ヴィーダの灯火(1)
ねえ、神様。
私はどうして生きているの?私はどうして生かされているの?
そんなセリフを夜な夜な神の前で呟いていた日々があった。
こんな世の中にあって、どうして人は生きているのだろう、どうして自分は生かされているのだろう。そう思って。
エリーゼがいなくなったことによって空いてしまった大きな心の穴を、神に祈り、神に問うことでなんとか埋めようともがいていたのかもしれない。そうすれば、たとえ一時でも寂しさや悲しみを紛らわせることができたから。
一向に答えのない一方的な問い掛け。
それでも私は何かに取り憑かれたかのように、ただひたすら神の御許に跪き続けた。いつの日か、その“答え”に辿り着けると信じて……。
がたんと身体が大きく揺さぶられたことに驚いて、固く瞑っていた目をぱっと開いた。けれど視界に映る世界はただただ暗いだけでよく見えない。
「……あれ?」
知らぬ間に寝入ってしまったようだった。重い目を何度か擦って脳の覚醒を待つ。
「……」
ああ、そうだった。
昨夜、ヴィーダ壊滅の一報を受けた後すぐに、エルフェリスはロイズハルトとルイと共に黒塗りの馬車に飛び乗って、ヴァンパイアの居城を後にしたのだった。
初めのうちはヴィーダに着いたらああしようこうしようと色々思案を巡らせていたが、やがて夜明けと共に会話も途切れ、次第に誰かの上げた寝息に連れるようにして、深くて浅い眠りに誘われてしまったらしい。
よく目を凝らせば向かいに座るロイズハルトとルイの姿がうっすらと見てとれた。
二人ともいまだ眠りから覚めていないのだろうか。規則正しく上下する肩が、わずかな視界の中で動いている。
とにかく今の時分を見極めようと車窓のカーテンを指先で捲れば、暗く闇に閉ざされた空間にかすかな光の差し込む様子が見て取れた。
ここも日中移動用にヴァンパイアたちが作ったといわれる暗道とやらなのだろうか。ということは、今は日の出ている時間帯なのかと一人頷いて、光の入らないうちに再びカーテンで小さな窓を閉ざした。
けれどエルフェリスの思いはいつまでも、カーテンの向こうに広がるであろう車窓に向けられる。
一体あとどれくらいでヴィーダの地に着くのか見当も付かないが、やはり行動するにも夜を待たねばなるまい。
自分一人ならばどうとでもなるが、ロイズハルトやルイに至ってはそういうわけにもいかないだろう。先を焦って、灰になられたりでもしたら取り返しがつかない。
エルフェリスはカーテンに閉ざされた車窓に再び視線を走らせると、いつもより少しだけ長い溜め息を漏らした。
ヴィーダは今、どうなっているのだろう。
気持ちだけがどんどん前へと逸っていくのに、それを遮るようなこの道のりが少々恨めしい。
けれどこの辺りで一度心を落ち着けた方が良さそうだと考えて、何度か息を大きく吸い込んだ。ヴィーダでは何が待ち受けているのか予想もできないのだから。
そうこうしているうちに時は経ち、先に目を覚ましたルイによって車内の燭台に明かりが灯された。見た目よりも広い車内を照らす柔らかな光は、戦場へと向かうエルフェリスたちを包み込むように暖かく揺れる。
誰も言葉を発しようとはしなかった。誰もが黙って俯いたまま、各々の思いに浸っているようだった。
けれど、そんな中でふとルイが口を開く。
「久しぶりですね……。こんな気持ちでどこかへ赴くのは……」
そう言って微笑んだルイはどこか悲しげで、ふっと吹き抜ける風にも消えてしまいそうな儚さを感じさせた。
なぜだかは分からない。分からないけれど、言いようのない雰囲気に居た堪れなくなってロイズハルトの方を横目で見やれば、彼もまたルイを一瞥したのみですぐに視線をどこかに逸らしてしまった。
たいしたやり取りでもないのに、こんなにも一瞬にしてこの場の空気を変えてしまったルイの言葉の意味を、エルフェリスはまだ知る由もなかった。
それからまもなくして、目的の地に辿り着いたのか、急に乗っていた馬車の速度が緩やかになった。そして完全に止まるのを待って、御者の男がドアを開ける。
「ロイズ様、仰せの場所に到着いたしましたが」
恭しく頭を下げたままロイズハルトに対してそう告げた男にエルフェリスは見覚えがあった。あの日、村を発ったあの夜に、エルフェリスとゲイル司祭を迎えに来たハイブリッドと同じ男だ。
あの夜と同じく黒いマントに黒のフードを被ってはいたが、その顔を上げた拍子にちらりと覗かせた赤い瞳と、そしてシードと並んでも何ら遜色のない美しい姿は、見る者を惹き付けてやまないだろう。
ふとした弾みで目が合う度に控えめに微笑むその男があまりにも美しくて、エルフェリスは幾度も目を逸らしてしまった。それを見た男は、いつもエルフェリスの視界の端で苦笑している。
そうこうしている内に、エルフェリスの前をするりとすり抜けたロイズハルトが先陣を切って外へと降り立った。
風に、ロイズハルトの髪が踊る。
周囲をゆっくり見回して、そしてそれから傍らに控える御者の男に目を向けたロイズハルトの顔は、いつになく真剣そのものだった。
「ご苦労だった、デマンド。ここから先は歩いて行くゆえ、お前はいつもの所で待機していてくれ。万が一の時はすぐに城へ戻るんだ。身の危険を感じた時もだ。いいな?」
「は。御意にございます」
デマンドと呼ばれたその男はロイズハルトに向かって再び一礼すると、エルフェリスとルイを馬車から降ろし、そしてそれから「お気をつけて」とだけ残して黒塗りの馬車とともに闇夜の彼方へと消えて行った。
吹き抜ける風は冷たく、この地に降り立ったエルフェリスたちを拒むかのごとく時おり激しく吹き荒れている。