教室
その少女は、いつも教室にいた。
周りには誰も近づかない。
女子生徒も、男子生徒も。
誰もが彼女などいないかのように振る舞う。
それでも彼女は毎日その教室の、窓際の自分の席にいた。
「なんかさーー…………でさー……なんだよねー!」
「なにそれ超ウケるーバカじゃんそいつぅー」
クラスの会話は、話し相手以外を対象としては放たれない。
少女がそばにいても、誰も声を潜めたり離れていったりしない。
彼女は"いてもいなくても同じ"存在だった。
ある日の何気ない会話。
「あのKとかいう教師ちょーうぜえんだけどー」
「あーわかるわーあいつはないわー。なんかキモいよね? いちいちうっせーしぃ」
「ほんとそれなー」
「来なきゃいいのになあ」
「つか、 死ねばいいのに 」
女子生徒達が解散した後。
少女はにやりと笑みを浮かべた。
クラスの生徒も、教師も、気づかなかった。
次の日。
教師Kは来なかった。
担任からは諸事情だと伝えられた。
女子生徒達は気にしていなかった。
まるで話題にさえならなかった。
教師Kは来なかった。
その次の日も、1週間後も、1ヶ月後も。
生徒達には体調不良で長期休養と伝えられた。
心配する生徒も、喜ぶ生徒もいた。
時間が経つ。
次第に教師Kは話題にされなくなった。
生徒達の日常は変化しない。
女子生徒達はまた、いつものように少女のそばで会話を始めた。
「今日さ、N休みだよねー」
「は? ああ、そういえば」
「なにその反応ーウケる」
「いやー正直さあ、あたしあいつ嫌いなんだわ……」
「えっマジ!? うちもなんだけど! 偶然ー」
「なんか最近調子のってるしさ、あいつ」
「ほんと……うっぜえわー」
「きっつーあはは。でも同感だわー」
「あーもう死ねばいいのに」
「そいえばさ、あいつこの前ー……」
彼女達の会話は続く。
その話を背に、少女はにやりと笑みを浮かべた。
教室にいた誰も、彼女が笑ったのに気づかなかった。
Nは学校に来なくなった。
生徒に詳細は知らされなかったが、Nはもう来ないとだけ伝えられた。
教室は騒がしくなった。
自然と皆がその話題を口にし、心配する声が飛び交った。
心配している生徒の中には、女子生徒もいた。
どれだけ経っても、Nは教室には戻って来なかった。
女子生徒達は次第に恐くなっていた。
彼女達はその原因を探った。
どうしてなのか。
口に出した人物が。死ねと言った人物が。
学校に来なくなるのは。
いなくなるのは。
「ねえ……なんかさ、不気味じゃない?」
「うん……なんか……」
「あたしらのせいみたい……」
「……馬鹿馬鹿しい! 気のせいだって……!」
女子生徒達は、考えるのをやめた。
女子生徒達は、無理矢理そのことを頭から叩き出し、しばらくは何も話さなかった。
騒ぎも落ち着いたある日、彼女達の話の矛先は少女へ向いた。
「なあなあ……あたしずっと思ってたんだけどさあ……あいつ、キモくない?」
「確かにー。えっと、名前なんだっけ?」
「忘れちゃったーあはは。だってあいつしゃべってんの見たことないもん
「あいついっつも座ってるし、暗いし、ほんと気味悪いよね……!」
少女に聞こえているのを分かって。
むしろ聞かせようとして。
女子生徒達は話を続けた。
「なんでうちのクラスにあんな根暗がいんの」
「さあー? でもさ、ハッキリ言って迷惑じゃね?」
「だってうちらがいつもしゃべってるとこのそばにいるじゃん?あいつなんか目障りってかさ、うっとうしいよね」
「ほんとあいつこのクラスにいらないわー。死ねばいいのになあ」
少女はにやりと笑みを浮かべた。
教室にいた誰も、彼女が笑ったことに気づかなかった。
〈クラスのみんなが好き〉
〈役に、立ちたい〉
〈だからみんなのお願いを、わたしが出来る限り叶えるの〉
〈みんなが喜んでくれるなら〉
少女は次の日から来なくなった。
毎日、いつでも、彼女が座っていた窓際の机は、空席になった。
クラスの生徒には、本当のことが伝えられた。
"自殺"
原因は、わからない。
遺書もなし。
死因は伝えられない。
誰も、少女のことは気にしなかった。
話をしていた女子生徒達も、気にしなかった。
彼女は"いてもいなくても同じ"だったから。
むしろクラスから二人もいなくなったという、その異常性に驚きを示していた。
その後、クラスの誰が、どんな悪口を言おうとも、誰かがいなくなることはなかった。
<終>