第三話
日曜日。いちわがうちに来て一週間がたった。相変わらずいちわはドジばかりを踏む。しかし、それもだんだんと少なくなってきた。要領が悪いというか、ただやり方を知らなかっただけなのだろう。料理の仕方もわからなかったいちわ。元々料理も掃除もやらない子だったのか、それとも・・・・記憶と共に忘れてしまったのだろうか?この一週間、テレビや新聞などで行方不明者の捜索願が出ていないかなどチェックをしているがそれらしい記事等はなかった。警察を恐れているという観点から犯罪者なのではないかという予想もし、犯人が逃亡している事件、事故などもチェックするようにしてみたが、そういった物は最近起こっていないようだった。まあ・・・・そんなことできるような子には見えないけど・・・・早くこの子の記憶を戻して、家族の元へと返さなければと思う反面、このままでも良いかなと思ってしまっている自分が最近現れた。だがそれは私個人の、一人よがりな想いでしかない。この子の親族、友人はとても心配をしているだろうから。でもせめて・・・この子の記憶が戻るまでは・・・・
「ねえ、いちわ。今日買い物に行こうと思うのよ」
私は朝食の片づけをしているいちわに声をかけた。
「買い物?」
いちわが洗い物をする手を止めて私に尋ねてきた。
「そう。いろいろと買いたい物があるのよ。いちわも一緒に行く?」
「行く!」
とてもうれしそうにいちわがそう返事をした。それから「早く洗い物終わらせなきゃ」慌てて手を動かし始めた。と
「ガシャーン!」
という音がしたので台所を見ると床に割れた皿の破片が散らばっていた。
「あ〜・・・・う〜・・・・・」
と、苦い顔をしていちわが呻いている。本日のお買い物リストに皿一枚と追加することが決定した。
落ち込みモードに陥ったいちわをなだめること30分。やっと立ち直ったいちわと私は片づけを終わらせて、外出の支度をして外へ出た。雲一つない快晴。絶好のお出かけ日和と言えるだろう。4月も中旬となった現在、桜は徐々に散り始めていた。もうちょっと時期が早ければ花見ということもできたであろうに。非常に残念だ。そんなことを考えながら私たちは近所のデパートへ向かった。
「ところで何を買うの?」
デパートに到着し、せっかくだから一階から適当に見て回ろうということになり、食器売り場を見ていた時にいちわが私に尋ねてきた。
「とりあえずここ一週間でいちわが割った食器類ね」
「あぐ・・・・ごめんなさい」
「あとは、いちわの服とかかな」
「え?」
いちわがキョトンとした顔をして私を見る。
「あんた、荷物一つなしで倒れてたから、服それしかないでしょ?しかも地味だし」
「地味・・・!?」
「だからいちわの服も・・・って、お〜い、聞いてる?」
いちわがその場に両手をついてへばり込み「地味・・・地味・・・・」と呟きながら落ち込みモードに入った。他の買い物客からの奇異の目が突き刺さる。子供が私たちの方を指さして 「ママー、あのお姉ちゃんなにしてるのー?」と母親らしき人に尋ねているのが聞こえた後に「し!見るんじゃありません!」という声が聞こえた。あぁ・・・・・・
「ちょっといちわ」
「そうよね・・・そうよね・・・・沙希ちゃんなんかすっごいオシャレさんで華やかなのに・・・」
「おーい、いちわー」
「なんか私ってばこんな・・・」
「いーちーわ!」
「私って確かヒロインだったよね・・・?」
・・・全然聞いてない・・・・30分くらい放置してれば勝手に立ち直るのだろうけど、さすがにここじゃそんなことできるわけがない。とにかく、褒めちぎるなりなんなりしてなんとかしていちわをたちなおらせなきゃ・・・と、いう風にするのが通常の私のやり方だが、落ち込みモードに入ったいちわをこの方法を用いて立ち直らせるには10分ほど要する。いちわが落ち込みモードに入ってすでに5分が経過している。しかも心なしか野次馬ができあがってきているような気がしないでもない。時は一刻を争う!他人のふりをして放置するというわけにもいかないし・・・・・結局出た結論は、無理矢理いちわを起きあがらせてその場から全力で逃走するという、なんとも強引な手だった。このいちわの落ち込みモード、なんとかして治せないものだろうか・・・・
デパートの階段。大概の客はエレベーター、エスカレーターを利用するためここに来る人は非常に少ないはずだ。予想通り誰一人としていなかった。デパート内の喧噪からやや離れたここで一息つく。いちわはまだ何事かブツブツと言って落ち込みモードに入っていた。まあ、ここなら一目にもあまりつかないし、放っておいても良いだろう。
「そうよ・・・そうよね・・・!それでいくしかないわ!!」
一体どんな経緯をたどってそれでいくしかないという結論がでたのか解らないが(というか一体なにをするつもりなのか・・・)どうやらいちわの中で解決したらしい。
「やっと立ち直ったわね。まったく、あんたは人の話を最後まで聞かないで勝手に落ち込みモードに入って」
「ごめんなさい・・・」
「まあいいわ。とりあえず今日は、いちわの服とかを買おうと思ってるの。今まで私のを貸してたけど、私といちわじゃサイズも違うしね。いちわも自分のが欲しいだろうし」
「え?いいの?」
「家事をしてるバイト代だと思って受け取っておきなさい」
「ありがとう、沙希ちゃん」
「それじゃ、こんなとこに居てもしょうがないから行くわよ」
「うん!」
落ち込んだと思ったらすぐに笑顔になる。表情がコロコロと変わって本当に見ていて面白い。今までの私の交友にはなかったタイプ。こういうのも悪くはないと思う。私たちは衣類コーナーを目指して歩き出した。