カウントダウン(2)
このまま逃げ回るだけなんて体力の無駄だし、それに何より癪ではないか。
聖職者は大人しくて非力。そのイメージを今こそ払拭してやる。ヴァンパイアに対抗するための最後の砦として存在する神聖魔法使いの底力を、今こそハンターたちに見せつけてやる。
後悔したってし切れないくらいに後悔させてやる!
「一、二、三、四……五」
とにかく形勢逆転のチャンスを狙いつつも、自分の後を追って来るハンターたちの大まかな数を把握しようと、エルフェリスは必死に四方八方へと視線を走らせた。
その先にはロイズハルトやルイ、そしてカイルの姿も見える。
空は赤く、燃える上がるようだった。もうすぐ太陽の光がこの戦場を駆け抜けていくだろう。
しかし今のところロイズハルトもルイも、その様子に主だった変化は無い。
ほっと胸を撫で下ろす一方で、昇り来る太陽への不安が一気に押し寄せてくるようだった。
――どうなるのだろう……と。
この場にいる誰もが、陽の中で動くヴァンパイアを知らないのだ。そして本当にそのようにいられるのかも。
体中の血液が逆流するような感覚を必死に抑えながら、その瞬間に向けてエルフェリスは静かに覚悟を決めた。
彼らが太陽に焼かれる姿は……見たくない。
ぐっと唇を噛み締めて、改めて後を追って来る男たちに意識を移す。そしてその中で、一際図体のでかくて腕っ節の強そうな男を見つけてその男に照準を定めた。
エルフェリスの魔法の威力を試すにはもってこいだ。
「ああ、どうか……失敗しませんように」
心の中で都合良く神に祈りを捧げる。
そして次の瞬間、エルフェリスはぴたっと足を止めた。
それに倣って、ハンターたちも少しの距離を保って立ち止った。
「お? ついに諦めたのか?」
などという能天気な言葉とともに。
エルフェリスはこのような場面に出くわした時いつも、一緒に立ち止まらずそのまま突っ込んで来れば容易に相手を捕まえられるのに、などと思ってしまうのだが、やっぱり追手は釣られて立ち止まるものなのか、とどこか冷静に分析していた。
ハンターのように常に戦場に身を置く者は、相手の行動の先にある幾つもの可能性を疑って逆に慎重になってしまうのかもしれないが、もしそうならば実にありがたい習性だと心の中でほくそ笑む。
逆手に取れば、エルフェリスのようにいつまでも平和ボケした神官にも反撃のチャンスが与えられるのだ。
そして実際にそのチャンスが今、巡ってきている。
「戦おうって言うのかい? 神官のお嬢さん」
自らの方に突き出されたワンドを見据えて、男たちが笑う。
もちろんその気があるのだからこうして構えているわけなのだが、エルフェリスは男の問いには答えなかった。ただじっとワンドを構えて、じっと口を噤んでいるだけだった。
「神官様の慈悲深い魔法で俺たちを加護してくれるのか?」
「そりゃありがたい!」
がははと下品な笑い声を上げながら、ハンターたちが肩を揺らす一方で、エルフェリスは終始冷めた空気を纏ったまま、先ほど狙いを定めた男に意識を集中させていた。
ありがたい魔法、ね。
何とでも言えば良い。いくらでも笑うが良い。
エルフェリスが紡ぎ出す呪文は音を伴わない。
だから誰一人、自分の身に何が起きているのかさえ気付かずに笑っていた。
バーカ。と心の中で毒吐くエルフェリスに、隙だらけの姿を曝しながら。
「本当は掛ける魔法なんて無いんじゃないのか?」
「慈悲深い神の使いだもんなぁ、お嬢さんは」
「大人しく村へ帰って、カイルに優しくしてやんなって」
ギャハハハと不快な笑い声が辺り一面に響き渡っていった。
どいつもこいつも品の無いやつばかりでうんざりする。けれどその方が、彼らのプライドにより多くのダメージを与えることができるだろう。
散々からかって、バカにした小娘にしてやられたと思い知った時の彼らの心理を想像するだけでも楽しくて仕方がない。
目の前にかざしていたワンドを静かに下ろしながら、エルフェリスもハンターと同じように堪え切れず笑っていた。
しかしふいに空に目をやれば、まさに太陽がその姿を現そうとしているのがはっきりと見て取れた。慌てて視線を二人のヴァンパイアへと走らせる。
どちらも随分と離れたところでそれぞれの相手と戦っていた。
「うわ、まずい」
こんな離れたところまで来てしまったことを内心後悔しつつも、思い出したように目の前の連中に一言忠告することをエルフェリスは忘れなかった。
「私、もう行くけど。捕まえるなら今しかないんじゃない?」
「はぁ?」
突然態度を軟化させたエルフェリスに呆気に取られたのか、それともエルフェリスが進路を変えて彼らの方に自ら歩み寄る素振りを見せたのがそんなに不可思議だったのか。
横一列に並んだ男たちの表情は、一様にあんぐりと口を開けたところで統一された。
そんなハンターたちを尻目に、悠々と彼らの隣を素通りするエルフェリス。だがその小柄な体を捕えようと動く者は誰一人としていなかった。
ただ誰も彼もが苦しげな呻き声を上げるのみで、何かを訴えようとしているのだろうが、言葉を紡ごうとすればするほどにその声はどんどんと失われていった。
その様子をわざとらしく覗き込み、満足して微笑むのはもちろんエルフェリス。
ここまで素直に魔法に掛ってもらえると、毎回楽しくて仕方がないだろうに、その機会がなかなか訪れないのが残念でたまらない。
「あまり動かない方が良いと思うよ。動こうとすればするほど"重ーく"なっちゃうから」
自分でも少しやり過ぎかと思うくらいの猫撫で声でそう言ってあげたのに、それに対する返事は無かった。
それもそうだろう。
エルフェリスの掛けた魔法。それは、対象者の周りの重力を著しく変化させる魔法なのだから。
軸となる人間を中心として新たなる重力を一時的に形成し、一定の範囲内にいる者すべてに強力な負荷を掛け身動きを封じる。
いわば補助的魔法、といったところか。
本来は、身軽なヴァンパイアの動きを封じるために編み出された魔法であったが、まさかこんなところで役に立つ日が来るとは思いもよらなかった。
別にいちいち説明などしなくても構わないのだろうが、このまま何も知らされずに放置というのも酷と言うものだ。
少しはハンター《かれら》にも慈悲を与えてやらねばなるまい。神の祝福を受けた聖職者として……。
「無理に動こうとしなければ二時間くらいで解ける魔法だから安心して? でも……」
そこまで言った後、ふとエルフェリスは少しだけ考えて、やはり気が変わり口を噤むことにした。
すべては教えてやらない。
これはエルフェリスの鉄則だった。敵となる者には決して手の内を見せない。
それに必要以上の優しさなど彼らには無用なのだから。
「さてと……急がなきゃ!」
こんなところでいつまでもハンターたちを構っている場合ではなかった。
夜明けを無事やり過ごしても、その後にはデストロイの援軍という脅威が残っている。エルフェリスはともかくロイズハルトとルイの元へと駆け出した。