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† 残 †   作者: 月海
第四夜 灰色の風
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雨の夜の再会(2)

第五夜 存在理由


 城の最上部と一般居住区を繋ぐ大きな扉をゆっくりと押し開けて、階下への階段を一段一段足音を響かせながら下りる。


 緩やかな螺旋を描くその階段は、下りても下りても永遠に続くかのような錯覚を生み出した。


 薄暗い城内を照らすのは、淡い淡い蝋燭の光。


 神々しささえ感じる光に包まれて、エルフェリスはゆっくりと、暖色に染まる白のローブを翻しながら足を進めた。


「エールちゃん」


 半ばほどまで下りた頃、ふいに背後から声を掛けられた。驚いたエルフェリスがとっさに振り返ると、素早くその手を取ってにんまり笑うデューンヴァイスがそこにいた。


「あ、……デューン……」


 昨夜の事を思い出してやや気まずさを感じ、どこかぎこちなさを残すエルフェリスをよそに、デューンヴァイスは「へぇ」と溜め息を吐きながら、エルフェリスのつま先から頭の天辺までを順に目で追っている。


「……な……なに?」


 その行動を怪訝に思って、エルフェリスは思わずどこか変なところでもあったのだろうかとデューンヴァイスに問い掛けた。けれどやはり昨夜の事もあってか、他愛のない会話ですら妙に緊張する。


 しかしそんなエルフェリスの心中など知らないデューンヴァイスは、空いているもう片方の手を顎に当てると、いつものようににやりと笑った。


「それって……神官のローブ?」

「え? そうだけど……?」

「ふーん」

「……な……なによ……」


 エルフェリスの手をしっかり握ったままずいっと身を寄せてくるデューンヴァイスに、エルフェリスは少しだけ後退りしながら引き攣った笑顔で牽制した。


 しかしそんなことはお構いなし。


 手をぐいっと引かれて、次の瞬間エルフェリスの体はデューンヴァイスの腕の中にすっぽりと納まっていた。


 しかしとっさに何が起こったのかエルフェリスは理解できず、しばらくの間ぽけっと目を瞬かせたまま絶句していた。


 誰もいない螺旋の階段。デューンヴァイスに抱き締められている。


 突然のことに、思考が全然追いつかない。


「えっと……あの……」


 普段だったら確実に張り倒しているところだろうが、エルフェリスはなぜか戸惑っていた。デューンヴァイスの抱擁があまりにも優しかったから。


 こんな風に抱き締められたことなど、今まで生きてきた中であっただろうか。ゲイル司祭でさえも、こんな風に抱き締めてくれたことがあっただろうか。


 そう思うくらいに。


「……デューン?」


 一度だけその名前を呼ぶと、デューンヴァイスの腕に少しだけ力が篭る。


「可愛いな……エル……」


 そして小さく呟いた言葉が、エルフェリスの上に星屑のように降り注いだ。


 思いもよらぬセリフに狼狽したままデューンヴァイスの胸で赤面するエルフェリスをよそに、デューンヴァイスはぱっとエルフェリスの顔を覗き込むと一言。


「結婚すっか!」


 と満面の笑みでそう言った。


「……は?」


 目の前にはデューンヴァイスの笑顔。


 けれどエルフェリスの頭の中はたくさんの疑問符で埋め尽くされていくばかり。デューンヴァイスがこの後、階段を転げ落ちていったのは言うまでもない。





 それからしばらくして。


「いてー……」


 頬に赤いカエデの葉にも似た烙印を押されたデューンヴァイスとともにハイブリッドヴァンパイアやドールで賑わうロビーまで下りたエルフェリスは、その一角に置かれたソファを陣取ってひたすら熱い紅茶を啜っていた。


「デューンのバカッ! サイッテー!」


 グビグビと一杯飲み干すごとにそう吐き捨てては、ポットを乱暴に握り締め再びカップに注いで飲み干す。


 その後ろではデューンヴァイスが赤く腫れた頬をタオルで冷やしつつも、必死になってエルフェリスの機嫌を取っていた。


「エールー。そんな怒んなよ。あまりにもエルが可愛いからつい、さ! な、エルちゃん機嫌直して?」


 さっきからこんなセリフの繰り返し。


 その度にデューンヴァイスの頬の烙印が不自然に形を崩すのを横目に、エルフェリスの頬はどんどん膨れていくようだった。


 そんな風に笑ったって、どんなに魅力的な言葉を掛けられたって、……許してなんかやらない。


「つい、であんなこと言うなバカーッ! 大体さ! 朝あんな事があったばっかなのにどうしてそんなに普通なの? 私は眠れないくらい怖くて慌てたってのにさ!」


 まったくどうなってるんだか本当に混乱する、とエルフェリスはますます腹を立てる一方だった。


 やっぱりヴァンパイアの考える事なんて人間には理解できない。そんな風に思ってしまったエルフェリスの口からは、怒りに任せて今朝の出来事が本音として零れ落ちてしまった。


 はっとして口を噤むも時すでに遅し。


 ヤバイと思った時にはもう、その目に不穏な色を湛えるデューンヴァイスによって手首を拘束されていた。


 さっと血の気の引く感覚に、身体が小刻みに震え出す。


 けれど奥歯にぐっと力を込めると、ここで尻込みしたら敗けだ、あくまでも強気を保つのだと自分に言い聞かせた。


 散々言いたいことを言うだけ言って、その挙句に口が滑って窮地に陥っているだなんてかっこ悪すぎて情けない。


 けれど、今エルフェリスに向けられているデューンヴァイスの視線も、手首を握り締めるその力の強さも、エルフェリスの自我を崩すには十分なくらいに怖くて、脅威でしかなかった。


 努力も空しく、瞳に涙が滲む。


 そんなエルフェリスの姿を誰かに見られてはまずいとでも思ったのだろうか。デューンヴァイスはさりげなく周囲からエルフェリスを隠すように立ち位置を変えると、エルフェリスの身体を抱き寄せて、そして耳元で囁いた。


「怯えなくていいから……ちょっと来い。エル」


 そしてそのまま強引に人気の無い所まで連れ出される。


 途中デューンヴァイスはすれ違ったハイブリッドの一人に命じて、何やら液体の入ったグラスを二つ持って来させると、それを片手で器用に受け取った。


 そしてそのまま隅の方にポツンと置かれたソファのところまで歩くと、エルフェリスにグラスの一つを手渡して「とりあえずそれ飲んで落ち着け」と言いながら、そこへ座るよう命じた。


 言われるままおずおずと従うエルフェリスではあったが、完全に警戒モードに入ってしまった状態ではどうしてもそれを口にする気にはなれず、グラスの中でゆらゆらと揺れる淡色の液体をただただじっと見つめていた。


 それを見下ろすデューンヴァイスからは、大きな溜め息が漏れてくる。


「はー。……参ったな……」


 そしてそれだけを呟くと、デューンヴァイスもまたエルフェリスの隣にどっかりと腰を下ろして、そして大きな片手でその顔を覆った。

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