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† 残 †   作者: 月海
第五夜 存在理由
77/145

一人の夜に(2)


「じゃあ私が行ってくるよ」


 真っ直ぐ村の入り口を見据えたままエルフェリスがそう告げると、案の定ひどく驚いた顔をして彼女を注目する二人がいた。そしてすぐに何かを言いたげに口を開こうとするが、エルフェリスはそれを牽制する。


「私は人間だし、行動時間に制約ないし、人間の中に行くなら人間の方が良いでしょ?」

「ダメだ! どんな状態かも分からないのに一人で行かせられるわけないだろ! ハンターだっていきり立ってるかもしれないのに危険すぎる!」

「でもそれしかないよ。それにハンターは聖職者……特にヴァンパイアに対抗できる神聖魔法使いには絶対手を出したりしない。ロイズもルイも動けないなら私しかいないでしょ?」


 元から白い顔をさらに白くして、エルフェリスの提案に異議を唱えるロイズハルトに、エルフェリスは溜め息を吐きながら説得を繰り返した。


「私の村にはハンターはいっぱいいたし、顔見知りもいるかもしれないじゃない?」

「……だが……しかし!」

「心配ないって。もたもたしてたら二人とも灰になっちゃうんだから、ここは私に任せて言うこと聞きなって!」


 腑に落ちないと言いたげな目をしてエルフェリスを見つめるロイズハルトと、なぜか楽しそうに微笑んでいるルイを交互に見比べてから、エルフェリスは樹上ですくっと立ち上がった。


 どんなに反対されても、もう心は決まった。


 この状況で、斥候として動けるのはどう考えてもエルフェリスしかいないのだ。村内にハンターしかいないのならなおさら、ロイズハルトやルイをそのような中に不用意に放り込んで、自分は安全なところで待っているなんてことはできない。


 一人離れて行動するのは正直怖い。


 でも、よほど運が悪くない限り、聖職者である自分がハンターに殺されたりすることはないだろう。


 だから、ここから先は自分が切り開く。これ以上の無用な争いを避けるためにも。


「もし夜明けまでに戻れなかったら、さっきここに来る途中にあった廃屋の中にでも入って待ってて!」


 手早く用意を整えながら、なおも心配そうにエルフェリスを見つめる二人にそう告げると、少しだけ声を落としたロイズハルトがその重い口を開いた。


「……どうしても行く気か?」

「うん。大丈夫。私だって役に立ちたいから……。ヴィーダのために」


 だから行く。


 短くそれだけを告げると、ロイズハルトとルイの二人は改めて顔を見合わせた。


 ルイはともかく、ロイズハルトの方はいまだエルフェリスを偵察に遣ることを消化しきれないでいたものの、エルフェリスが一度こうと決めたら言うことを聞かない性格であるのは分かっていたため、溜め息はとめどなく溢れてきたものの認めざるを得なかった。


 そうしてヴィーダへと一人潜入することが決まったエルフェリスは、決意の変わらないうちに地上へと降ろしてもらうと、一度も振り返らずに村とは逆の方向へと足を踏み出そうとした。


 エルフェリスとてロイズハルトが納得していないことは、十分理解していた。理解しているからこそ、これ以上彼の顔を見たら決意が揺らいでしまうかもしれない。


 自分の身を案じてくれることは本当に嬉しかった。こんな不安定な場所に彼らを残していくことが心配だった。なによりもそれが怖かった。


 それでも、今は少しでも情報が欲しい。


 だからエルフェリスは、物言いたげなロイズハルトの顔を見ないように背を向けたまま歩き出した。しかし間髪入れずにルイの声がエルフェリスを留まらせる。


「お待ちなさい、エル」

「え?」


 何だろうと思って振り返ると、ルイもまたすっと一歩を踏み出して、そしてなぜかそっとエルフェリスの手を取った。


 何事だろうと思ってエルフェリスが内心狼狽していると、ルイは自身のポケットから何かを取り出して、それをエルフェリスに握らせた。それからエルフェリスの目をじっと見つめて、それからにっこりと微笑む。


「可愛らしいですね。赤くなってますよ」

「っ! う……うるさいなぁ!  ……てかこれ……なに?」


 ルイの一言に顔からぼっと火が出るのを感じたエルフェリスであったが、それをごまかすようにそそくさと手の中のものに目を落とすと、そこにはきらきらと光る銀のリングがひとつ転がっていた。凹凸のない滑らかな曲線を描く銀の中心には、大きく輝くピンクの石が埋め込まれている。


「?」


 こんな時に何で指輪を、と訝しむエルフェリスに、ルイは吹き出すように笑うと、その手で少し乱れた前髪を払い除けた。


「なるほど。なぜロイズたちが毎日楽しそうな顔しているのか解りました。あなたといたら確かに退屈しませんね。……と、それはさておき、その指輪はお守りです。それを嵌めていれば、私とロイズの状況も把握できますし、会話もできます。もちろん逆もまた然りです。ほら」


 ルイは簡潔にそう説明すると、自らの指に嵌めた同じ型の指輪をエルフェリスに見せた。彼の物には中心に黒い石が埋め込まれている。


 ふとロイズハルトに目を移せば、いつの間にやら彼もまた同じ指輪を嵌めていて、こちらには紫の石が輝いていた。


「みんな色違いのお揃いですよ。シードにしか伝わらない魔法の石で作った指輪です。これがあれば離れていてもひとまずは安心でしょう? あなた用にとこっそり作らせたのですが、早くも役に立ちそうで何よりです。大切にして下さいね」

「まあ……そういうことだから。……頼んだ、エル」


 ルイに続いてロイズハルトもまたエルフェリスに一歩近付いて、そしてゆっくりとそう言った。


「何かあったら指輪に念じれば居場所の特定も会話もできる。だがくれぐれも気を付けてくれよ? 何かあったらすぐ俺たちを呼べ。その気になればたとえ陽の中にあっても行動する術が無いわけじゃない。必ず助けに行くから。いいな?」


 逸らすことのない真っ直ぐな眼差しで、ロイズハルトがエルフェリスを見すえた。


 なぜだかよく分からないが、それだけで……。


 ロイズハルトが自分のことを気に掛けてくれているというだけで、どんな事でも頑張れる気がした。


「うん! ありがとう。じゃあ行ってきます」


 それでもなぜか複雑な顔をしているロイズハルトと、「お願いしますよ」と片手を上げるルイに背を向けて、今度こそエルフェリスは暗闇の中へと一人踏み入って行った。

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