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† 残 †   作者: 月海
第五夜 存在理由
75/145

ヴィーダの灯火(2)


 そこは小高い丘の上だった。


 あたり一面をぐるりと見渡すには都合良く、かといって周囲からこの場が丸見えなわけでもなく、適度に身を隠せる岩などもゴロゴロしており、身隠しや偵察などにはうってつけの場所と思えた。


 デマンドと呼ばれたハイブリッドの御者は先ほど、ロイズハルトの言い付けでこの場所を目的の地としたと言っていた。


 彼らは恐らく、人間の領域の隅々までを把握し、どこならより優位に立てる場所であるかを知り尽くした上で行動しているのだろう。


 そんなことを思いながらぐるりと辺りを見渡せば、少し離れた眼下にぼやーっと浮かび上がる幾つかの灯りが確認できた。


「ヴィーダだ」


 灯りを認めて動きを止めたエルフェリスの隣で、ロイズハルトがそっと呟く。


「……ヴィーダ……」


 そしてその名をエルフェリスはゆっくりと復唱した。


 言いようの無い空気が喉元を掠めていった。


 ヴィーダの名がこんなにも重く、そしてその地がこんなにも遠く感じる日が来るなんて思ってもみなかった。


 それにこの地がヴィーダと言う名で呼ばれることも、もう最後かもしれない。廃墟と化し、人の住まわなくなった土地は、しばらく悲劇の象徴として話題の中心となるだろう。けれどほんのわずかな月日を経れば、それはあっという間に忘れ去られて消えていく。


 キャンドルの灯のように。


 存在し続けなければ人の記憶には残らないことを、エルフェリスは誰よりも思い知っていた。


 そう思うと、心の中で例えようのない感情が湧き上がっては消えていく。


「……静かですね」


 それまでずっと口を噤んでいたルイがぽつっと呟いた言葉でさえ異様に響き渡るほど、辺りはしんと静まり返っていた。まるでこの地で異変など何も起こってはいないのだといいたげなほど静かに。


「休戦か……それとも手遅れだったのか。どちらにせよ早いところヴィーダに入ってしまおう。夜が明けたらますますヴァンパイア《我々》にとっては不利になる」


 眉間に深い皺を湛えたロイズハルトは、向かい立つエルフェリスとルイの顔を交互に見比べながらそう言うと、わずかな手荷物の中から漆黒のマントを取り出して、それをひらりと身に纏った。


 するとルイもまた同じマントに身を包む。


「やれやれ、面倒ですが仕方ありませんね。不穏の芽は早いところ摘み取ってしまいましょう。花開いてしまったら不愉快極まりないですからね」


 形を取り戻し始めた月を背に、ルイは大きく溜め息を吐くと、何を思ったか閉じた瞼の上にその両手を宛がった。そして小さな声で二言三言呪文のような言葉を呟く。


「?」


 こんな時に一体何をし始めたのだろうとエルフェリスが訝しげに首を傾げていると、ゆっくりと外されたルイの両手の奥から美しい二つの瞳が再び解き放たれた。


 けれどそこにあったのは、いつものルイのそれではない。


「どうしてっ?」


 驚いて口をぱくぱく開けているエルフェリスの様子に、ルイは悪戯に目を細めると「どうやら成功のようですね」と人の悪い笑みを浮かべた。


「せ……成功って……何それっ」


 よくよく見れば、いつの間にかその変化はロイズハルトにも現れている。


 これもまた彼らの有する魔力の成せる業なのだろうか。一瞬の後に彼らの瞳の色が、いつもとはまったく別の色へと変わっていたのだ。


 ロイズハルトの深いダークアメジストの瞳は鮮やかな緑に、ルイの黒曜石の瞳はわずかに茶色を帯びたオレンジに、それぞれ変化を遂げていた。そしてさらに両者とも、片目はハイブリッドのごとく真っ赤に染まっている。


「フェイクですよ。我々も容易に正体を見られるわけにはいかないのでね。ヴィーダに入る前にはフードにフェイスマスクも着用させていただきますよ。露出しているのはこの目だけですから、くれぐれもはぐれないようにして下さいね?」


 ヴィーダへの道を下りながらルイは軽やかに大地を蹴ると、まるで風になったかのようにあっという間に景色の中へと消えて行った。


「えっ! ちょ……ちょっと待って!」


 あまりの速さに、すでに取り残されたエルフェリスも何とか追い付こうと駆け出す。けれどすぐに後ろから手首を掴まれて、次の瞬間にはふわりと身体が宙に浮いていた。


「わわっ」


 突然視界いっぱいに広がる夜空。


 驚いて辺りを見回せば、息も触れそうなほどすぐ近くにロイズハルトの顔があった。


「わぁあっ」

「ちっ。ルイのやつ、何だかんだ言っても楽しんでるじゃないか。……つかまっていろ、エル。お前の足じゃ、ルイには到底追い付けない」


 驚き狼狽するエルフェリスをよそにロイズハルトはそう言うと、抱え上げたエルフェリスの身体をもう一度抱き直して、宙に投げ出したままの腕を彼の首にしっかりと回すよう指示を出した。


 もう何が起こっているのか解らないエルフェリスは、ただひたすらに頷いて彼の言う通りにする。


 それからちらりと彼を一瞥すると、ロイズハルトは一言「行くぞ」と呟いて、緑と赤の瞳を遥か彼方へと固定した。黒に染まった風景の中を疾風のごとく駆け抜けて行く。


 ヴィーダはすぐそこで、救いの手を待ち望んでいる。



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