第四話
一通りの買い物を済ませ、私たちは帰路についていた。たかがデパート内をいろいろ回っているだけでも、テナント一つ一つじっくり見て回っていったら帰る頃にはすっかり夕方になっていた。二人共買い物袋を両手いっぱいに持っている。今日日漫画やアニメでもあまり見かけない光景だと思う。あれやこれやと買っていったら気付くとこういう状況になっていた。本日使った金額は・・・・考えない事にしておこう。でもまあ、私も楽しかったし、いちわも喜んでいるみたいだからまあいいか。そういえば今日の夕飯の事を考えていなかった。冷蔵庫の中には何もなかったはずだ。レトルト食品あまり好きではないから元からうちにはない。出前でも取ろうか、それともどこかで食べていこうか・・・・う〜ん・・・
「ねえ、いちわ」
私はいちわに意見を求めるため声をかけた。が、しかし隣を歩いてるはずのいちわの姿がそこにはなかった。振り返ってみたが誰も居ない。
「いちわー?」
私は誰も居ない空間に向かってもう一度いちわに呼びかけてみた。
「沙希ちゃーん!こっちこっちー!」
かなり後ろの方の曲がり角からいちわが顔を出し返事をした。私はいちわの居る所まで行き、
「あんた、そんなとこでなにやってんの?」
「あのね、猫がいるの!」
「猫?」
いちわの後ろをのぞき込むと一匹の猫が毛繕いをしていた。
「猫だよ猫!かわいい!!」
全体的に灰色っぽい色をしている。ロシアンブルーだろうか?いや、よく見ると尻尾が黒と灰色のしましまになっている。雑種のようだ。首輪を着けていないが野良猫なのだろうか。そんなことを考えている私の傍らでいちわは猫を撫でている。猫の方もいちわに完全に気を許しているらしく、いちわにされるがままに撫でられ、気持ちよさそうに目を細めている。猫を撫でながらいちわが「にゃ〜にゃ〜?うにゃ〜〜・・・・」と謎の言葉を発している。どうやら猫と会話(?)しているらしい。まったく、本当に面白い子だ。
「いちわ猫好きなの?」
「うん!沙希ちゃんは?」
「う〜ん・・・・嫌いじゃないけど私は犬派かな。なんか猫って自由奔放で気分屋だし」
「はぁ〜・・・沙希ちゃんわかってないな〜・・・・わかってないよ沙希ちゃん!」
「なんで二回言うの・・・?」
「猫への愛っていうのは無償の愛なのよ!!」
「はぁ・・・無償の愛ねえ・・・」
握り拳を作ってまで力説してくるいちわ。無償の愛と言われても私の猫に対する愛情が上がるわけでもなく・・・・いちわは「時代は猫よ!ねぇ〜猫さ〜ん」と猫に語りかけ、また戯れ始めた。私はその姿をただ眺めていた。
「そうだ!沙希ちゃんも撫でてみなよ!」
いちわはそういうと猫の前からちょっとだけずれて私の入るスペースを空け、ほらほら!といって私を促した。私はいちわの言われるままにいちわの空けてくれたスペース、猫の前に座った。つまりはそう、私も猫に興味が無いわけではないのだ。野良猫は警戒心の強い動物だからそうっと猫の頭へと手を伸ばす。これだけ近くにいて警戒心が強い猫だとは思えないが、まあ念のために。猫に手が届くまであと5センチというところで猫は急に起きあがりピューッと遠くに走り去ってしまった。
「あ〜あ・・・猫さん行っちゃった・・・」
いちわが心底残念そうに言う。
「まあ、猫だし、そんなもんだわね」
努めて冷静に私はそう言ったが、内心はちょっとだけショックだったりもした。そう、本当にちょっとだけ・・・・
「きっと沙希ちゃんの猫さんに対する愛情が足りなかったからだよ!」
「そんなもんかしらねえ・・・・」
「絶対そうだよ!」
なんの根拠があってそんな自信満々に言えるのか・・・・いちわは「やっぱり愛よ、愛!」などとまだ言っていた。でもまあ、根拠はなくてもなんとなく納得できてしまうような気がするから不思議だ。とりあえずいつまでもここにいてもしょうがないので私はいちわに「帰ろうか」といって促し、再び帰路に着くために踵を返した。するとそこに黒いスーツを着て、サングラスをかけた二人の男が立っていた。私は無視して、半分いちわをかばうように男達の横を通り過ぎようとした。が、
「ちょっと待ちな」
と、呼び止められた。ああ・・・・こんなのにからまれるなんてめんどくさい・・・
「ナンパならお断りよ」
「用があるのはお前じゃない」
そういうと一人がいちわの方歩み寄り、
「私たちと一緒に来て貰おうか」
と、言って男はいちわの手を掴もうと手をを伸ばした。
「ちょっと!なんなのよあんたたち!」
私はそういうと男を止めに入ろうとした。が、もう一人の私の前に立ちはだかった。
「あの子はお前のようなヤツとは居られる存在ではないのだ」
そう言って私を取り押さえてきた。
「なにすんのよ・・・!」
私はとっさに身を翻し、私に掴みかかろうとしてきた男の鳩尾の部分に思いっきり回し蹴りをくらわせてやった。男は低い呻き声を上げてその場に倒れた。
「き・・・貴様あああ!!」
仲間が倒された事に憤怒し、いちわに掴みかかろうとしていた男が私に襲いかかってきた。私は男の懐に飛び込み、男の腕をつかんで運動法則を利用し、男を投げ飛ばした。壁に背中から衝突し、男はそのまま動かなくなった。まあ、骨が折れたりとかはしていないだろう。合気道をやっていて良かった。
「いちわ行くよ!」
私はそういうといちわの手を取って走り出した。走りながらいちわが
「沙希ちゃんかっこいい!」
と、場違いな台詞をはいた。まったく、どこまでもマイペースな子だ。自分に身の危険が降りかかって居たことに気が付かなかったのだろうか・・・・?走りながらふと買い物袋の事が気になったが、すぐに二人ともしっかりと両手いっぱいに持っていることに我ながら少し呆れた。私たちはマンションまで全力疾走した。走るのに夢中で私は気が付いていなかった。いちわが浮かない顔をしながら走っていたことに。