どうにでもなるだろう。ジンセイなんて(1)
気だるくて、微熱があるようだ。
「死にたい」
こう呟いておけば、なんだか気持ちが楽になる。
人前で呟くのはアレだし、あんまり多用する言葉ではない。ネガティブな言葉は概して社会には受け入れられないものだ。
時計は午前6時半を廻っている。そろそろ布団から出なければ、きっと今日も「遅刻」する。
朝から気まずい思いをするのは嫌だけれど、ここから出るのを躊躇するのはきっと万国共通だろうね。もう少し、もう少しと粘っていたら、だんだんココロに黒いのが近づいてくる。
結局、思い切って楽園を出るしかないのだ。
つい半年ほど前まで大学生だった楓は、この就職大恐慌の中で、運良く地元の会社に就職した。
あがり症の楓は、何だかんだで、面接大苦戦だったけれど、何故かこの会社での面接は上手に出来た。その前に受けた、1対7の圧迫面接が功を奏したのかもしれない。やけに細長い会議室での光景は一生モノのトラウマである。
「あなたがこの会社でやりたいことは何ですか」
面接官、お決まりの台詞。
(そんなもの或る訳ないじゃない)
自らの素直な心の通りに答えたら駄目なこと位は知っている。そんなにバカではない。
「私は、御社で…」
ここまで喋って頭が真っ白になった。つい15分前まで、繰り返した呪文はどっか行った。
(私も逝った…。)
まさに、失敗のお手本だった。
楓が記憶しているのここまでだ。
それから後は、モヤモヤした視界の中で、ひたすら中傷されていたような気がする。
はっきり思い出そうとすると、有難いことに海馬のサーキットブレーカーが発動してくれる。思い出した時点で、悶え死ぬことは確定だろう。死ななくっても、腹を十字に割腹し、見事に最後を遂げてみせる自信がある。
そんな大事故の直後だったから、上手く行ったのかもしれない。
(…いや、上手く行き過ぎた)
元来、社交的でないはずの楓が、どうして流れるように喋ることが出来たのかは、今でも謎だ。
何しろ、普通に話しているだけなのに、面接官は大爆笑。終始和やかな雰囲気で、恙無く面接は終わった。
今、考えてみると、そんなに難しいことは尋ねられなかった。仕事のことを訊かれた覚えは無い。
それに、楓自身、半ばヤケクソで受けた面接だったから、無駄な気負いも無かったのかもしれない。
そんなこんなで、楓は1人の大学生から、地元の1人の新入社会人にジョブチェンジしたのだった。
考えてみれば、これが全てのハジマリであった。