プロローグ
小さな村の、小さな公園で、二人の子供がブランコに乗っている。男の子と女の子だ。
男の子の方の名前はリック。歳は一〇歳、オレンジ色の髪と赤い目の、人によっては美少年と言えなくもない顔立ちである。中の上。
女の子の方の名前はティナ。歳は八歳、真っ黒の髪と透き通るような白い肌、それに緑の瞳が相まって誰もが美少女だと言うであろう整った顔立ちである。上の上。
「ねぇねぇ。リックは将来何になるの?」
ティナは目を輝かせてリックに尋ねた。
それを聞いてリックはどうしたものかと頭を抱えた。
ってゆーか今の今までそんな事かけらも考えた事も無かったのに、答えられるわけがないじゃないか。
嘘でも吐けばいいじゃないか、と思うがそれをリックの精神が許さなかった。真面目に悩んでしまうタイプなのだ。嘘を吐くか吐かないかは別にして。
「ねぇねぇ。リックってば」
だというのにティナはリックの肩を揺すってくる。
「んー、あー、ティナは? ティナは何になりたいの?」
保留。
リックは解答を保留した。それどころか論点のすり替えまでした。というよりただ一つの打算のためにこうしたのだ。
ティナが何になりたいか聞き、それに関連した職業を答える。それだけでティナは喜ぶだろうし、何よりもこんな話を早く終わらせる事が出来る。完璧な計算だ――と思っていたのに。
「ティナは道具屋さんになりたい!」
リックは衝撃を受けた。
ど、道具屋? なんだそれ。ってゆーかそれに関連する職業ってなんだ?
打算が見事に打ち砕かれた瞬間だった。いや、確かに道具屋というのは存在するし、旅人の御用達だから上手くやれば儲かるんだろうが……。
「リックは? リックは?」
リックは無理やり笑顔を作りティナを見た。だが、それは誰がどう見ても引きつっている。
夢があるのは結構な事だけどこっちまで巻き込まないで欲しいなぁ……。
というより自分から首を突っ込んだのだが。
しかし、いつまでも黙って笑顔をプレゼントしているわけにもいかない。スマイルはタダだし減らないが、心は擦り減るのだ。
えぇい、ままよ。
「そうだな、ぼくは――」
一拍ためてからリックは言った。
「旅の道具屋になる!」
――――…………。
……………………………………。
「すっごーい! じゃあティナもお手伝いするねっ!」
沈黙を破ったのはティナの歓喜の声だった。
――ミスった。完全に。
リックは自らの発言により窮地に陥った。だが、まだリカバリーは出来る筈――だったのだが。
「どんな物を売るの?」
「なんでも売るよ。武器も防具も薬も。日用品とかも売っちゃおうか」
そんな事を言ってしまったもんだからさぁ大変。後には引けなくなってしまった。
いや、厳密に言えばまだ後には引ける段階だ。「ごめん、今の嘘」と言ってしまえばいいのだが、
「武器や防具も自分で作って、材料も自分で集めて、世界で一番の道具屋になるんだ」
口を衝いて出るのはこんなセリフばかりだった。
なんでこんな事になったんだ……? 将来の事なんてわかる筈もないし、たぶん極めて普通の生活をしてるんだろうなぁ、くらいに思っていたのに。
「すごいすごい! ティナはリックに着いて行く事に決めましたっ!」
えっへんと胸を張り、ティナは宣言した。リックは茫然としている。
着いて行くってどういう事でしょうか? ぼくはどこに行けばいいんでしょうか?
リックの脳内は大混乱だ。
まさか一〇歳で将来の職業が決まるとは思ってもみなかったのである。――……自業自得なのだが。
オキシの村の、小さな公園。間違いなく、この時、二人の人生が定められた。