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† 残 †   作者: 月海
第五夜 存在理由
83/145

異国の微笑(5)


 一方のエルフェリスは、その男がヘヴンリーかどうかを見極められずにいた。


 ヘヴンリーにはデューンヴァイスのような明確な特徴がない。やたらと色白なわけでもないし、服装や髪形が奇抜なわけでもない。髪の色も一番ありふれている栗色だし、惹き込まれるような美しい外見と青い瞳だけが思い付く限りの特徴だった。


 けれどカイルの話を聞いている限り。


「……ヘヴンリーかもしれない」


 そう思うのだ。


 シードを凌駕するほどのオーラを持つハイブリッドなんて、エルフェリスもヘヴンリー以外知らない。


 確証もなく、憶測と伝聞のみでヘヴンリーだと断定するには時期尚早ではあるが、ヘヴンリーの可能性は限りなく高いと思われた。


「……でもそれにしても、その男がヘヴンリーってやつだとなんなんだい? なにかあるのか?」


 話が一息ついたところで、エルフェリスがあまりにもヘヴンリーに対して執着を見せたせいか、カイルが不思議な顔をしてそう尋ねてくる。


「……それは……」


 けれど確証が無いのなら下手なことは言えず、エルフェリスは返答に困り、思わず口籠った。


 一瞬の沈黙が二人の間をすり抜けてゆく。


「……ハンターには言えないこともあるってところか。……まぁいいよ、それに関しては話せる時が来たら聞かせてもらうことにする」


 口を噤んだエルフェリスに対して不審の目を向けることなくカイルが苦笑する。


 そしてそれから、ふいに何かを思い出したようにエルフェリスの名を呼んだ。


「それより、エル」

「え?」


 今の今までの重苦しい空気を一新するかのようなその明るい声色に、エルフェリスの声も思わずワントーン上がる。


 しかしながらその内容を耳にするや否や、エルフェリスの心に少なからず動揺が走った。


「え……ゴメン、よく聞こえなかった。もう一回言って?」


 とっさに空笑いを浮かべてそうごまかしたエルフェリスに、カイルは明るい口調のままもう一度同じ言葉を繰り返した。


「だから、明日の朝にはデストロイも戻ってくるだろうし、エル。これからどうするんだい? って……聞いたんだよ」


 人の気も知らず、弾けるような笑顔でそう問うカイルに、エルフェリスはとてつもない息苦しさを感じた。


「えっと……その……」


 どう答えたら良いのか、さすがのエルフェリスも考えあぐねてしまった。


 デストロイが戻ってくる。


 それがどういうことか、エルフェリスは十分解っているつもりだった。


 あの男が戻ってきたら、シードの居城への退路は絶たれる。確実に。


 カイル一人ならば何とでも上手い言い訳などしてロイズハルトたちの元に帰ることもできただろうが、そこにデストロイが加わるとなると話は別だ。


 たとえデストロイがロイズハルトたちをハイブリッドと勘違いしてくれても、その後自分の帰る場所は“シードの居城”なのだ。


 絶対に人間の目には見えない魔法が施されていようとも、おおよその場所は特定されてしまうだろう。


 そうすれば……そうなれば……。


 それだけは何があっても避けたかった。


 ヴァンパイアとあらば見境なく狩るデストロイはもはや、ヘヴンリーら急進派のハイブリッドと同じ。盟約を己の感情のみで侵害する一人の人間に他ならないのだから。


「……それはまだ……決めてない」


 だからそう答えるしか、エルフェリスには思い付かなかった。


 どちらに帰るとも明言することなどできなかったのだ。


 本当はこのまま一度、カイルらとともに村へ戻る方が賢明なのだということは自分でも解っている。


 けれど……シードの居城には、誰よりも捜し求めていた姉エリーゼがいるのだ。せめて彼女があの城で、何の心配もなく暮らしていけるというところを見届けたいと願うのは、許されないことなのだろうか。


 今の自分には、どの判断が最適なのかわからなかった。残るとも、帰るとも言えなかった。


 エルフェリスは心の中で項垂れた。


「まぁとにかく、デストロイが戻ってきても何日かはヴィーダに留まるつもりだし、その間にゆっくり考えたら良いよ」


 一瞬ふっと表情を凍り付かせて、それからまたにっこりと微笑むカイルに、エルフェリスは刹那、違和感を覚えた。


 けれどそれが何なのか分からないままに、カイルは「用があるから出掛けてくるよ」とだけ言い残すと、太陽の光差し込むこの部屋をゆっくりと出て行った。


 残されたエルフェリスは一人、呆然と立ち尽くしたまましばらく動くことができなかった。


 だがすぐに頭を切り替えると、ぶんぶんと頭を振ってからその顔を上げる。


 ロイズハルトらの元へと戻るのならば、遅くても今夜中にこの村を出るしか策はなさそうだ。

 

 もう猶予はほとんど残されていない。



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