揺らぐ心(2)
上手く笑顔を作れない。
けれどずっとこんな想いを抱えて、沈黙していても先へは進めないと意を決して口を開いた。
「……あの……さ、ワンド知らない? 私のワンド」
「ワンド?」
「そう、教会からもらったワンド。……失くしちゃったみたいだから探しに行きたいんだけど……」
それさえあれば今頃はロイズハルトたちの元へと急いでいたはずなのに、と秘かに肩を落としながらも、何でもないふりを装って、エルフェリスは探し物をするようにきょろきょろと室内をうろうろし始める。
するとカイルはなぜかにっこり微笑むと、足元に置いた先ほどの手荷物の中を漁り始め、そして見つけ出したそれをエルフェリスの目の前に差し出して見せた。
「これでしょ?」
「あッ」
カイルが取り出した物。
それは紛れもなく、探していたエルフェリスのワンドであった。
どうしてこれをカイルが持っているのだと訝しげに思いながらも、目の前に差し出されたそれに手を伸ばす。
そんなエルフェリスの様子を感じ取ったのか、カイルは小さく笑みを零すと、ワンドを持っていた経緯を説明するかのごとくゆっくりと語り出した。
「エルの襲われたっていう話がどうも引っ掛かったんで、見回りも兼ねて村を一周してきたんだ。そしたら見つけたんだよ」
「どこで?」
「この村でも唯一被害の少なかった住居ら辺だよ。……といってももう誰も住んじゃいないけどね。……もしかして……エルが襲われたって言ってた場所かい?」
カイルのその言葉を、エルフェリスはワンドを握り締めたままじっと聞いていた。
唯一被害の少なかった住居跡。確かにどこかの建物に引きずり込まれたことまでははっきりと覚えている。あの時、あの場で抵抗した際に外れて落としてしまったのだろうか。
それにしてはしっかりとホルダーで自分の体に固定していたはずなのに……。
少々の疑念を抱かないわけではなかったが、あの時点からここで目覚めるまでの記憶が無いからには何があっても不思議ではないのだと納得するしかなかった。
「うん……多分そう。ありがとう。……ごめんなさい」
まったくここへ来てからというもの、不可解なことばかりだと肩を落としながらふと呟く。
するとなぜだかカイルはその言葉を聞いた途端にぷっと噴き出した。
「ちょっと! 何がおかしいの!」
その顔に似つかわしくないほどにゲラゲラと笑い出したカイルを相手に、理由も分からないままエルフェリスが抗議の声を上げると、カイルはよりいっそう声を張り上げて笑った。
そのさまは、まるでデューンヴァイスのそれを連想させる。
「そこまで笑うようなこと何も言ってないし」
なおも笑い続けるカイルに向けて若干口を尖らせて抗議すれば、カイルは目尻を拭いながら「ごめんごめん」と何度か咳き込んだ。
「だって、あまりにもエルがしおらしいからびっくりしちゃったんだよ。昔はそんな時もあったなぁと思ったら急におかしくなってね」
「何よそれ。それじゃまるで今の私にはしおらしさの欠片も無いみたいじゃない!」
自分だって一応年頃の娘だ。普段は精一杯虚勢を張っていても、時には弱気になったりすることもある。
それなのに。
「あはは、それでこそエルだよ。あー、おかしい!」
エルフェリスの必死の反論は、カイルのさらなる笑いを誘うだけで終わった。
ひいひいと息も絶え絶えに、上手く呼吸もできないまま笑うカイルを尻目に、エルフェリスはといえばほとほと呆れて溜め息を繰り返していた。
そんなに自分は変わってしまったのだろうかと、声を大にして言いたくなる。
私は何も変わっていない。……とは言い切れないけれど。
でも今はそんなことに構っている場合ではなくて、自分にはやるべきことがあった。
デストロイが戻ってくる前までに、なんとしてもこの村を出なければならない。このワンドさえ手元に戻ってくれば、もはや準備は整ったのと同じことだ。後は隙を見て脱出するだけなのだが……。
カイルはなかなかその隙すら見せてはくれなかった。
エルフェリスが「ちょっと出掛けようかな」と言えば「心配だから付いて行くよ」と言うし、「下のバーで休憩してこようかな」と言えば「奇遇だね、僕も行こうと思ってたんだ」と言って付いてくる。
それは本当に監視されているかのようで、ロイズハルトやルイと連絡を取り合う暇さえ与えてはくれなかった。
美しい顔で微笑むカイルが、次第に憎らしくなってくる。