えなかった。それどころか、床を蹴っていたりする。いじけている様にも見える。

「どうした? あまりの力の差に絶望したか? だが、オレは敵であれば女子供であろうと容赦はせん――死ね!」

 ジギはまたもティナに特攻した。そして大きく剣を振りかぶるとティナ目掛けて一気に振り下ろした。


「全然つまんない。ぜつぼ―しちゃったー。ジギの児戯だねー」


 その声が聞こえるか聞こえないかの間にジギは地下三階に突っ伏していた。おそらくジギには何が起こったのかわからなかっただろう。

 しかし、ジギの状態を見る限り、何が起きたのかははっきりとしている。

 銀製である兜が十字に割れている。

 ティナが低い天井に跳び、天井を足場にしてジギの頭に向かって急降下。そして兜を斬ったのだ。

 ティナの持って来た剣は鉄製で兜は銀製であったために、二つの剣は真っ二つに折れている。

 しかし、それが幸いしたのかジギは死んではいない。ただ気絶しているだけだ。

『ティナ……。一体どうするにゃ?』

「身ぐるみ剥いで宝をさがそー!」

 ティナはジギの着けている装備を全て剥ぎ取った。ジギは下着のみという恥ずかしい格好で地下三階に横たわっている。

「あはははははは! 盗賊王にまた一歩近づいたのだー!」

 ティナの声が地下三階にまたも木霊した。



 時を同じくして地下二階では。

 リックとジンが地下三階への下り階段に到着していた。

「ティナは絶対この下にいる!」

『それは間違いないだろう。こ奴がその証拠だ』

 ジンの目線の先には階段横で無様に倒れている兵士が一人。ティナがここを通ったといういい証拠である。

「……結局、被害者は何人だった?」

『ざっと見て三十人以上だ』

「……、はぁ……」

 なんという事だ。商売をしにこの街に来たというのにまさかこんなトラブルが起こるなんて、考えてもみなかった。ただでさえ精神がやすりで削られるような人物と旅をしているっていうのに。まぁ、これもその人物が原因なんだけど、このままじゃハゲたりするかもしれない。一〇代でヅラってどうよ? それだけは絶対に嫌だ! 嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ!

『り、リック! そんなに頭を掻きむしってはいかん! 禿げるぞ!』

「ハゲ? ジン、ぼくのどこが禿げているって言うんだい? それとも君は今までぼくがヅラだと思っていたのかい? そんなにぼくの髪の毛の生え際は不自然かっ!?」

『な、何を怒っているのだ? わ、私は忠告しただけだぞ!?』

「………………ごめん。自暴自棄になってたよ」

『むぅ……。現実に戻って来たようで何よりだ』

「じゃあ行こう。ティナ――じゃなくてこの下にいるであろう兵隊さんを助けに」

『…………了解した』

 この時点で下にいる兵隊、鬼の兵団長ジギは【ジギの児戯】とまで言われた挙句にティナに倒されているのだが、そんな事をリックは知る由も無い。ただ、若ハゲに一歩近づくのは確定だった。皮肉にもティナが盗賊王に一歩近づいた(自称)のと、ほとんど同時期だった。

 

▽△


「王様、賊をひっ捕えました」

 謁見の間でアルゲンタム王の前に両手を縄で縛られ、猿ぐつわをされているティナが座っている。縛られているというのにやけに大人しい。その脇には首輪にリードをつけられ、口に玉をねじ込まれたアルトが。

「ふむ。それで? どこにおったのだ?」

「地下三階――の壁をぶち破ったトンネルの奥です」

「……トンネル? そんなものがこの城にあったか?」

「いえ。おそらくこの少女が掘ったものだと……」

「ぬぅ……。人間一人、それもそのような少女がそのような事を出来るものなのか?」

「……………………わかりません」

 謁見の間が静まりかえった。王はもちろん、近衛兵や大臣までも驚きで身体が凍りついてしまっている。

 しかしさすがは王と言うべきか。いち早く気を持ち直した王は重々しく口を開いた。

「なぜこんな事になったのか理由は知らぬが、処罰はせねばなるまい」

「それは――当然の事でございます」

 王は目をつむって頷いた。そして話を続けた。

「しかし――客人である主が賊を捕まえるとは。世話をかけたな、リックよ」

「とんでもございません。わたくしは一介の道具屋でございます。王のためならばこの命、投げ打ってご覧に入れましょう」

「それではリックよ、礼と言ってはなんだが主には褒美を取らせよう。何でも望む物を申すがよい」

「少し時間を頂けますか?」

「いいだろう」

 そしてリックは考えるフリをした。望む物など――もう決まっている。ティナを捕まえたのがリックであるならば、ティナを解放するのもリックである。

 だから王に一言言えばいいのだ。たった一言、「この少女をわたくしに下さい」と。



 時は少し遡る。と言ってもほんの少しだ。

 リックが地下三階への下り階段を急いで降りている時まで。

 ティナが地下三階の壁を破壊し、地底人を探そうとトンネルを掘り始めた時まで。

 そこまで戻るとわかる事がある。何か? それは――なぜティナが捕まって、なぜティナを捕まえたのがリックなのかという事だ。

 

 リックが地下三階に辿り着いた時、そこにいたのはなぜか裸で倒れている大男だった。

「だ、大丈夫ですか!? 地下はそれなりに涼しいのにこんな格好でいるから風邪でも引いたんですか!? 熱でもあるんですか!? 頭が沸いてるんですか!?」

 的外れな質問もそうだが、かなり失礼な質問だという事はリック自身わかっている。しかし、犯人と自分が知り合いだとばれる事がどれほど最悪なのかを考えると、何も知らない通りすがりの旅の道具屋を貫くべきだと思ったのだ。

『リック。それはおそらくティ』

「んー? ティー? 紅茶がどうしたってー? こんな忙しいのに呑気にティータイムかい?」

『……すまぬ。忘れてくれ……』

 笑顔ながらも本気で怒った顔のリックに気圧され、ジンは素直に謝った。

 そこでリックは一つの事に気付いた。ロウソクの炎が揺れている。

「ん? 地下なのに風が……」

 なぜ気付かなかったのか不思議だが、リックの右側にある壁が破壊されている。注意深く見てみると、最近壊されたものだという事がわかった。

「ま、まさか……」

『……そのまさかのようだ。あそこを見てくれ』

 ジンの視線の先には見覚えのあるポーチと小さな首輪があった。

「あれは――例のアイツのポーチだね」

『そうだ。例のアイツのポーチだ』

「そしてあれは例のアイツの首輪だね」

『そうだ例のクソ憎たらしいアイツの腐ったような首輪だ』

「それは言い過ぎじゃないかな?」

『…………………………そんな事は無い』

「とりあえずトンネルに入ってみようか」

『うむ』

 リックとジンは洞窟へと足を踏み入れた。


 うん。なんというか、まぁ、綺麗に掘ったものだなぁ……。普通のトンネルと比べても遜色ない。どこから出したのかはわからないけど木材で地盤が崩れないようになっている。こんな事をする道具屋がどこの世界にいるって言うんだ。

 その時、リックとジンの耳に聞き覚えのある声が届いた。

(目指すは掘削王~! 掘って掘って掘りまくれ! 地底人さんどこですかぁ~?)

(ふにゃあぁぁぁぁぁ…………)

「『………………………………』」

 沈黙したリックの顔を冷や汗が流れた。

「盗賊王がどうの、って言ってなかった?」

『私はそう聞いた。だが今は掘削王と聞こえたような……』

「地底人がどうの、とかも聞こえたよね」

『そんなものが存在するとも思えないのだが……』

「急いだ方が、」

『よさそうだな……』

 ジンとリックは足元に気を付けながらも小走りで奥に向かった。



「それそれいけいけもっとほれ!」

 ティナは叫びながらトンネルを掘っている。

「ここほれここほれどこをほれ?」

 よく分からなくなったようだった。

『ティナ……。俺様はかにゃり疲れたにゃ……。ゆっくり休みたいにゃ……』

「だめー。地底人を探すのー」

『ほ、ホントに地底人にゃんているのかにゃ?』

「さぁ?」

『……はぁ』

 アルトは嘆息する。が、気の利いた打開策などこの猫にあるわけもなく、ただティナの肩にしがみ付く事しか出来なかった。

「ほれほれここほれわんわんわーん!」

 そんなアルトの事など気にかける様子もなくティナは陽気にトンネルを掘っていった。



 リックは肩にジンを乗せ、トンネルを歩いている。

「ってゆーかこのトンネル長くない?」

『むぅ。確かに長いな……。とても一人で、それもこんな短時間で掘ったとは思えぬ』

「もしかしてこれってもともとあったトンネルなんじゃないかな?」

『しかし……。入口はティナが壁を壊したから出来たのだぞ?』

「それはティナの運が良かっただけ。たぶんこれは昔使われていた隠し通路か何かなんじゃないかな? それが何らかの理由で――たぶんだけど、必要なくなったから埋め立てられたんじゃ? 今は大きな戦争もない事だし」

『それは――あるかも知れぬ。実際、こんな木材などティナが調達できるわけもないし、ティナが地下から出たわけもない』

「うん。まぁ、どっちにしろ早く止めなきゃえらい事になるよ。お尋ね者になるのはごめんだ。それに――」

『それに?』

「女がトンネルを掘るのはご法度なんだよ……」

『なぜだ?』

「うーん。説明が難しいというかいやらしくなるから詳しくは言いたくない。そういう伝説があるんだ。迷信、みたいなものかな」

『ふむぅ。大体わかった。だが、迷信ならばどうという事はあるまい。それで、女がトンネルを掘ると一体どうなるのだ?』

「水の神様が怒ってトンネルの中を水で一杯にする、トンネルの工事を進めさせないように妨害する、とかそういう話だったと思うんだけど……」

『水か。水……、うん? ――……うぐっ!?』

「ジン? どうした?」

『み、水が』

「ミミズ? まぁ土の中だからいてもおかしくはないよ。苦手なんだっけ?」

『ち、違う! 水が、水が迫って来る!』

「水が? まさかそんなわけ――」

 リックが視線をジンから進行方向に戻した時、水はすぐそこまで迫っていた。

 ゴォォォォォォォォォォォッ!

 そんな音を立てて迫って来ているのだ。

「ヤバいっ!」

 リックは瞬時に回れ右をして今までとは逆の方向に逃げ出した。

「ジンは先に行って! 君はあの激流に飲まれたら死んじゃう!」

『了解だ!』

 水はどんどんリックに迫って来ている。ジンは行ってしまった。人の力ではこの水相手にどうにも出来ない。

 その時だった。

「あー! リックみぃーっけ!」

 聞き慣れたその声に首だけで振り返ると、水に流されつつも楽しそうに笑っているティナの姿があった。頭には目を回したアルトを乗せている。

 ティナは楽しそうだが、リックは必死だった。あの激流をティナが泳いでいるのはわかる。だが、それはティナがどうしようもない程に天才だから出来る芸当だ。リックにはできる筈も無い。つまり――あの激流に飲まれたら、死ぬ。裸ならまだしもこちとら着衣で武器装備だ。楽に沈める。

「りっくー! たのしーよー?」

 無理! 絶対に無理! 天地が引っくり返ってもそれを楽しいなんて思う事は無い! 断言できる!

「ご、ごめん、ティナ! 今回ばかりは遊んでられない!」

「えー。けちー」

 ティナのふくれっ面は可愛いのだが、そんなのを見てる暇があったら一歩でも多く前に踏み出さないと――。

「ごぷぁっ!?」

 そんな思いも空しく、リックは激流に飲まれてしまった。そしてこの後目を覚ますのは、本来の地下三階に辿り着いてからである。


 リックが横たわっている。地下三階、鬼の兵団長ジギの真横で。

 何の事はない。溺れたのだ。呼吸は水を自律的に吐いたおかげで戻っているが、意識が戻っていなかった。

「うへへー。いへへー。り、リックが目を覚まさないならしょーがないザンスー。じじじ、じ、人工呼吸をしなくちゃだよねー。ま、ままま、ま、まうすツーまうすだねー。うへへへへぇ」

『ティナよ……。もう、リックの呼吸は戻っているのだが』

「いいのー! 人工呼吸なのー! へっへっへー。ちゅー」

 ティナは悪代官のように笑いながら頬を赤らめ、リックの唇に自分のタコのようにのばした唇を近付けた。その時。

「ん……? どわっ!?」

 リックが間一髪で目を覚まし、ティナの唇をかわした。そのせいでティナは地面とキスをしてしまった。

「むぅー。もうちょっと寝ててもいいのに……」

「いや、ナイスタイミングだったと思うよ……」

 それからリックは自分の身体の汚れを落とし、立ち上がった。そしてアルトとジンに「喋るな」と言った感じの恐ろしいアイコンタクトをしてからティナに向き直った。

「ティナ」

「なんでござんしょー?」

「待ってろって言ったよね?」

「まったく記憶にございやせんっ! びしっ!」

「敬礼はいいから。なんでこんな事をしたの?」

「ヒマだったから!」

「いろんな人に迷惑かけた事わかってる?」

「ぜぇーんぜん」

「反省しないようなら金輪際一緒に寝ません」

「うぅ……。ごめんなさいぃぃぃ」

 ティナは泣きながら謝った。それを見てリックはティナの頭に手を置き、撫でた。そうするとティナは泣き止むのだ。

「反省しているのならよし――……あ、でもお仕置きはしようかな」

「お仕置き?」

「うん。ちょっと待ってて」

 そう言うとリックは自分の小さなカバンの中からロープとタオルを取りだした。

「これからティナを縛る」

「そーゆープレイがお好きなんですねっ!?」

「違う! 王様に謝りに行くの!」

「隠さんでもよいぞえー。ひょひょひょ」

「もういいや……。あ、後これも着けてくれ」

 リックは小さい何かをティナに手渡した。

「なにこれ?」

「耳栓さ。これをつければ快適に眠れるよ?」

「いい物もらっちゃったー!」

 ティナを犯罪者呼ばわりしたら下手すると殺される。だから口封じ――は出来ないから耳封じで。



そんな感じの事があって今現在。

ティナのついでにアルトも縛られている謁見の間。

リックは王様の前で褒美について考えるフリをしている。

「どうだ? 欲しい物は決まったか?」

「……はい。それではこの少女を――」

 リックがそう言いかけたその時。

 バン! と謁見の間の大きな扉が開いた。

「父上! ただいま戻りました!」

 リックにとって聞き覚えのある声だった。つい最近どこかで聞いたような声。しかし、そう思うのも当然だ。

 振り返ったリックの目に入った人物は、大剣を背中に携えた若い旅の剣士、サランだった。


▽△


「父上、お久しゅうございます」

 サランは片膝をついて王に頭を下げた。

「頭を上げよ」

「はっ」

 サランは立ち上がり、父を見据えた。

「サランよ。よく戻って来た」

「はい。世界各地を旅し、自分を磨いて参りました」

 サランはリックの存在に気付いていないようだった。かなり特徴的な格好(忍び装束)をしているのにもかかわらずだ。

 親子の対面を見てリックはと言うと沈んでいた。何度も言うが傷付きやすいのだ、リックは。

「どうせぼくなんて。無視されても当然だ。人間として間違っているんだから。旅の道具屋なんかになるんじゃなかった。そもそも旅の道具屋ってなんだ? 道具屋が旅なんかしたら仕入れに手間取る分損じゃないか。疲れるし、気は病むし、いい事なんて一つもない。死んだ方がましだ。そうか、死ねばいいんだ。ぼくは死ねばいいんだ!」

 わけのわからないネガティブ発言を繰り返しているリックだった。

 そこで王様がリックの事を思い出した。

「おぉ、そうであった。リックよ、褒美は何がいいのだ? なんでも言ってみるがよい」

「あ、はい。ではこの少女を――」

「リックさん!? 道具屋のリックさんじゃないですか!?」

「なんだサラン。知っておるのか?」

「はい、父上。道中私が怪我をしていたところ、この方たちに助けて頂きました」

「ふむ。……うん? この方たち?」

 王が戸惑うのも無理はなかった。なぜならこの場にいるのはリックとジン、ティナとアルトなのだ。王はジンが喋る事を知らない。そしてティナはリックと無関係の盗賊、という事になっている。

 しかし、そんな事をサランは知る由もない。

「えぇ。ここにいるリックさんとティ――むぐっ!?」

 リックはとっさにサランの口を抑えた。

 こいつは空気を読む事を知らないのか? ティナの今の状況を見れば一目瞭然だろうに。

 そんな事を考えながらリックは小声でサランに話した。

(実はかくかくしかじかで。ティナはその犯人として捕まってるんです)

(えぇっ!? なんでそんな事に!?)

(ぼくが王様――あなたの父上に営業許可をもらいに来ている内に客間から脱走したらしいんですよ)

(そんな事が……。わかりました。ぼくが何とかします)

(え? なんとかって……)

 そこまで会話をすると、サランは王に向き直った。

「父上。いや、王よ!」

「む。なんだ?」

「私はこのリック殿に助けられました。今度は私が助ける番です!」

「ふむ。して、何をしてほしいのだ?」

「私はこの方と共にケルベロス退治に行って参ります!」

「け、ケルベロス? このアルゲンタムにそんな魔物がいたのか?」

「信じられないのも無理はありません。しかし、私が怪我をしたのはケルベロスが原因です! それも――四つ首の」

「なんと! 四つ首のケルベロスなど存在しておったのか!? ふむぅ。ならば我は止めはせん。しかし――二人で大丈夫なのか?」

「その点は心配無用でございます。聞けばその縛られている少女はこの城の兵士を束にしても敵わないそうではありませんか。その少女を連れて行きます」

「なっ!? そやつは犯罪人だぞ!?」

「それはそうかも知れません。しかし、ケルベロスの強さは尋常ではないのです。戦力があるに越した事はありません」

「そ、それはそうだが……」

「それともう一つ」

「なんだ?」

「ケルベロスを首尾よく退治出来たら――この少女を解放してほしい」

「それは出来ん」

 王は首を横に振った。一国一城の主という者は自分の意思をしっかり持ってこそなのだ。

「なぜです?」

「わが城の兵士を傷つけたからだ」

「しかし、ケルベロスがこの国に入ってきたら、その程度の被害では済みませんよ?」

「ぐっ……」

「ケルベロスはアルゲンタム付近をうろついているようです。実戦経験も無い兵士がいざという時なんの役に立つというのです? 使えるものはなんであろうと使うべきです。それがたとえ――犯罪者でも」

 ここまで来ると話は完全にサランのペースになっていた。

「し、しかしだな、サラン」

「いえ、こればかりは譲れません。父上は自分の尊厳と国民の平和、そのどちらを取るおつもりかっ!?」

「ぐぅ…………。…………………………わかった、認めよう」

「おわかりいただきありがとうございます」

「それで、いつ出発するのだ?」

「明朝には」

「そうか。ならばリック殿の部屋も用意しよう。その少女は牢に入れておけ」

 その言葉を聞いてリックは声を上げた。

「あ、あの。大丈夫です。ぼくが見張っておきますから。ここの兵士さんは少し不安ですし、明日の朝になって脱獄してた、なんて事になるのは困るので」

「しかしそれではお主が眠れないではないか」

「三日くらい寝なくても大丈夫です。鋳造の時は長ければ五日程寝ない事もありますし」

「そうか。しかし旅の者に頼らねばならんとは……。情けない限りだ――よし、下がってよいぞ。ご苦労だったな」

「ありがとうございます」

 そう言ってリックはティナを連れ、サランより一足先に謁見の間を後にした。

 そして謁見の間を出たところで一人の兵士に案内されながら部屋に向かったのだった。


▽△


 用意された部屋はフェルムの街で泊まった宿屋よりも、数段豪華な部屋だった。フェルムの街で泊まった部屋は一番高い部屋である。そしてそのおかげで全財産が尽きかけるというトラブルまで起こった。その部屋よりも数段豪華なのだ。

 そんな部屋に驚きながらもリックは部屋に入り、すぐ鍵を閉めた。

「ふぅ……。危なかった……」

 そう言って縛られたままのティナとアルトの方を向く。ティナは平気そうだが、アルトがヤバそうだった。口の中に詰められた玉の隙間から『ふひゅー。ふひゅー』という息づかいが聞こえてくるし、何より涙目だ。リックは急いでアルトの口の玉を外した。

『ぷはっ! し、死ぬかと思ったにゃ! ヒドイ、ヒド過ぎるにゃ!』

「自業自得とは言え確かにひどかったね。ごめんごめん」

 たいして心も込めずに謝ったリックだったが、アルトはなぜか優越感に浸っている様だった。謝られた事がそれほど嬉しいのだろうか。

 そして次にティナの拘束を解いて、耳栓まで取ってあげたリックは、瞬間的にティナに抱きつかれた。

「リックー! あのねあのね! ――……、…………?? なんだっけ?」

「いや、ぼくに言われてもね……」

 リックが呆れていると、ティナが部屋に気付いたようだった。

「おほ~う。ごーかな部屋じゃないですかー?」

「そうだね……」

「もしかしてティナのおかげかなぁー?」

「一応原因はティナだと思うよ」

「やった! じゃあ褒めて褒めてー」

 ティナはリックに頭を差し出した。それをリックは優しく撫でる。

「ひょほほほほ。リックのなでなできもちいーなー」

「奇声を発するのは止めてね。ってゆーか、明日まで大人しくしててくれないかな」

「なんでー?」

「うん、色々とね。深くは話せないんだ」

 本当の事を言ったらティナは怒り狂うかもしれないし。そうなったらぼく一人じゃ止められないし。ってゆーか世界中にティナを止める事の出来る人間なんて何人いるんだろう? もしかして一人もいないんじゃ……。

 そんな事を考えているリックだった。

「えー? 教えてくれないのー?」

 しかし、そんなリックの気持ちをティナが知る筈も無い。

「うん。今はまだダメだね」

「えっちな話?」

「それだけは断じて違う」

「エロい話?」

「言い方を変えても同じ意味じゃないか」

「わかった! ティナの事を大好きだって話だね!」

「違うけどもうそれでいいや……」

「ティナもリックが大好きだよー?」

「……はいはい。明日は早いからもう寝ようか」

「一緒に寝るー?」

 リックにそう聞いて来たティナは断る事を許さないといった感じの目をしていた。

「仕方ないな……」

 ぼくも自分の命はそこそこ大事にしているので。

 その思いを心の中に秘め、リックはティナと共に就寝した。


▽△


 朝。遠くの山と空との間に橙色の帯が見える頃。

 わかりやすく言うとまだ日も昇っていない早朝。

 リックとティナとファルク、そしてサランは城門の前にいた。その目の前にはアルゲンタム王と大臣が立っている。ジンとアルトは城に預けている。二匹には危険なだけだというリックの判断だ。その理由を説明すると渋々ながらも二匹は了承した。

リックはいつも通りの格好だ。サランはこの間のケルベロスとの戦闘が身にしみたのか、前とは違い全身を銀製の装備で覆っている。そしてティナはリックと同じくいつも通り――ではあるにはあるが、少し違うのは猿ぐつわと両手縛りがされている事だ。

「父上、それでは行って参ります」

「ふむ。気をつけてな」

「はい」

 サランの返事と共にリック達は出発した。ターゲットはケルベロスである。

 王と大臣はリック達が見えなくなるまで見送っていたが、それは当然の事だろう。アルゲンタムの国王といえど、一人の父親である事は変わりないのだ。

 


そしてリック達はというと、歩きながら旅の情報交換――もとい雑談に花が咲いていた。

「へぇ……。じゃあリックさん達はこの大陸はほとんど見て回ったんですね」

「そうなります。アルゲンタムは知識としては知ってましたけど、来たのは初めてですが」

「どうでした? アルゲンタムの国は楽しめましたか?」

「…………、あんな事がなければ楽しめたんでしょうね……」

「あぁ……。あ、アルゲンタムの前はどこにいたんです?」

「フェルムの街です。鉄を仕入れに」

「フェルムですかー。ぼくは行った事無いなぁ」

「え? でもアルゲンタムから一番近い街はフェルムじゃないですか?」

「そうなんですけどね。ちょっと行きづらいというか」

「鉄だからですか?」

「さすが鋭いですね。その通りです。銀が特産の街と鉄が特産の街はなんとなく仲が悪いんですよ……。父が以前行った時は石を投げられたらしいです。それも――鉄鉱石の塊を」

「鉄鉱石!? 死んじゃいますよ!?」

「さすがに威嚇だったらしくて当たらなかったらしいんですけど、それ以来父はフェルムに行く勇気がないそうです」

「誰でもそうなりますよ……。商売敵ってだけでそんな……」

「リックさん達は道具屋同士のいざこざって無いですか?」

「ぼく達の場合はティナが――あ、忘れてた」

 リックはティナの方を振り返った。両手を縛られ、猿ぐつわまでされているティナが「むー! むー!」と言う声というか音を発しながら必死でジェスチャーをしている。おそらくは「早く外せ」という意味なのだろう。

「ごめん。今外すから」

 そう言ってリックはティナの拘束を解いた。猿ぐつわを外されたティナは「ぷはぁっ」と息をすると、ぷくっと膨らませた怒った顔でリックに近付いた。

「ぬぅー! 束縛されるのはけっこー好きだけどー。長すぎるのは嫌なんだよー? わかってるー?」

「うん。ごめんね?」

「早く謝りなさいっ!」

「今謝ったのはスルーなんだ……」

「早く早く! ちゃんと頭も撫でてねー?」

「……うん、わかったよ。ごめんなさい」

 そう言ってリックはティナの頭にポンと手を置き、撫でた。

「うぇっへっへっへ。気持ちいいのだー」

 ティナの顔は首を撫でられた猫のようになっている。とても気持ちよさそうだ。

 そんなティナの様子を見てリックとサランは苦笑した。

 それからリックは空いている方の手をファルクにポンと乗せた。

「さぁ、ファルクも頑張ってくれよ」

『ヒヒンッ』

 ファルクの鳴き声は調子が良さそうで、リックも安心して歩を進めた。

 そしてこれより二日後、リック達(主にサラン)はケルベロスの本当の恐怖を目の当たりにする事となる。


総売上金額――〇ギン。所持金八九八〇ギン。

入手素材――無し。

次の目的地――ノ・モアレの塔。


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