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† 残 †   作者: 月海
第四夜 灰色の風
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雨の夜の再会(5)


 明るく弾むその声に、エルフェリスもデューンヴァイスもすぐさまはっとして反論する。


「兄妹じゃなくて恋人の間違いだろ」とデューンヴァイスが言うと、エルフェリスは大慌てでそれを否定し、代わりに「私はこんなに色白じゃないし!」と叫べば、デューンヴァイスからは無言の鉄拳が飛んできた。


 再び変わったその場の空気に安堵したのもつかの間。すぐにまた会話が途切れる。


「……」


 外で降り続く雨がいっそう強まったのだろうか。まるで地上に叩き付けるように落ちてくる雨音が、城内にあっても響いてくる。


 その音を聞きながら、全員が全員、誰かが口を開くのをじっと待った。


 ざあざあと、雨が降り注ぐ。


「……エル。……話があるんだ」


 しばらくの沈黙の後、静かな声でそう呟いたのはロイズハルトだった。


 雨に掻き消されてしまうのではないかと思うほどに、小さく囁かれたロイズハルトの声。


 けれど、彼のすぐ隣にいたエルフェリスには確かに、その声が聞こえたはずだった。


 間違いなく。聞こえていたはずだったのに。


 ――それよりも先に、彼女は見つけてしまった。


 一瞬だけ回廊の向こうに姿を現した一人の女性の姿を。


「――ッ!」


 たったその瞬間だけで、体中の血液が物凄い勢いで逆流を始めたかのような感覚に襲われた。


 急に速度を速めた鼓動は呼吸を乱し、言葉を失くした口からは声にならない声がぱくぱくと零れ落ちていった。


 そして次の瞬間。エルフェリスは無意識に走り出していた。


「エルっ?」


 背後から二つの声がエルフェリスの名を呼んでいる。


 けれどもその声はもはやエルフェリスの耳には届いていなかった。


 ただただ、回廊の向こうに消えた影だけを追っていたエルフェリスには、何も聞こえず、何も見えなかった。


 だって見てしまった。


 ずっと捜し続けていたあの姿を……。


 たった一瞬のことであろうとも、見間違えるはずはなかった。


 目に強烈に焼き付いた残像を。見間違えるはずはなかった。


「……エリーゼ……。……エリーゼッ!」


 大好きだったその女性ひとの名を、気付けば叫んでいた。


 その声に、はるか前方を歩いていた女性が振り返る。速度を上げて駆け寄るエルフェリスのことを、女性は不思議そうな顔をして見つめていた。


 彼女に一歩一歩近付くにつれて、エルフェリスの心臓がどくんどくんと暴走を始める。


 女性までの距離が、やたら長く感じられた。


 こうやって全力で駆けていても、足の震えが手に取るように分かる。少しでも力を抜いたら、そのまま崩れ落ちてしまいそうだった。


 けれども。それでも。


 身体が勝手に前へと進もうとする。彼女の元へと、行こうとする。


 白いローブを翻して。クリスタルの十字架を跳ね上げて。


 速度を落とすことなく女性の元へと辿り着いた頃には、エルフェリスの息はすっかり上がっていた。ぜいぜいと、自分でも情けなくなるほどに肩で息をする。


 呼び止めておきながら呼吸もなかなか整えられないことが歯痒くて、エルフェリスは思わず俯いた。


 その間も、女性の瞳はエルフェリスに向けられていた。


 一旦外した視線を元に戻すことがひどく怖い。


 彼女が自分をどのように見ているのかが怖くて、彼女が本当に姉なのかと思うと不安で、じっと冷たい床を見つめたまま、エルフェリスはしばらく途方に暮れた。


 するとふいに、目の前にすっと細い手が差し出された。


 その細い指に、はっとして顔を上げると、そこにはやわらかく微笑んでエルフェリスを見つめる女性の顔があった。


 けれども……彼女の口から出た言葉に、エルフェリスはすぐに落胆することになる。


「私を呼んだのはあなたですか? ……失礼ですがどなたかしら?」


 掛けられた言葉は他人行儀なものでも、その声は確かにエルフェリスの姉エリーゼのものであった。


 その顔も、その姿も、あの日のまま止まっているが、間違いなくエリーゼだと思った。


 けれどエルフェリスに向けられた言葉は、それをすべて否定するかのような残酷な現実。


 エルフェリスのことを知らないと、覚えていないと言われたも同然であった。


「あの……えっと……、……私……」


 とっさに引き留めたは良かったが、いざ面と向かうと何を言って良いのやら分からなくなる。


 ましてや誰なのかと問われた後だ。余計に思考が絡まって動かない。


 何から話そうかとしどろもどろになっていると、女性はふいににっこり笑ってエルフェリスの胸元に手を伸ばした。


 そして言った。


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