page 29 −再会ー
ー海憂第2章ー
石吹島の海は5年前とまったく変わらず、その海の青さをそこに湛えていた。
俺は、海の家 潮騒までの道のりを歩いていた。
「こんちは〜」
「は〜い」
「あら〜、拓斗くんじゃない?」女将さんが驚いた様子で俺のことを呼んだ。
「あなたの活躍見させてもらってるわよ、立派な俳優さんになったわね〜」女将さんは涙を浮かべていた。
「おやっさんに、会いにきました」
「そう〜どうもありがとね・・・」女将さんが俺を家の中へと招き入れてくれた。
そこには満面の笑みをたたえたおやっさんの写真が飾ってある。
俺は線香に灯をともし、両手を合わせた。俺は、涙がこぼれそうになるのを必死でこらえていた。
「わざわざ遠くから来てくれてありがとうね・・・主人もきっと喜んでいるわね・・・」女将さんが言った。
「拓斗、久しぶりだなぁ〜元気にやってたか?」聞き覚えのある声がした。康さんだった。
「康さん!ご無沙汰してしまって、元気でしたか?」
「お〜、しかしお前も立派になったなぁ〜拓斗!まさか、お前が俳優になるなんて思ってもいなかったぞ」
俺はなんだか照れくさくなって思わず苦笑いをしてしまった。
「なんか、お前もいろいろとあって大変だったな」
「え〜まぁ・・・」それからしばらくの間、女将さんや康さんとおやっさんのことや雅弥のことやらを話した。
女将さんも康さんも俺に気を使ってくれていたのだろう。2人とも海憂のことはいっさい口にしなかった。
「さて、そろそろおいとまします」
「そう、もう帰るのか?」
「泊まっていけばいいじゃない」
「ありがとうございます、でもちょっと俺、寄って行きたいところがあるんです」
「そ、じゃ、仕方がないわね、わざわざ来てくれてありがとね、拓斗くん」
「拓斗、またいつでも遊びに来いよ!」
「はい、康さんも女将さんも元気で・・・それじゃ、また失礼します」
俺は海憂の家があった方角へと歩き出していた。
海憂がそこにもしかしたらまだ住んでいるかもしれない。
海憂の思い出がそこにまだ残っているかもしれないとほのかな期待を胸に抱いて。
海憂の家へと向かう海岸沿いに、海憂と同じ年頃のような女の人と、まだ小さくてかわいい男の子が歩いていた。
ようやく歩き始めたばっかりなのだろうか、よちよちと今にも転びそうになりながら歩いている。
俺がその親子連れの横を通り過ぎようとした時、その子供が転んだ。
母親であるその女の人はその子の名前を呼びながら駆け寄って行く。
「ウワ−ン、ウワーン」「海斗、海斗、そんなに泣かないの
ほら、チチンプイプイ、痛いの痛いのとんでけ〜!もう治ったでしょう?海斗」
海斗?どっかで聞いた事がある名前だな・・・
「ね、拓斗?」
「うん?」
「もしも、もしもあなたとわたしの間に子供が出来たら、名前、なんてつける?」
「え〜、俺はまだ子供のことは考えてもいないなぁ〜」
「まさか、出来たのか?海憂?」
「もしも、もしもの話よ・・・」
「そうか・・・」
「わたしはね、もし男の子が出来たらあなたの斗とわたしの海をたして海斗ってつけたいの、でね、女の子だったら
夏海ってつけたいんだ、夏の海で拓斗に出会ったから・・・単純かな?」
「いいんじゃないの、海憂らしくって」
「ばかにしてるんでしょ?」
「!!」俺は驚いた。まさか・・・。
そこにいた女の人はまぎれもなく海憂だった。
「海憂!!」「海憂!!」
「!?た、たくと・・・!たくとなの?」
「海憂〜!」
「拓斗〜!」
俺は無我夢中で海憂がいる方向へと走り出していた。
俺たちは吸い込まれるように抱き合った。俺は彼女をきつくきつく抱きしめた。
「みゆう・・・会いたかった、ずっとずっと会いたかった」
「わたしもだよ、わたしもずっとずっとあなたに会いたかった、夢?夢じゃないよね・・・」
「夢なんかじゃないよ、海憂、俺はここにいる・・・」
しばらく海憂を抱きしめていた俺の視線の中に小さなかわいい男の子の視線が飛び込んできた。
「海憂?この子、もしかして・・・?」
「うん、拓斗、この子はこの子はわたしとあなたの間にできた子だよ」海憂が優しく微笑んだ。
「えっ?まじ?」
「うん、まじ・・・」
「海斗・・・」海斗は初めて見た俺のことを見て泣きそうになった。
「海斗、ほら、泣かないよ〜この人はね、海斗のパパだよ」
「ぱ?ぱ〜」
「そうだよ、海斗」海憂が海斗を抱っこした。
俺は初めて見るわが子の顔を見て涙が浮かんできた。
「海憂・・・」
「うん?」
「あ、ありがと・・・」
「拓斗・・・」
「うん?」
「黙っててごめんね、あの時、あなたと別れようと決めた時、もうこの子はわたしのお腹のなかにいたの・・・」
「海憂、なんでなんでそんな大事なこと黙ってたんだ?」それから海憂は小さな海斗を抱いたまま
そうしてしまったいきさつを話しはじめた。
山根さんが海憂に別れろって言ったことや、どうして俺が海外なんかに行くことになってしまったのかとかを・・・。
山根さんは俺を海外ロケに行かせ、もっといい役者になれるよう修行をさせようと考えていたらしく
そのためには海憂を俺から引き離し、海憂のことを俺から忘れ去らせたくて半ば強引に海外まで俺を引っ張り出したんだと・・・
すべてのことをわかった上で海憂は考えに考えぬいて俺と別れる決心をしたんだと。
海憂はそのとき、海斗がお腹にいてくれたからどうにかやってこれた、この子を絶対、守っていくんだと
そういう気持ちが強かったからここまで生きてこれたと俺にそう話した。
海憂の家に着いた。そこは海憂を初めて抱いた8年前となんら変わってはいなかった。
しいていえば小さな子供がいかにも楽しげに遊んでいる、そんな優しい空間が広がっているそんな感じの家になっていた。
小さな洋服や、かわいいぬいぐるみ、ミルクの匂い。俺にとってはなにもかもが新鮮に映っていた。
海斗が寝静まったその夜に俺は海憂に2回目のプロポーズをした。
「海憂、今度こそ今度こそ、俺と結婚しよう、もう2度と2度とお前をどこにもやらない、離さない」
「やっとつかまえた俺の海憂・・・」「永遠にきみと一緒にいたい・・・」
「拓斗、ありがとう、もう2度と離さないでね、どこにも行かないでね、ずっとずっとわたしのこと捕まえててね・・・」
「あ〜約束する、海憂、もう2度とお前の手を離さないよ・・・」
俺は海憂の唇に自分の口を押し当て強く強くキスをした。
海憂の体は白かった。やっと手にいれた俺の海憂。
俺は今まで彼女と離れ離れになってしまった1年間の時を取り戻そうと無我夢中で彼女を何度も何度も抱いていた。
もう2度と離さない。海憂のことは俺が一生かけて守ってやる。俺たちはいつまでもいつまでも抱き合いそして愛し合った。
彼女のその細い手首には俺が彼女に初めてプレゼントしたターコイズブルーのブレスレットが青く綺麗に光っていた。