どうにでもなるだろう。ジンセイなんて(2)
何しろ、指示されていることがまったく理解できないのだ。
もっとざっくり言えば、言っていることがチンプンカンプンで、さっぱりなのです。
必死にやろうとすればするほど、楓の行動はますます奇怪な側に落ちていく。普段出来ていることまでも、何故か出来なくなってしまう。
この前は、目で釣銭を確認したにも関わらず、100円多いお釣りを要求して、社長に呼び出しを喰らった。
「どうしてそんなことも出来ない」
(いや、私にも解らないですよ)
…とは言えず、楓は黙っているしかなかった。
「下手に喋ると、なんだかボロを出してしまいそうだった」なんていう狡賢い余裕は彼女には無かった。
彼女は極端にこういう場に弱かった。とにかくメンタルが弱かった。もう弱いなんてもんじゃない。こういう場になると、楓はいつも黙りこくってしまった。
いずれにしろ、自分が怒っているのに相手が黙ってしまえば、基本的に誰でもフラストレーションが溜まってくる。
この場合の社長も常識の例外の人ではなく、黙ったままの楓に対して、煮えたぎるそれを確実に溜め込んでいった。
「君は、この仕事に向いていないんじゃないか」
(じゃあ、採用したのは誰だよ)
「どうして電卓を左で打つんだ。右で打ちなさい、右で」
(そうやって打てばいいと、金出して買った本に書いてあったんですよ、コノヤロー)
そんな木霊が十数分、2人の会議室に響いていた。
最後に、社長は、
「身の振り方を考えておけ」
置物になった楓に向けて、赤くなった社長はそう言うと、会議室の扉を無造作に閉めて出て行った。
しばらく、楓はそのままだった。
真っ白になった脳細胞の活動が復旧するのには、それなりの時間が必要だった。
黙って、自分の中を見つめる。
何も無い白い空間と黒い闇の空間が交叉しては渦巻く。
考えがまとまらない。
結局、私は何も出来ない、無能で馬鹿なうすのろだという現実と向き合うしかなく、黒いほうが幾分勝ってしまう。
真っ白なはずの私の人生は、もうどす黒く染まり出したようだ。
(もう終わった。逝ったな)
そういう風に置物が考えていると、再び社長が会議室に入ってきて、言った。
「いつまでそうしている。早く仕事に戻れ」
私はもう真っ黒になった。