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† 残 †   作者: 月海
第五夜 存在理由
79/145

異国の微笑(1)

 

 暖かい。

 眩しい。

 もう少し眠らせて。

 ……まだ眠いよ。起きたくない。


 私を、起こさないで。


 頬を撫でる風が温かくて、優しくて、少しだけくすぐったく感じた。


「んー……」


 あまりの心地良さが、再びの眠りを誘う。


 抗う術を見つけられず、その誘惑に身を任せようとふわふわの布団を手繰り寄せて体の向きを変えた。


「……ありゃ?」


 手を伸ばした拍子に何かに触れる。


「……何だぁ?」


 緩く目を閉じままその形を確かめるように何度も触れてみると、“それ”はとても温かく、そして規則的にゆっくりと動いていた。


 不思議に思って、うっすらと目を開ける。


「……。…………。……ぐぎゃッ!」


 そして“それ”の正体を認めたのと同時に、エルフェリスは奇声を発して文字通りベッドから転がり落ちていた。


 痛みより何より狼狽の方が激しくて、寝起きにもかかわらず身体は無駄な動きにも機敏に反応した。


「え? え? ええっ?」


 同じ場所で立ったり座ったり、何度もあっちへこっちへ行ったり来たり。


 もう何が何だかわけが分からなくて、とにかく動いていないとさらに混乱が増すようだった。


 けれどそんな中、“それ”がふいに目を覚ます。


「わぁッ!」


 それが目に入った途端に、どこかひとまず身を隠す場所を求めて部屋の片隅へと素早く移動した。大きく伸びをしながら眠そうに目を擦る“それ”に見つからないように、息を潜めて身を屈めて壁に背を向ける。


 けれどそんな努力など初めから意味がなく、“その者”はすぐにエルフェリスの姿を見つけると、うっとりとするほどの甘やかな声でその名を呼んだ。


「おはよう。起きていたんだね、エル」


 キリッとした美顔に溜め息の出そうな笑みを宿したその者は、無駄のない動きでベッドから這い出ると、惜しげもなく曝け出した長い手足を隠そうともせずにエルフェリスの前まで歩み出た。


 そしてさらに笑みを深める。


 見上げるエルフェリスと、見下ろす“彼”。じわじわと浮かんでくる郷愁の念が、エルフェリスをゆっくりと包んでいった。


「……カイル……?」

「久しぶり、エル。元気そうでなによりだよ」


 神秘的に輝く銀の瞳と、吸い込まれそうな黒い髪に否応にも胸が熱くなる。


「カイル!」


 もう一度その名を繰り返し叫ぶと、エルフェリスはぱあっと表情を崩してすくっと立ち上がった。


 そんなエルフェリスに対して、カイルと呼ばれた男は答えるように優しく微笑む。


 ああ、間違いない。


 この笑顔をエルフェリスはもうずっと前から知っていた。


 ――カイル。


 エルフェリスが幼い頃から、一人駆け出しのハンターとして村に住んでいた、どこか異国の香りのする青年だった。


 エルフェリスよりも五つほど年長のカイルは、かなり前からデストロイと組んでヴァンパイア狩りに尽力しており、ハンターとしては線の細い体付きではあったもののその分身軽で、デストロイが正面からの攻撃を得意とするのに対して、彼は暗殺や遊撃などの隠密行動を得意としていた。


 異国の絵画に描かれていそうな外見ゆえに、どこにいても目立つカイル。けれどもその外見とは裏腹に、控えめな言動は彼の美しさをさらに際立たせ、人のみならずヴァンパイアでさえも彼の前では我を忘れた。


 デストロイばかりに脚光が集まる一方で、カイルの功績を密かに讃える声も実は大きく、彼無しでは今のデストロイの名声も無かっただろうと言われている。


「……てかあれ? ここどこ? 私なんでカイルと一緒にいるの?」


 久しぶりの再会も束の間、エルフェリスはふと我に返ると、突然自分の置かれた状況を不思議に思って首を傾げた。


「……しかも……なな何で一緒に寝て……ねて……寝て……!」


 そこから先はもはや言葉にすらならない。


 ヴィーダの中を偵察していたはずなのに、なぜか今は昔馴染みのハンターであるカイルと二人きりでどこかの室内にいる。


 おまけに夜の帳に包まれていたはずの世界は眩しいほどの朝を迎えていた。


 ――落ち着け。落ち着けエルフェリス。


 失われていた時間を取り戻そうと、脱線していた思考回路を無理やり繋ぎ合わせて、ひたすら思案を巡らせる。


 ヴィーダの地に降り立ったこと。村の外でシードたちと別れたこと。見知らぬハンターと少しだけ言葉を交わしたこと。そして、建物の建ち並ぶ暗闇の中で誰かに襲われたこと……。


「そうだ私、ヴィーダで誰かに襲われて……それから……それから?」


 いくら考えても、その先を思い出すことはできなかった。


 自分でも解っていた。恐らくは、その誰かの前に敗れ去り、崩れ落ちたのだと解っていた。


 けれどそうだとしても、今この場で無傷で生きているということは、エルフェリスの知らないところで相手の予期せぬ何かが起こったのだろうか。


 いや、そのようなこと、考えるまでもない。考えるまでもないが、では自分はどうやってあの場を切り抜けたのだろうか。


 せめてそれだけでも知りたいと、気付けばエルフェリスはカイルに何か知らないか尋ねていた。


 けれど。


「聞きたいのはこっちだよ。どうしてあんなところに倒れていたんだい?」


 怪訝な顔をしたカイルに逆に聞き返されてしまった。


「……あんなところって……?」


 不思議に思ってそう聞くエルフェリスを一瞥するカイルの表情に、さっと陰りが差したのをエルフェリスは見逃さなかった。


 それもそのはずだった。カイルは険しい表情を崩すことなく続けた。


「死んだハンターたちをひとまず葬るための場所さ。云わば……仮の遺体安置所……とでも言うべきかな。何でこんなところに女の死体があるんだろうと思ったら、見たことのある顔だろ? しばらく言葉を失くしたよ」

「遺体……安置所……?」


 カイルの言葉に少なからずショックを受けつつも、それよりもなぜそのような場所で見つかったのだろうという疑念の方が大きくて、エルフェリスは再び頭を抱えた。


 襲われたのは確かに建物の建ち並ぶ一画だった。そして自分を襲った者に手加減というものがなかったことも身を持って覚えている。


 あれは……殺されていてもおかしくはなかったはずだ。


「……」


 何があったのだろう。


 一つの傷を負うこともなくこの場にいることが、何よりも不思議でならなかった。


 けれどよくよく考えると、エルフェリスはあの後死んだと思われて遺体安置所などという場所に置き捨てられたのだろうか。


 死んだと思われて……。


 ぞくりと背筋を冷たいものが流れていくのを感じた。


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