異国の微笑(4)
その言葉にエルフェリスも唇を噛む。
アンデッドの存在は、……いや、アンデッドを作り出す死霊術の存在は、ギリギリの状態で保っているこの世界の均衡をさらに崩してしまう一因になりかねない。
あの日の夜に術師を探し出してさえいれば、このヴィーダが滅ぶことも恐らくはなかっただろう。あの夜の失態が悔やまれてならない。
「……そしてその使い手も分からずじまいか……。実はねエル。こっちの村を襲ったアンデッドも、結局どこのどいつが仕掛けたものなのかは分からなかったんだよ。発生源だけは何とか突き止めたものの、そこに辿り着いた時にはもう術師と思われる者の姿はなかった。……いたのは無残な姿を曝す生贄のハイブリッドたちだけだった……」
声を震わせそう語るカイルの言葉に、エルフェリスは静かに目を閉じた。
燃え上がるオレンジ色の炎。迫り来る無限のアンデッドの群れ。二人のドールの惨劇。そして、孤独な薔薇の葬列……。
あの夜の出来事を、決して忘れたりはしない。
あの夜の空気を、あの日の冷たさを、忘れることなどできなかった。
風に揺れるドレス。とめどなく落ちて行く滝の流れ。
死霊術で呪われた身体は死してなお新たなアンデッドを生み出し、すべての血と骨を失うまでそれは止まらない。
あのような悲劇がこの世に存在すること自体忌々しいというのに、この短期間で二度も、それは現実となってエルフェリスの前に立ちはだかった。
今となってはどちらも、意図的に仕組まれていたとしか思えなかった。このようなことが二度もあっていいわけがない。偶然なんて言葉では済ませられない。
少なくともエルフェリスの周りに……いや、シードの周りに、と言った方が正しいのかもしれないが、死霊使いが潜んでいるのは間違いなさそうだとエルフェリスは思案した。
これは或いは、ただの序章に過ぎないのかもしれない。
「アンデッドなんて想像もしていなかった。だってそんなの今はもう存在さえしてないはずだったんだ。そうだろう? だから僕たちはどうしようもなかった。直接的な力は上であっても、耐久力はヴァンプやアンデッドの方が遥かに上だからね。長期戦になれば僕ら人間は死ぬしか道がない。……ヴィーダは……僕たちが滅ぼすしかなかった」
歯痒そうに唇を噛むカイルの気持ちが、エルフェリスに分からないはずはなかった。
ハンターである彼らとて、ハイブリッドたちが暴走を繰り返しなどしなければ、ここまで血眼になって彼らと対立することはなかったかもしれないのだ。その一因である急進派のハイブリッドを前に、成す術もなく退却を余儀なくされた彼らの心中は、ひとしお穏やかではなかっただろう。
口端を吊り上げるヘヴンリーの顔が、ふと浮かんで消えた。
ヘヴンリーの顔が……。
「ねぇっ!」
その時に少し遅れて、エルフェリスはとっさにカイルの腕をしっかりと掴んで叫んでいた。
「ヘヴンリーは? 栗毛で青い目の美しいハイブリッドはいた?」
悔しさで顔を俯かせたままのカイルの身体を激しく揺さぶって、エルフェリスはそう叫んでいた。けれどそんなカイルも突然のエルフェリスの行動に目を丸くして反応する。
「え……?」
いまいちその内容を把握しきれなかったのか、疑問の声を上げるカイルにエルフェリスはさらに声を大にして畳み掛ける。
「ヘヴンリーだよッ! 栗毛の髪に青い目のハイブリッド! 知らない? 急進派を率いているボスヴァンプ!」
「……栗毛に青い目と言われてもなぁ……そんなヴァンプはごまんといるし……。……でも待てよ?」
何かを思い出したかのように、ふいに言葉を止めたカイルにエルフェリスが注目する。
その沈黙はしばしの間続いた。
答えを待ち望んで凝視してくるエルフェリスに臆することなく、じっくりと記憶を探るように思案するカイルを見ていると、否応にも質問に対する期待が高まっていく。
「その男が……エルの言っているヘヴンリーというやつなのかは分からないけど……」
少し躊躇うように瞳を揺らめかせる彼の次の言葉を、エルフェリスは固唾を飲んで待ち侘びた。心臓が身体を突き破らんばかりの勢いで鼓動している。
カイルの言葉次第では或いは……エルフェリスの考えもあながち思い過ごしではなくなるかもしれない。それがエルフェリスにとって、そしてシードにとって良いことなのかは……判断できないが。
「妙な雰囲気を持つヴァンプに会ったんだ。ヴィーダが襲われる直前にね。やたら美しい男で、突き抜けるような青とも……深みのある青ともいえる不思議な色の目をした男だった。燃え上がるような真っ赤な片目にすぐハイブリッドだって分かったけれど、いまだかつてあのようなハイブリッドに出くわしたことはなかったな。オーラだけで身が竦むなんて、よほどのシード相手でもない限り無かったのに。あの男にはそれだけの威圧感があった。ハンターとしての本能でやつを狩ろうとしたけど、あっさり交わされてそれでおしまいさ」
「……それで……その男はどうしたの?」
「そのまま消えてしまったよ。やろうと思えば僕らを殺すことだってできたはずなのにね……。結局、僕もデストロイもやつの背中を見送ることしかできなくて……。そして直後、ヴィーダは堕ちた……」
自嘲ともとれる笑みを時おり浮かべながら、カイルは淡々とそう話していった。
けれど、ふと落とした視線の先では、カイルの握り締めた両手が微かに震えていた。失意と後悔と怒り。彼の姿と言葉からは、そんな感情がありありと読み取れるようだった。