page 2 -圭(けい)-
「圭、調子はどう?ちょっと雲行き悪いけど大丈夫かな?」
「海憂、心配ないよ、この位、どうって事ない・・・」
≪今朝方、南西諸島の発生した熱帯低気圧は台風9号へと変わりました。
台風9号の進路にあたる地方の方は急激な天気の変化にお気をつけ下さい≫
「台風9号か・・・大丈夫なのかな?」
3年前の夏、圭はプロサーファーのテストを受けていた。
圭と私は同級生、同じ大学のサーフィンサークルの仲間で、圭は将来、プロサーファーになれるぞと期待されていた。
彼のサーフィンは力強くて綺麗で小麦色の肌と真っ白な歯とブロンズの瞳が印象的だった。
私は初めて彼に会った時から彼の事が大好きになった。時折、みせる翳りっていうかとても
二十歳にはみえない落ち着いた雰囲気が素敵な人だった。
私が、彼と恋に落ちるのにさほど時間はかからなかった。
「大丈夫だよ、圭は!」康さんが言う。
康さんとは圭の4つ上の大学の先輩でもうすぐ待望のお子さんが産まれる。バリバリの海の男、私たち2人の事を何かと面倒みてくれた人だ。
「おーい!!圭!!上がれー上がれー!! でかいうねりが来てるぞ〜!おーい、け〜い!!」
ドドーン・・・
大きく波が崩れる音がした。辺りを一瞬、静寂が包んだ・・・。
「おーい、救急車、救急車、誰か救急車呼んで〜 早く早く!!」
「早く、上げてやれ〜〜〜!」
何?何があったの?私は圭がどうなったのか、何が彼の身におきたのか、理由もわからないままただそこに立ち尽くしていた。ただ、だんだんと遠くなっていくサイレンの音だけは覚えていた。
あれからどの位の時間が経ったのかな・・・病院の待合室でボーっとしていたら
「海憂ちゃん、海憂ちゃん・・・」康さんの聞き覚えのある声がした。
「いいか、しっかりするんだぞ・・・」康さんはただ一言それだけを私に言った。
202号室、その部屋に通された私は愕然とした。そこには顔に擦り傷をおって目を閉じたまま青白い顔をした
圭が横たわっていた。
今、私の目の前にいる人は誰?圭、圭なの?さっきまであんなに元気で一生懸命波を追っかけていた圭なの?海に入る前、「頑張ってくるから・・・」と言って優しくキスしてくれた圭。
私が落ち込んでいる時、いつもそばにいて肩を抱きしめてくれた圭。
優しくって強くって私の大好きだったその人はそれからずっと眠りについたままになってしまった。
端正に整ったその顔は、私をいっそう悲しませた・・・。
「どういう事ですか?」康さんが病院の先生をどなりつけた。
「ですから、津山さんは岩で頭と首を強打されてまして、その言いにくいんですが・・・」
「リハビリすれば回復するんじゃないですか?また、サーフィン出来るんじゃないんですか?」なおも康さんは先生をどなりつける。
「ですから、先ほども申し上げましたが、津山さんは頭と首を強打されていてリハビリどころかこのまま寝たきりの状態になってしまうんです」
「そんな、そんな事あるか〜、そんな事って・・・」いつも冷静で明るい康さんが涙を流して言葉を詰まらせた。
「きつい言い方になってしまいますが、あれだけの事故で命が助かったという方が奇跡なんですよ・・・。残念ですが・・・。」
圭がこのまま寝たきりになるなんて、その時の私はあまりのショックと襲いかかってくる現実を目の辺りにして泣くことも出来なかった。
涙も出ては来なかった。口さえも開けないでいた。
ねぇ〜圭?これから私は何を支えに、何をどうやって生きていけばいい?1人残された私はどうやって生きていけばいいんだろう?
目の前にいる圭は何も答えてはくれなかった。
それから、私は奇跡を信じて彼の顔を毎日見に行くようになった。いつ行っても私の事などわからないと思っていても、それでもそんな毎日でさえ不思議と幸せを感じていたんだ。
長い闘病生活の中で圭がたった1度だけ涙をこぼした時があった。だからといって圭が目覚めることはなかったけれど・・・。
きっと、圭は悔しかったんだろうな、あんな事故さえなければ
あなたの幼い頃からの夢だったプロサーファーになれてたかもしれないんだもんね。
私はその時の圭のその顔を忘れることが出来なかった。私が圭の代わりにプロサーファーを目指そう・・・。彼の夢、叶えよう・・・。
圭の身体は日に日に元気をなくしていった。逞しく分厚かった胸板も、真っ黒に焼けた肌も、すーっとのびて綺麗な指も一まわりも二まわりも小さくなっていった。ただ綺麗に整った顔立ちだけは不思議と変っていなかった。
こんな事言ったらおかしいかもしれないけれど、それでも圭はかっこよかった。