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† 残 †   作者: 月海
第四夜 灰色の風
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影はいつでもすぐそこに(5)


「……司祭からの!」


 同時に驚いて目を見開いたままエルフェリスはすぐに手紙に手を伸ばすと、白い封筒から白い便箋を取り出して、ゆっくりと文面に目を這わせた。


 ――親愛なるロイズハルト様。


 そういう書き出しで綴られた手紙には相変わらずのうっとりするような綺麗な文字で、シードの近況を尋ねる内容や、独り居城に残してきたエルフェリスのことを心配する内容がつらつらと書かれていた。


 ああ、こんなにも自分のことを心配してくれる人がいたなんて……、と改めて感動を覚える反面、読み進めていくうちに手紙の内容は微妙な方向へと続いていく。


「……」


 エルフェリスの眉間に皺が寄り、次いで唇が尖り始める。


 ……司祭め、私が知らないと思って。


 恐らくはエルフェリスの目に触れることになろうとは微塵も思ってはいなかったのだろうが、やれエルは早とちりだの、向こう見ずだの、なんだのかんだの。読み進めるに連れて、さすがのエルフェリスもペコペコに凹むほど、そこには色々好き勝手書かれていた。


 くっそー。ひどいよ、こんな風に書かなくたって良いじゃんよ。しかもよりによってロイズハルトに書かなくたって良いじゃんよ。


 そんな風に思いながら密かに怒りに手を震わせていると、わずかに苦笑いのロイズハルトが「そこじゃない。その先だ」と続きを促してきた。


「先?」


 手紙の内容に完全にヘソを曲げたエルフェリスは、そう言ったロイズハルトに対しても口を尖らせて、ふてくされたように答えた。


 この手紙の先にこれ以上何が書いてあるんだ。さもそう言いたげに吐き捨てる。


 けれどもロイズハルトがわざわざ陰口の書かれたものを見せるわけもなく、一体何を私に見せたいのだろうと怪訝に思いながら、その先へと目を走らせた。


 その間もロイズハルトは何も言わず、ただエルフェリスを見つめている。


 何だろう。一体何の手紙なの?


 カチコチと時を刻む時計の音だけが、室内を支配していた。


「……」

「……」

「……」

「……」

「……!」


 複数枚に渡った内の三枚目に差し掛かったところで、エルフェリスは一度目を止めた。そして再び二枚目の終わりから読み直す。


「……なにこれ……。どういうこと……?」


 なおも先を読み進めながら、無意識にそう呟いていた。


 そして一通り読み終えた後に再び、今度は自発的にそう呟く。


 するとロイズハルトは腕組みをしたまま片手を顎に持っていくと、小さくむうと頷いて、ソファに身を沈めた。


「ハンターが単独でこの城を見つけることは不可能なはずだ。それなのにこれはどうしたことかと思ってね。彼らと接したことのあるエルなら或いは何か知っているのではと思って読んでもらったわけだが……やはり解らないか」


 じっとエルフェリスから目線を外すことなくロイズハルトはそう言うと、ゆっくりと息を吸って、それからそれを大きく吐き出した。


「解らない。だって村を出る何日か前に話した時は、デストロイはこの城がどこにあるのかすら見当も付かないってぼやいてた……! それなのにこんな数ヶ月で……どうしてだろう」


 どうしてだろう。ひどく心が動揺していた。


 いつの間に、この城での日常を心地良く感じるようになってしまったのだろう。この城での生活を、壊されたくないと感じるようになってしまったのだろう。初めはあんなに怖くて、無理やり強がってみせていたのに、いつの間にこんなにも慣れてしまったのだろう。


 そう思うほどに、エルフェリスはヴァンパイアという異形の中に溶け込んでしまっていた。


 けれど、だからこそ余計に、この司祭からの手紙を黙って見過ごすことなどできないのだ。


 デストロイが……ハンターのあの男が居城への手掛りを手に入れたと言って村を発ったというのだから、これは黙って見過ごすわけにはいかない。


「どうして……どういうことなの……?」


 回らない頭の中で何とか納得できる答えを探そうと、何度も何度も考えをめぐらせる。けれどもいくら考えようとも他人の、それも名を馳せたハンターの考えなど知り得るわけがなく、エルフェリスはどうしたものかと項垂れるしかなかった。


「どうするの? ロイズ……。これが本当だとしたら、デストロイはきっとここを突き止めるよ? そういう男だもん……そういう男だよ」


 勝気に笑うデストロイの姿を思い浮かべながら、エルフェリスは呆然と呟いた。


 自分たち人間でさえ、彼の功績には恐怖すら感じていた。それも一度や二度のことじゃない。


 "ハンティング"に出掛ける度におびただしい量の返り血を浴びて帰ってくるあの男の姿に、誰もが戦慄を覚えたことだろう。洗い流せばすぐに落ちる血も残像として残るほどに、真っ赤に染まったデストロイの身体はことあるごとにあの時の戦慄を呼び覚ます。


 この居城の場所が公になってしまったら、デストロイはおろか他のハンターたちも一斉に雪崩れ込んで来るだろう。そんな事態になってしまっては……。


 その先のことは想像するだけで心臓が抉られるようだ。


「どうするか……か」


 しばしの静寂を経て、長い溜め息と共にロイズハルトが吐き出した言葉は、思いのほか明るく響いて消えていった。


「その時はもちろん迎え撃つまでさ。理由無く刃を向けられては、こちらとしても黙っているわけにはいかないだろう?」


 そしてふっとその顔に浮かべる笑み。


 それをどこか客観的に見つめながらも、それでも心に迫る危機感は拭えない。


「……そうだけど……それしか方法は無いの?」


「まあ、今までのことを考えれば無いだろうな。ハンターには盟約も何も通用しない。ハンターたちも言ってみればヘヴンリー率いる急進派と同じようなものだからな」


 こんな時に冗談を交えて笑うロイズハルトを見ると、今のところはそんなに差し迫った状況ではないのだろう。


 けれどエルフェリスはデストロイという男のことをよく知っているだけに、胸騒ぎがしてならない。大丈夫、で終わらせられるものならば、こんなに体が震えたりしない。こんなに……不安になったりしない。


「で、エル。どうする?」

「え?」


 唐突にロイズハルトから切り出された問い掛けに、エルフェリスははっと顔を上げた。


 どうする?


「……何が?」


 真意が分からずに、エルフェリスは目を丸くしたまま首を傾げた。すると真っ直ぐこちらを見据えるロイズハルトの視線とエルフェリスの視線が交差する。


 ずくんと一回、鼓動した。


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