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† 残 †   作者: 月海
第四夜 灰色の風
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雨の夜の再会(3)


 それから再び大きく息を吐く。それすらもエルフェリスの恐怖を煽るには十分だった。


 デューンヴァイスの顔がこちらにゆっくりと向けられる。


 身体が一瞬、最高に強張った。けれど。


「お前誰かに何か吹き込まれただろ? もしかして……ヘヴンリーか?」


 その手で弄んでいたグラスの中身を一気にあおってから、デューンヴァイスは至極優しい声でそう尋ねる。


 それでもエルフェリスはじっと俯き固まったまま、爪先を睨み付けて無言を貫き通した。安易に頷いて、デューンヴァイスが豹変したりしないかと、どこかで勘繰っていたのだろう。


 強情に口を噤むエルフェリスに対して、隣から聞こえてくるのはやはり溜め息ばかり。


 だが長い沈黙の中、ふいに様子が気になってちらりとデューンヴァイスの顔を盗み見すれば、彼もまた横目でエルフェリスを窺っていた。図らずも視線が交差する。


 するとふっとデューンヴァイスの口元から笑みが零れた。


 そしてゆっくりと伸ばされた手が、わしわしとエルフェリスの頭を撫で回す。


 そしてまた溜め息。


「もしかして、あんなん見ちまったから殺されるとでも思ったのか?」


 呆れ顔で笑うデューンヴァイスの様子を一瞥した後、エルフェリスはようやく口を開く気になって、素直にこくりと頷いた。


「……思った」


 そして短くそれだけを告げる。


 するとデューンヴァイスは突然白い顔を真っ赤に紅潮させるとげらげら笑い出し、またエルフェリスの髪をがしがし掻き乱した。


「はは。だから俺はお前が好きなんだよ、エル。いやー、マジ可愛いなお前。サイコー!」


 屈託のない笑顔と言葉を向けられて、少しだけ肩の力が抜けていくのを感じた。


 けれどすぐに彼のセリフの意味を理解して、顔がカッと熱くなる。


「や……何言ってんのよデューン! からかわないでよねッ」


 楽しそうに腹を抱えて笑い続けるデューンヴァイスを睨み付けながら、エルフェリスはぷいっとそっぽを向いた。しかしその行動すらもデューンヴァイスの爆笑をさらに誘うだけの結果となる。


 何を言っても、何をやっても、デューンヴァイスはげらげらと笑い続けるだけだった。


 そんな状況に少しだけ苛立ちを覚え始めた頃、ようやく笑いの収まったデューンヴァイスが指先で目元を拭いながら、エルフェリスの肩に手を掛けてきた。そして言う。


「はは、悪い悪い。でも俺はそんなエルが好きなんだよ。言っとくけどからかってなんかないからな!」


 エルフェリスの視線と同じ高さにあるデューンヴァイスの輝く瞳が三日月のように細められたかと思うと、また開かれる。


 セピアゴールドの双眸には、確かにエルフェリスの姿が映っていた。


 な……何言ってんだろ……ホントに。


「こっち見ないでよ……」


 そんな真面目な顔をして私を見ないで。


 そう思いながら、しばしデューンヴァイスから視線を外した。そうでもしないととてもじゃないが心臓がもたない。


 普段は調子の良い表情しか見せないくせに、こんなに人気の無い所でそんなに真面目な顔をされたら、嫌でも鼓動してしまう。


 それをデューンヴァイスに悟られてしまうことが、ひどく悔しかった。彼のペースに乗せられて行くようで。彼の悪戯に翻弄されてしまっているようで。


 だからエルフェリスはデューンヴァイスを視界に入れないように、意識して目を逸らしていた。


 それなのに。


「エール。こっち向けって」


 突然顎に手を掛けられて、強引に顔をデューンヴァイスの方に向かされる。


 そこにあったのは、優しく、そして妖艶に微笑む男の顔。


 その表情をちらりと一瞥して、エルフェリスは再び彼から目線を逸らした。


 いつものデューンヴァイスからは想像できない顔をしていた。


 何だろう、これ……。

 何でそんな顔するの。

 そんな顔して、私を見ないで。


「うはは、意識してんの? エル?」


 意地悪く声を弾ませてにやりと笑うデューンヴァイスが視界の端に入ったが、それでもエルフェリスはきつく唇を噛み締めて、彼のかけてくる揺さぶりに応えないよう必死に目を逸らした。


 その目に囚われたらきっと、色んな意味でパニックになる。というか、今の時点でもうすでに半分パニックに陥っているようなものだ。自分が今どのような顔をしているのかも、まったく見当も付かない。


「……離してよ」

「ダーメ」

「蹴るよ」

「いーよ?」


 今のエルフェリスにそんな勢いがないことを分かっているのだろうか、デューンヴァイスは余裕たっぷりでそう切り返してくる。


 この状況。この雰囲気。


 何か……冗談抜きでヤバくない?


 ここまで来てから危機感を感じてもすでに遅い気がするのだが、とにかくやばい。色々やばい。


 心臓も時を経るごとに激しく速く血液を送り出す。


 どうしよう。

 どうしよう。

 こんなところを誰かに見られたりしたら……。

 ついでに変な誤解でもされたら……。


 そう思った瞬間に、逸らしていた視線の先に人の影が映る。


 ヤバイヤバイと思っていた矢先ゆえに、エルフェリスの脳内は完全なパニックに陥った。


「ちょっと……離してってばっ! コラッ」


 デューンヴァイスの大きな手をむんずと掴んでなんとか引き剥がそうとしても、所詮男の力には敵わない。


 そんなことは百も承知だったが、なんとかこの場は退いてもらわねばならなかった。


 なぜならやって来たのはロイズハルトだったから。


 元々焦っていたところに、さらに焦りが増していく。


「もー! ホント離れて、お願いだからっ」


 ぐいっとありったけの力を込めて押し返しても、デューンヴァイスの体はぴくりとも動かない。それどころか徐々に引き寄せられている気さえする。


 この野郎と思ってちらりとデューンヴァイスを見上げると、彼もまたやって来るロイズハルトに気付いたのか、そちらを横目で見ながらくくっと小さな笑みを漏らしていた。


 そしていつの間にかぐっと寄せたエルフェリスの耳元でくすくすと囁く。


「なーに? エル。ロイズが来たからそんなに抵抗してんの? 俺だけ見てりゃいいのに」


 くすくすと、デューンヴァイスの笑い声だけが耳に残る。


 一瞬、正直動揺した。図星を指されたような、心臓を貫かれるような……デューンヴァイスの言葉に。


 けれどすぐに我に返ると、エルフェリスは引き寄せられたデューンヴァイスの腕の中で、なにかを掻き消すようにいっそうもがいた。


「違うよバカ! てか離せってばッ」


 力に加えて、口でもさらなる反撃を試みるエルフェリスに、デューンヴァイスはおもしろくなさそうな顔をして軽く舌打ちすると、再び耳元に唇を寄せる。


「そーゆーこと言うなら塞ぐぞ、その口」

「うわぁあ……ぁぁ」


 セリフもセリフだったが、同時に耳元にふっと息を吹き掛けられて、エルフェリスは堪らず変な声を上げてしまった。


 それが妙に気恥ずかしく慌てて口を押さえるエルフェリスを尻目に、デューンヴァイスはくすくすと肩を揺らす。


 絶対遊ばれてる!くやしーーッ!


 デューンヴァイスの腕の中、憤怒の表情で行き場のない怒りを爆発させるエルフェリスであったが、そんなことをしているうちに気が付けば、呆れ顔のロイズハルトが傍らに立っていた。


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