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† 残 †   作者: 月海
第五夜 存在理由
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一人の夜に(3)


 二人の身の安全も考慮して、先ほどロイズハルトが下見の際に見つけた裏側の入り口から村の中へ入ることにしたエルフェリスであったが、夜の森の中を松明も持たずに一人で歩くのは、孤独と恐怖との戦いだった。ほんのわずかな距離も永劫続くかのような錯覚にさいなまれる。


 ましてやいまだ戦火の名残が燻り続けている中を行くのだ。さすがのエルフェリスも恐怖を拭い切ることなどできなかった。


「大丈夫。行ける。大丈夫……、行ける……」


 何度も自分に言い聞かせるように呟きながら、先ほどルイがくれた指輪を取り出して指に嵌める。


 そしてもう一度だけ大丈夫だと呟いた。


 大丈夫。この指の先には二人がいる。ロイズハルトとルイ。二人がいる。


 だから大丈夫だと自分で自分を鼓舞しながら歩を進めて行くと、遥か向こうに村の入り口らしきところをみつけた。


 その姿をしっかりと見据えながら、少し早くなった呼吸を整えようと深呼吸を繰り返す。


 そしてそれから腰に下げたワンドの存在を手で確かめた。


 大丈夫。後は行動あるのみだ。


 しばらく茂みの中で様子を伺って、周囲に人の気配がなくなるのを待ってから、エルフェリスはゆっくりヴィーダの中へと足を踏み入れた。


 この村に来るのは初めてだったが、その至る所が瓦礫と化した今となっては、地理などまったく分からなくても行動を阻まれることはなかった。


 何かの焦げたような臭いと、風に巻き上げられた灰燼かいじんがちょっとした不快感を思い起こさせる以外は行く手を遮る物すらない。


「……ひどい」


 廃墟とはこのような状態を指すのだろうと改めて実感した。


 建ち並ぶ家はどこもかしこも崩れ落ち、地面には何かを引き摺ったような跡が無数に残っている。地面もところどころ大きく窪み、青々とした葉をその体いっぱいに生い茂らせていたであろう木々もその身を黒く焼かれ、或いは大地に体を横たえているものも少なくはなかった。


 途中何人かハンターとおぼしき者とすれ違ったが、二言三言言葉を交わした以外はどの者も険しい顔を崩すわけでもなく、押し黙ったまま行ってしまった。


 ここはもう、人の生きる場所ではなくなってしまったのだと、そう感じた。


 村を再建するとしても、一度更地に戻した後再びすべてを一から立て直さねばもはや復興は叶うまい。しかしこの地に住んでいた者の多くは命を落としたと聞く。誰がこの地を再興し、誰がこの地を己の住むべき場所とするだろう。


 ヴィーダは死んだ。


 そう認めざるを得ないのだと言われたような気がした。


 その時だった。


『エル、聞こえますか? ルイですが……』


 明らかに自分のものではない意思が脳内に響き渡った。


「え? 声が……?」


 彼らがこの場にいないことはエルフェリス自身が一番よく知っているはずなのに、それでも身体が勝手に彼らの姿を捜そうとする。そこへまた声が響いてきた。


『きょろきょろしてますけど聞こえているのですか? ルイですよ。そちらの様子はいかがです?』

「ルイ?  ……あ!」


 まるでエルフェリスの様子などお見通しだと言わんばかりのその声に一瞬驚きつつも、すぐにあの指輪の存在を思い出して、自分の右手に嵌められた銀のリングに眼を落とした。


 不思議なことに、中央部に埋められたピンク色の石が神秘的な煌めきを見せている。


 この指輪を通じて聞こえているのかと思うと妙な感動を覚えたが、しかし。


『驚いてないで答えて下さい』


 少し苛立ちを含んだルイの声がなおも催促してきたものだから、エルフェリスはなぜか姿勢までをも正してすぐさま応答した。


『ごめん、慣れてないから普通に驚いた。今、村の中を見て回ってるところ』

『そうですか。どうです? ハイブリッドらしき者はいましたか?』

『……いないみたい。すごい静かで……人もほとんどいない』

『そうですか。……こちらはとりあえず例の廃屋に移動しようと思っているところなのですが、エルはどうします?』

『私はもう少し偵察を続けるよ。夜が明けないうちに先に行って』

『わかりました。では、そのようにしますよ?』

『うん、気を付けてね』

『そちらこそ』


 頭の中で響いていたルイの声はそこでプツッと途絶えた。それと同時にピンクの指輪も輝きを失う。


 なるほど。


 何かしら力を発揮している時は、あのように石が煌めくようだ。離れていても互いの姿や行動を把握できるのはこの上なく便利だし、確かにこれならば安心できる。


「よし、行こ!」


 とにかく何かハイブリッドの行方にしろ、ヴィーダ壊滅の経緯にしろ、手掛りになるものを手に入れたいとエルフェリスは再び歩みを進めた。


「ハンターもあんまりいないし……、どうなってんだろ、ほんと」


 これだけ辺りを見回してみても人の姿なんて本当にまばらで、捜す方が大変なくらいだ。やはりここにはもうハイブリッドの集団はいないのではないかと勘ぐりたくなってくる。


「……てか、あれ?」


 あまりにもあちらこちらへと目を走らせすぎていて、気付けばいつの間にやら建物の建ち並ぶ路地へと足を踏み入れてしまっていた。


 この一画は運良く戦火を逃れたのだろうか。比較的どの建物もひどいダメージは受けていないように見受けられた。


 ここならば誰かいるかもしれない。人間にしろ、ハイブリッドにしろ。


「……よし」


 ごくりと唾を飲み込んで、そう気合を入れて一歩を踏み出した。


 たとえ出会うのがハンターであろうとハイブリッドであろうと、見知った顔であればそれで良しと思うしかない。ワンドを握り締める手に、自然と力が籠った。


 その時だった。


「――ッ!」


 突然背後から伸びてきた手にエルフェリスは成す術もなく身体と口を拘束され、あっという間にその身体は暗い建物の中へと引き摺り込まれていった。


 暗く、音も無い空間に、天地の感覚が奪われていく。


 響いているのはエルフェリスの塞がれた声と、抵抗する物音だけ。


「――ッ! んぐぅッ……!」


 必死に抵抗してみるも、背後の者の力は一向に弱まる様子を見せず、逆にエルフェリスの動きは封じられていく一方だった。


「んーーッ! ……んッ」


 それでも何とか振り切ろうと暴れてみたが、相手はさらにそれを上回る力でエルフェリスを押さえ込みに掛かる。完全に自由を奪われた身体が、ギシギシと悲鳴を上げ始めた。その上、呼吸すらままならなくなって、くらりと眩暈を覚える。


 ぼーっとする意識の中で、恐怖と焦燥感が浮かんでは消えていく。


 ……ゴメン……ロイズ……。


 途切れていく意識の片隅で、その男性ひとの名を何度も呟きながら、エルフェリスはついに深い闇の中へと突き落とされていった。


 辿り着くのは奈落か否か。銀に埋もれた輝石が人知れず、わずかな光を灯していた。



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