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† 残 †   作者: 月海
第五夜 存在理由
93/145

月と太陽の狭間で(3)


「……解った。ここはエルの言う通りにしてみよう」


 そして漏れる溜め息が一つ。


 ルイも時を同じくして納得してくれたのか、真摯な眼差しで何度か頷いてくれた。


「良いでしょう。やってごらんなさい」

「ありがと」


 エルフェリスはそれを確認すると、その手に握りしめたワンドに願いを込めて、ゆっくりと円を描くように天高くかざした。


 それを合図として、ロイズハルトとルイがエルフェリスを残して撤退を始める。


「ッ? エル……何を……!」


 その行動を訝しげに思ったのか、すでに戦闘態勢に入っていたカイルの構えに一瞬の隙が生じた。エルフェリスはそれを見逃さない。


「光りよ、集え」


 それはまるで風の囁き。


 小さな小さな呟きは、ハンターたちの耳には届かない。けれどそんなエルフェリスの声に確かに反応するようにして、頭上高く掲げたワンドからはまばゆいばかりの光が溢れ出した。


「うわっ!」


 夜の帳を引き剥がし、辺りを無限の光が覆っていく。


 カイルをはじめとするハンターたちは、突然の光の洪水に視力を奪われて完全にうろたえていた。その隙を見計らって、エルフェリスもゆっくりと撤退する。


 しかしながらこれはほんの一瞬のまやかし。子供騙しに過ぎない。


 中にはもちろん用意のいいハンターもたくさんいて、過度な光を遮る加工を施したバイザーグラスを装備している者も見て取れた。


 彼らはエルフェリスの放った威嚇の魔法にまったく動じることなく、むしろエルフェリスに向かって突進してくるほどの勇ましさを見せる。


「あーあ、……やっぱダメか」


 もちろんそんなこともあろうかと思っての行動だったわけではあったが、とはいえこうもあっさりと破られてしまっては、さすがのエルフェリスも少し肩を落としてしまいたくなっていた。


 歴戦のハンター相手に対等に戦うなどという芸当は到底不可能だと思っていたし、経験からしてもまったく比較にもならないのは最初から解っていたものの、エルフェリスとてハイブリッドの襲撃の際にはハンターたちに混じって戦ったこともある。しかもその襲撃の中を何度も生き延びてきたのだ。


 "ハンターに比べたら"弱いというだけで、"人間の"中では強いはずの自分の可能性に賭けてみたものの、やはり自分は甘いのか。無意識に噛み締めた歯列が悲鳴のようにぎりっと音を上げて軋む。


 しかしここであっさり両手を上げて降伏するようなエルフェリスではない。


「しつこいなぁ!」


 自分への苛立ちと、ハンターたちの執着の深さにエルフェリスは少しだけむくれると、捨て台詞を一つ吐き捨てた。


 それからエルフェリスは彼らに向けていた背をくるりと翻すと、振りかざしたワンドを前方に思いっきり突き出して、それから気合いの声を上げる。


「はっ!」


 それと同時にワンドの先端からハンターたちを目掛け、何度も何度も衝撃波が発射されていく。そしてそれは前へ前へと勢い付いていたハンターたちの身体を次から次へとなぎ倒していった。


「やった!」


 先制攻撃はこちらに軍配が上がったようだ。


 ハンターたちの足並みを、自分一人でここまで崩せるだなんてやればできるじゃないか。などと、先ほどまでの落胆はどこへやら、心の中で飛び上がっていたところ。


「過信は危険ですよ」

「あとは任せておけ」


 と左右から別々の声が響き渡った。


 そしてその声の主たちは、光の呪縛から解き放たれつつあるハンターの中心を目掛けて力強く大地を蹴った。


 光と闇の交差する中を、ふたつの影が弧を描く。


 そしてそのまま再びヴィーダはさらなる戦場へと姿を変えていくのだった。


 ハンターたちの勢いを削ぐという一仕事を終えたエルフェリスは、ワンドを両手で握り締めたままその様子をただただじっと見守っていた。少しばかり距離を置いた場所からじっと……。


 深淵の夜が明けて、空が白んで来る頃にはあらかた片が付いたのか、エルフェリスたちと対峙するハンターの数は格段に減っていた。


 そこにはカイルと、ほんの数人。


 残りのハンターたちはみな、不自然な恰好を曝したまま大地に横たわっていた。けれど時おり上がる呻き声を聞けば、命の灯を奪われた者のいないことを遠くからでも確認でき、エルフェリスは心の奥底でそっと安堵の溜め息を吐く。


 ロイズハルトもルイもこんな状況にもかかわらず誰一人殺さない。戦場では、いつ、どのような場面で命を奪われても文句は言えず、いつ、どのような場面で命を奪っても文句は言われないのに。


 無用に争うことの無意味さを、改めてこの身に感じた。


「さて、どうしましょうか? もう後がありませんよ?」


 あれだけ長い間戦い続けたにもかかわらず、余裕の笑みを零してルイはそう言うと、隣で腕組みをするロイズハルトに視線を移した。するとロイズハルトもそれに気付いて、ゆっくりと小首を傾げる。


 そしてそっと低い声で、けれども至極穏やかにカイルに呼び掛けた。


「このまま剣を収めてくれれば、これ以上の長居はしない。手出しもしない。……いかがか?」


 誰から見ても、この状況の下ではそれが最良の策であることは明らかだった。


 あれだけの人数をもってしても、今辛うじて立っているハンターたちは極わずか。ロイズハルトとルイというハイブリッド――実際はシードであったが――を前に、ほとんどのハンターたちが十分な力を発揮することなくヴィーダの大地に沈んでいった。


 そのような中を残った者はそれぞれに傷を負ってはいたものの、誰も彼もが腕には自信のありそうな者ばかりであった。


 それでも、この状況ではもう手も足も出ないであろうことは、この戦いを傍観していただけのエルフェリスにも容易に想像のできる。


 これ以上の抵抗は、無駄に命を削るだけ。


 ロイズハルトの提案を受け入れてくれと、それだけを祈った。

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