赤い瞳の侵入者(1)
自分の身を呈してまで守りたい人。
そんな人が存在すること自体、信じられなかった。
たとえ自分がそう思っていたとしても、相手もそう思ってくれているとは限らない。
どんなに互いを想い愛し合っていたって、それはひどく儚く、脆いもの。
そんな不安定な感情ならば、私はいらない。
そう思っていた。
……ずっと。
爆風と砂埃の舞う中を、カイルによって半ば強引に連れ出されたエルフェリスは、何度もカイルに助けられながらもハイブリッドの姿を探して辺りを見回していた。
あてもなく連れ回されるのは不本意ではあったけれど、こんな状況では文句も言っていられない。
それならいっそのこと、この混乱に乗じて少しでもシードの手を煩わせる輩を排除してしまおうとエルフェリスは考えていた。
ロイズハルトもルイもいないこの場であれば、エルフェリスはなんの躊躇いもなく神聖魔法を使うことができる。人間やシードに仇成すハイブリッド相手ならば、手加減など必要ない。
だからエルフェリスは探していた。
この爆発の陰に隠れているであろう“誰か”の姿を。
アンデッドを送り込んだハイブリッドの群れが戻ってきたのだとしたら、その背後には必ずいるはず。あの忌々しい力を乱用する“誰か”が。
そいつさえ見つけ出してしまえばこちらのものだ。
たとえこの命を奪われようとも、今度こそその首謀者を見極めてやろうと意気込んだ。
けれど時おりどこからか「あっちだ、こっちだ」と声が上がるだけで、一向にハイブリッドらしき姿を見つけることはできなかった。
いや、目に留めることができなかっただけなのかもしれない。彼らの気配は先ほどよりも強く感じる。
どこかにいる。
それは、この場にいたすべてのハンターも同じに思っていただろう。
「ふん、ちょこまか逃げ回っても無駄なこと! 必ず狩ってやるぞ」
エルフェリスの手を引きながら、カイルは高らかにそう吠えた。ひらりと姿を現しては幻のように消えるハイブリッドに、カイルは少しばかりいらついている様子だった。
それもそのはずだろう。
彼らの姿を求めてこうして走り回っている間にも、すぐそばでエルフェリスたちを吹き飛ばさんばかりに何度も何度も爆発が起こっているのだ。巻き込まれれば容易に命を落としかねない。
そんな状況での奇襲に、ハンターである彼が苛立たないわけがなく、逆に彼の闘争本能に火をつけてしまう結果となっていた。
「怯むな! ヴァンプを引き摺り出せッ」
そしてなおも爆発に怖じ気づき、逃げ惑うハンターたちに向けてカイルは思いっきり怒鳴り付けた。
その度に、爆風に煽られた彼の黒い髪が空に舞い上がる。
「こんなのはまやかしだ! やつらに弱みを見せるな。生け捕れ!」
まるで修羅のようなその声は、爆音の合間を縫って再び戦場と化したヴィーダへと響き渡っていった。
しかし一度与えられた恐慌からの脱出は思いの外難しいのか、半数以上のハンターたちはカイルの呼び掛けに応じることすらできなかった。それによりさらに彼の苛立ちは増していく。
「ちっ……。役立たずどもが」
そしてついにはいつもの彼からは想像もできない言葉と調子で、忌々しげに表情を歪めるカイルの口元から小さな舌打ちの音が響いてきた。
そんな一面を発見する度に、やはり彼も人の子なのだと改めて痛感する。
相棒のデストロイはこれでもか、というほどに分かりやすい性格なのに対し、今目の前にいるカイルはあまり心の内を見せようとはしない。たとえ相手が親しく心許せる者であったとしても。
どんな時でも冷静で、それでいて優しさや思いやりも忘れない。
そんなカイルであるけれども、エルフェリスでさえも、彼の深層心理を理解するのは甚だ難しかった。
いつも穏やかに微笑んでいて、時おり理不尽な目にあっても無表情で視線を逸らしていただけのカイル。
エルフェリスも彼とは随分長い付き合いになるけれど、こんなにも感情を剥き出しにする瞬間があることを今日初めて知ったくらいだ。
やはりカイルも戦場に身を置く者ということだろうか。そこから垣間見える顔はいつものそれとは違って、随分と荒々しいように思えた。
けれど。
「エル! 聞いてるの?」
「え? え……? あれ?」
完全に自分の考えに耽っていたエルフェリスに掛けられる声だけが、このような時でもいつもと同じだった。
それがまた新たな違和感を生み出す。
しかしよくよく考えてみればここは今、平和な村の中などではなくて、すでに住む人を失くしたただの戦場でしかない。
ぼさっと己の考えに浸っている場合ではないのだと、エルフェリスは改めて気を引き締めた。
「ごほん。……何?」
そして咳払いを一つしてから聞き返すエルフェリスに、カイルは眉を下げてふっと笑みを零すと、繰り返される爆発の中……こう言った。
「やり直さないか? ……って言ったんだよ」
「は?」
――やり直す?
「……何を?」
とっさのことに話の趣旨を理解できなかったエルフェリスは、その場で足を止めると今一度カイルに質問の意味を確かめた。
するとカイルもまた足を止め振り返ると、その手に掴んでいたエルフェリスの手を改めて握り直し、その目を覗き込んで言った。
「覚えているかい? 六年前のあの日のこと……」
鳴り止まぬ轟音さえも掻き消すように、至極妖しく至極艶やかにカイルの唇が言葉を紡ぎ出す。
それをどこか他人事のように見つめていたエルフェリスであったが、急にはっと我に返るとカイルの言葉の意味を理解しようと必死になった。