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6 枯れ葉





 昼休みになり、振り向くとそこにはざわついた教室の中で、春田へ声を掛ける葉山がいた。


「一緒に弁当食お」

「あ、うん」

 春田は自分の机の上を慌てて片付け始める。

「え、ここで食うの?」

「うん、どうぞ」

 戸惑う葉山を他所に、春田は自分の弁当も出し、どこかへ行った三橋の椅子を薦めた。


 隣で俺も携帯を片手に、弁当を食べながら二人の会話を盗み聞きする。

「春田さんのお弁当、美味しそうだね」

 ちらりと横を見ると、葉山は笑顔で春田を見つめている。

「うん。美味しいよ」

「料理とか、するの?」

「ううん。全然」

 優しげな視線に答えるでも無く黙々と弁当を食べる春田を、葉山は困ったように見つめ続けていた。会話が噛みあってるんだか無いんだか、妙な空気が流れている。

「私ね、家のキッチン出入り禁止なんだ」

「え? 出入り禁止?」

「うん。前にフライパンを空焚きして、家中煙だらけにしちゃったの」

 葉山は口を開け、箸を持つ手を止めた。

「それでね、おじいちゃんが火事だって勘違いして、いきなりお風呂のお湯をバケツに汲んできて、キッチン中水浸し」

 葉山が呆れた声を出したのと、俺がふき出したのは同時だった。


「な、何で三島くんが笑うの?」

 春田は箸に刺したウインナーを、手で口を覆っている俺へ向けた。

「聞こえてくるんだからしょうがないだろ。嫌だったらあっち行けよ」

「三島」

 葉山は卵焼きを口へ入れた後、俺を見た。

「この前、酒井の授業抜けたんだって?」

 春田さんと、とでも言いたげな目で訴えてくる。

「ああ。ムカついたから」

「俺もあいつ嫌いだけどさ」

 笑ったと思った次の瞬間、あまり聞いた事の無い不機嫌な声に変わった。

「庇ったりして三島らしくないんじゃん? そういうキャラだっけ?」

「……庇う?」

 俺の問いに答えるでもなく、葉山はペットボトルを口にした後言った。

「朝練の時以外は、俺が春田さんと一緒に電車に乗ってるから大丈夫だよ。悪いな、心配させて」

「ああ、そう。別に全然心配なんかしてないけど」

 春田とは一切目も合わせずに、そのまま携帯へ視線を戻す。

 胸の奥でちらちらとくすぶり始めた何かをしまい込み、それを紛らわす為に液晶を見つめ続けた。


 帰り道、また春田は俺の傍へ駆け寄り、当たり前の様に隣を歩いている。

「ねえ、三島くんて誕生日いつ?」

「……4月」

「私と一緒だ。何日?」

「5日」

「あ、近いね。私は1日だけど」

「4月1日!?」

「……三島くんと、一年違うね」

 一日違えば一学年下だったのか。どうりで幼い筈だ。

「三島くん、大人っぽいもんね」

「お前がガキすぎるんだよ」

「そうかなあ。小さい時はそう思ったけど、今は変わんないよ」

「変わる」

「変わんないって、ば……う」

 今日は気温も低く、冷たい風が時折強く吹いている。


「耳がちぎれそう」

 春田は真っ赤になった耳を両手で押さえて言った。

「お前、マフラーは?」

「学校に置いてきちゃった。慌ててたから」

「なんで」

「三島くんに会えるかと思って、慌てて追いかけたの」

「……」

「良かった。間に合って」

「こっち向けよ」

 俺は自分のマフラーを外して、春田の白く細い首にぐるぐると巻いた。

「い、いいよ。三島くんが寒くなっちゃうよ?」

「俺のせいで風邪引いたとか言われたら、嫌だから」

 春田は俺のマフラーに顔を埋め呟いた。

「あったかい。三島くんの匂いがする」

「は? どんなんだよ」

「優しい匂い」

「……」

「三島くんて、優しいね」


 ――気に食わない、その笑顔も。雰囲気も話し方も、瞳も。いくらでも否定の言葉は浮かぶ。


「最初は、もっと怖いかと思ってたけど」

「……」

「勉強教えてくれたり、飲み物分けてくれたり、屋上でも叱ってくれたり……今も、ありがとう」


 ――その声も、甘ったるい香りを放つ細い髪も。愚かに見える考え方も。葉山に呼ばれるその名前も。


「三島くんのマフラー、ほんとにあったかいよ。私の結構ぺらぺらなんだ。これすごくいいね」

「……やるよ」

「え?」

「マフラー。同じの色違いでもう一つ持ってるから」

「……いいの?」

「いらないなら返せよ」

「ううん! 欲しい。……ほんとにいいの?」

「俺にもらったとか言うなよ」

「……うん」

 ――小さな、身体も。

「ありがとう三島くん。大事にするね!」

 枯れ葉と共に風に吹かれながら、俺のマフラーを握り締めて春田が笑った。


 彼女の笑顔が、違って見える。

 そう気付いてしまったあの瞬間から、自分の内に起こる筈の無いかすかな眩暈を否定する余裕も、目を逸らし逃げ出す時間も与えられることは無く、崩れた。

 この甘い感傷に似た感情は、どうしたって否定しなければならないものなのに。

 初めて春田と言葉を交わした時に感じた嫌悪は、こうなることを一瞬で理解し拒絶した、精一杯の抵抗だったのに。


 帰りの空いている地下鉄の中、まどろむように暖かい座席で、座った途端眠り出した隣の春田に、肩を貸した。







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