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知っていること、知らないこと。

悠希の家は所謂一等地にある。

最寄り駅は知っていたが、駅からも徒歩一分程度だった。

というか地下鉄の出口から目の前のビルを指差された時は思わず悠希を二度見した。


「悠希ん家ってやっぱ、使用人とかいるの?」

「いないよ?だって外食の方が美味しいもの。」


今までの悠希なら絶対にしない返答。

もう彼女は、私に嘘をつけない。


「母の友達に雇ってる人とか結構いるけど、私の家は狭いし二人しかいないから。」

「え、二人?」

「うん、父とは別居してるの。」

「そ、そうなんだ。」


なんということを聞いてしまったんだ私は。

私はそんなことこれっぽっちも知らなかった。

彼女は聞かれたから答えただけだ。嘘をつけないからありのままを。


「ここの十階だよ。」


動揺する私に気付かず、率先してエレベーターに乗った悠希は、さも当たり前の様に扉に手を添えてこちらを見た。

これは、私の罪だ。


「…乗らないの?」

「ああ、ごめん。」


慌ててエレベーターに乗った。


降りてすぐ右に安広の表札があった。

家は2LDKでお風呂とトイレが一緒。冷蔵庫の隣にダイニングテーブル。確かに狭い。

悠希にとっての狭いだから、きっと普通に広いくらいだと思っていたのでとても意外だ。


「何飲みたい?」

「えっと、今あるので良いよ。」

「緑茶とジンジャーティーと甜茶…あと人を選ぶ葡萄ジュースがあるけど。」

「…緑茶で。」


キッチンの悠希が食器棚から湯呑みを取り出した。


緑色の釉薬と、茶色い模様の綺麗な湯呑みだ。

二つしか椅子のない机の横に鞄を置く。

どうせ勿論と言われるのだからと、勝手に冷蔵庫の中身を拝見することにした。

だって、ある飲み物のレパートリーが謎過ぎる。

お茶の瓶が二つと、ゼリー、ビール、チーズ、ワインボトルが二本…。

生活感をまるで感じない内容だ。

調味料すらない。



「さて、ゲーム攻略しましょうか。滝、とりあえずマイページ見せて?」

「…え?」

「手持ち札の私に見せるの、抵抗あるかもしれないけど…、それ見ないことには始まらないから…。」


申し訳なさそうに言う悠希だったが、そもそも。


「マイページって、何?」

「えっ?…その、ユーザー情報とか色々乗ってる…マイページって書いてない?」

「あー…。ごめんね、私が参加者になったのもの凄く前なんだ。根本的なとこから分からない。」

「ならこのゲーム長いんじゃ…?」

「幼過ぎて流石に無理だから、代理立ててたの。全部任せてたから、全然ルールとか分からないままなんたら権?が消えちゃって。」


悠希には私の父が随分前に交通事故で死んだと言ってある。

聡い悠希は、わざわざ父かなんて確認はしなかった。


「やってなかったなら消失条件はレベルじゃなくて年齢…時期的に15歳までだったのかな?まぁ恐らく戦闘を仕掛けられたら拒否する、とかそういう権限だね。…で、数ヶ月でボロボロになった、と。」

「良くお分かりで。」

「じゃあ端末がどれかも分からないのかぁ…。」

「端末?」

「……勝てない以前の問題じゃん!!!これはもう無料召喚の制度が都合良いやつな可能性にかけるしか…。」


もう何言ってるか訳分からん。


「なんでそんなに詳しいの?」

「手札になった時点で、私には出て来方と消え方が頭に入ったからね。大体ソシャゲーなのは分かった。」

「出て来方?」

「私は今、悠希の札一覧ってとこから出て来てる状態なんだよ。」

「…なるほど。」

「因みに私を一回待機状態にしてから呼び出せば、擬似的な瞬間移動が可能だよ。」

「お、おぉ。…いやぁ、悠希来てくれて助かったわー。」

「手札冥利に尽きるけど…。とりあえず、端末見付けないことにはどうしようもないよ。幼稚園の時に愛着持ってたもので、無くしたものってない?」

「えーえっと、ぬいぐるみとか?」

「電子機器で。」

「…ぼ、防犯ブザー?」


悠希は黙って肩を落とした。


「私の説明が足りなかったんだろうけどさ、ゲームの端末って言ってるんだから最低限液晶がついてることを想定しようよ。」

「はーい。」


ゲームかぁ…。

ポケモソとか、昔はよくやってたなぁ…。


「思いついたの片っ端から、"Call、なんとか"って言ってって。」

「え、"Call、ゲームガール"みたいな?」

「そーそーそんな感じ。こればっかりはユーザーがやらないとどうしようもないから頑張って。ほらほら!」

「えー、Callゲームガールカラー、Callゲームガールアドバンス、Call…」



超シュールな戦いは続いた。

悠希は二杯目のお茶を私に持ってきてくれて、私の記憶との格闘は数分に渡った。


「…Callたまごつん!!」


持っていたかも定かでないゲームの名前を言った瞬間、パッと机に水色の卵型のゲーム機−−−たまごつんが現れた。

たまごつんとは確か、幼稚園から小学校の頃に流行っていた育成ゲームだ。


「成功だよ滝!!!」

「え、これが?」


やった記憶すらなかったのに?


「私が見て大丈夫?」

「え、うん。」


悠希は宝物の様にそっとたまごつんを起動させた。

電池切れしている様子はない。


「うわぁ、超簡素。滝のユーザー名モモって言うんだ?可愛いね。」


こちらに向けられた画面には、小さな字でこう書かれていた。


モモ

戦友0

所持金273

体力95/100(あと5分で全回復)

攻魔力250/250

防魔力67/67

プレゼント429件

※振り分け可能な能力値があります

<合成><決闘><ガチャ><一覧>


なんだか画素数が格段に上がっている気がするのだが。そもそもたまごつん漢字表記ってできたの?てか迷惑メールばりにプレゼントがあるんだけど。

色々と言いたいことはあったが、とりあえずこれが私のマイページとやら…らしい。


「じゃあ、まずはQ&Aかな。少々お待ちを。」


小さな文字列を真剣に読む様子が、真面目にたまごつんをやっている高校生に見えてちょっとおかしい。

私が笑いをこらえていると、悠希がぽつりと呟いた。


「…そっか、それで私…。」


悠希はなんだか凄く納得が言ったという顔で読み進めている。

これ以上悠希が隠していたことを知るのが怖くて、私は声をかけられなかった。

悠希はしばらくして顔を上げ、私の方にたまごつんを差し出す。


「理解した。とりあえず能力値振り分けちゃいたいんだけど、コストが分からない。一覧から札一覧ってとこ開いてもらえる?」


言われるままに開くと、名前がずらっと表示されていた。

鬼火、落ち武者、猫又、西洋人形、河童、etc…なんでもありだ。

勿論、悠希の文字もある。


「これが、私が持ってるやつなの?」

「そうだよ。」


興味本意で悠希の項目を選択する。

そこにはデフォルメされた悠希が立っていて、横には情報が出ていた。


☆5竹中悠希Lv.1

タイプ:人間

コスト:20

HP500

攻撃力40

防御力110

スキル: 嗚咽 自身のHPを5割回復する。

待機ON[OFF]


「なんか偏ってね?」


悠希を見上げると、目をぎゅっと瞑っていた。


「どしたの?」

「は、はい、なんでもありません。見ま…見る。ちゃんと、自分の戦力を把握しないと戦略が…。」


そういえば、このタイミングで私に操作を任せたのってちょっと妙。

…もしかして。


「見なくて良い、見なくて良いよ悠希!」

「いや、全然平気」

「平気じゃない!!!」


私は悠希の顔を両手で挟んだ。


「悠希のしたくないことは、私に確認をとること。これは命令。」

「…それは、"安広悠希"が、嫌がると思われること?」


悠希の目が揺らいでいた。

私は悠希の中の悠希が死んでいないことを確信する。

…凄く、ほっとした。


無言で頷く。

悠希は一度、ゆっくり目を瞑ると、私の手からたまごつんを取った。


「大丈夫なの?」

「もう、一度見てしまったから…。」


悠希はカチカチと無表情でたまごつんをいじっている。


「…私って、価値あったんだね。」

「えっ?」

「だって星5だよ?成長限界がレベル100の最上位。私に子供を残す以外の価値なんてないと思ってた。私はきっと星1で、ステもクソで、合成素材にもならない滝を落胆させる存在でしかないって思ってたから…。」


専門用語が出て来たけど、悠希が自分を卑下しているのだけは分かった。


「どうしてそんなこと言うのさ。」

「…ごめんなさい。」


責めてなんかいないのに、悠希は小さな声で謝った。


「とりあえず、振り分けちゃうね。」

「何を?」

「能力値。目茶苦茶貯まってるから。」

「…任せる。」


滝は椅子を私の隣に持ってきて、私に見える様に操作した。


「攻魔力が決闘を仕掛ける時、防魔力が決闘を受けた時に負けると減る値だよ。だから編成したい値よりも多くしておく必要がある」


体力100→100

攻魔力250→394

防魔力67→180


よろしいですか?

[Yes]No


「もっと防御多くなくて良いの?」

「悠希にこれ以上負けさせる気はないから。」


凜とした言葉に、私は胸が高鳴るのを感じた。

こういう台詞がさらっと出るところがカッコイイのだ、この子は。

…それが、悠希であって悠希でない彼女の台詞でも。


「大体あんまり多いと、よっぽど防魔力減らされる機会が多いのかって勘繰られるよ。」

「…そうなんだ。じゃあ体力って何?」

「端末の出し入れとか…私をこっから消すのにも使う。」

「消す!?」

「さっき話したでしょ、瞬間移動。」

「…それか。」

「それそれ。今100あるけど、人間以外の生物は呼び出さない方が良いよ。そういうので騒がれて、万一他のユーザーに見付かったら殺されても文句言えないし。」

「殺される?」


物騒な言葉が飛び出して、私は復唱した。

悠希は攻撃陣営というところをいじりながら、淡々と告げる。


「リアルで端末を破壊すると、その人の手持ちが全部自分の手持ちになるんだって。Q&Aを最後まで読み切った人がどれくらいいるか分からないけど、用心に越したことはないでしょ。電子機器全部破壊して相手殺す様なキチガイがいないとも限らないし。」


なんだろう、なんか引っ掛かる。

なんとか思い出そうとしていたら、悠希が私に尋ねた。


「このマコトって人、誰から貰ったの?随分と古い服来てるけど。」

「分からない。」

「…だよね。とりあえずお気に入りにしとく。流石に人を素材にするのは気が引けるし。」

「お気に入り?」

「間違えて売ったり、経験値にしたりを防ぐやつ。」

「え!?そんなのあるの!ちゃんと悠希もそれにしてね。」


私が慌てて言うと、悠希は口元に手を当ててわなわなと震えた。


「…ありがとう。」

「え?」


悠希は何でもないと首を振った。

たまごつんはた○ごっちに十字キーがついたものをイメージして下さい。

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