表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
† 残 †   作者: 月海
第三夜 偽りのドール
50/145

断罪の日(4)


***



 それから数日後、完治とまではいかずとも、何とか自由に動き回れるほどにまで回復したエルフェリスは、足慣らしをしようと庭園に下りてみることにした。それも太陽降り注ぐ昼日中に。


 伴う者は誰もいない。エルフェリスだけが唯一出歩ける時間。誰にも邪魔されることなくゆっくりと英気を養えるというものだ。


 しかし、それ以外にも目的があった。


 確かカルディナは地下牢獄にいるとロイズハルトは言っていた。


 静養にあてていた期間をただむだに過ごしていたわけではない。頻繁に部屋を訪ねてくるデューンヴァイスやレイフィールに、それとなく牢獄の位置を聞いたりして、いつか一人でその元へ乗り込んでやろうと目論んでいたのだ。


 聞くところによれば、ロイズハルトとの血の契約を破棄されたカルディナは、日に日に老い衰えているらしい。契約によって成長を止められていた体が、契約破棄と同時に大きな反動をもたらしているのだろうともっぱらの噂だった。


 一度そうなってしまえば、再び契約を結ぶなり、ハイブリッドになるなりしない限り、その者の体は長くはもたない。急激に加速する体の変化に魂がついていけなくなるらしいのだ。


 ということは、彼女に残された時間はあとわずかであることは想像に難くなかった。何としてもその前に事の真相と、そして彼女に手を貸した死霊使いのことを聞き出さねばなるまい。


 だからエルフェリスはあえて皆が寝静まっているこの昼間を選んだ。


 邪魔する者のいない二人きりの方が、あるいはカルディナの本音を引きずり出せるかもしれない。


 すっかり弱ってしまった足に鞭打って、教えてもらった地下への扉を開け放った。その瞬間、体に纏わり付くような冷気が足元から吹き抜けていく。こにはやはり地上とは違う薄気味悪さがあった。


「……大丈夫……大丈夫」


 自分にそう言い聞かせながら、狭くて冷たい階段を下へ下へと下りて行った。


 ほんのわずかな足音さえ、この空間にあっては大きく響く。加えてこの雰囲気。いかにも何か“出そう”だ。


 「……」


 足が震えるのは、決して弱っているからではなかった。はっきり言って暗闇は苦手だ。視界からことごとく色を奪ってしまうから。


 けれどカルディナへの確たる思いが、エルフェリスの足を前へ前へと突き動かした。


 やがて最下層に辿り着いたのか階段は途絶え、代わりに微かな灯りに照らされた一本道が奥の方へと伸びていた。


「ここか……」


 最下層の一番奥。


 そこにカルディナは幽閉されているのだとデューンヴァイスやレイフィールは言っていた。


 エルフェリスがそこへ出向くことは薄々感付いていたようだが、二人は特に引き留めるようなことはしなかった。エルフェリスの気の済むようにすれば良いと考えてくれていたのだろう。


 かつんかつんと足音が、静寂と闇に包まれた回廊に木霊する。けれど進むにつれて、それ以外の何かが混じるようになった。


 胸を潰されるような、からからの嘆き声……。


 長い回廊の終わりを知らせる黒い壁が目に入ると、エルフェリスはいっそう気を引き締めて、それから意を決してその声が発せられる牢の中を覗き込んだ。


「……カルディナ……?」


 そしてそっとその名を呼ぶ。


 返事は無かった。


 てっきり自分の姿を見て掴みかかって来るとばかり思って内心身構えていたエルフェリスは、反応を見せない声の主を訝しんで、回廊を照らす小さな松明を手にとってさらに奥を覗いた。揺らめく炎に照らされて、隅の方で小さくうずくまる人の影が目に入る。


 エルフェリスや灯りに顔を背けて、どんなに問い掛けても影はぴくりとも動こうとしない。


 しかしながらずっと、闇の中に隠れるように影は嗚咽を漏らし続けた。


 エルフェリスはしばらく彼女が泣き止むのをじっと待っていたが、どうやらそれは長期戦となりそうだった。


「……カルディナ。あなたカルディナでしょ? そのままでいいから、私の質問に答えて」


 だからさっさと根競べを放棄して、エルフェリスは再度カルディナに問い掛けた。


 いくら泣いたって、優しくなどしてやらない。彼女の今の状態を、気の毒だなどと思ったりもしない。この状況を招いたのは他でもない、彼女自身なのだから。


 だからエルフェリスは毅然とした態度でなおも続けた。


「黙り通すならそれでもいいよ。でも聞いて。どうしてあんな事したのか知りたいの。私もリーディアも、あそこまでされるような事をした覚えはないわ。それともロイズの名を騙って私たちを殺すことで……ロイズを陥れたかったの?」

「違うっ!」


 それまで聞く耳を持たなかったカルディナが、そこで初めて反応を示した。こちらの動きを静止させるほどの絶叫を伴って。


 そして揺らめく松明は、牢の奥からこちらを睨み付ける女の姿を照らし出した。


 その姿にエルフェリスは驚愕し、思わず後ずさると息を呑む。血色も良く、張りのあった肌はしわしわに衰え、綺麗な光沢を放っていた髪の毛は、艶のない白髪と化している。


 衣服だけは連行された時のままなのか、きらめく宝石の散りばめられた豪華な赤いドレスであったが、それがまた今エルフェリスの前にいるカルディナの現状をより鮮明に映し出しているかのようだった。


「……」


 本当にこれがあのカルディナなのかとにわかには信じられなかった。


 けれど痩せ衰えても目に宿る輝きだけは、異様なほどの圧力を感じさせる。ありったけの憎しみを込めた目でカルディナはエルフェリスを睨み付けると、その歯を剥き出しにした。


「私がロイズ様を陥れるなど……冗談でも言わないでちょうだいっ! 私はただ……目障りなあんたとリーディアを消したかっただけ……ロイズ様は関係ないわ!」


 カルディナはそう言うとゆらりと立ち上がり、エルフェリスに飛び掛かるような勢いで冷たい鉄の格子に手を掛けた。獣のような咆哮を上げながら、何度も格子を揺さぶる。


 もとよりエルフェリスとてカルディナがロイズハルトを貶めるなど有り得ないと判っている。


 挑発して、誘導しただけだ。


 そこにエルフェリスの本意は無い。


 カルディナが激高すればするほどに、エルフェリスは優位に立てる自信があった。


「ならどうしてロイズの名を使ったの? アルーンやイクティをも犠牲にして……ロイズが疑われるとは思わなかったの?」

「思ったわ! 思ったけど……あの男がそうしろと言うから……」

「あの男?」


 エルフェリスの声が聞こえなかったのか、カルディナはなおも独り言を呟くかのように続ける。


「ロイズ様の名を騙ったとしても、あんたたち二人を消してしまえば問題ないと言われたわ。アルーンとイクティも……ロイズ様を誘惑した罪よ。あの方は私のものなのに! いい気味!」

「……たったそれだけの理由で……あの二人を……?」


 エルフェリスの脳裏に、あの夜見た二人のドールの姿が蘇る。


 ひるがえるドレスに包まれた剥き出しの骨、血肉。二人とも、人としての最期を迎えることができなかった。人であるのに、人で在らざるモノに変えられた。カルディナの狂気と、死霊使いの呪いによって。


 たとえどのような反応を示されたとしても、冷静さは失うまいと心に誓っていたのに、その誓いが早くも崩れ去りそうで、エルフェリスは震える両の拳を懸命に握り締めた。


「たったそれだけで……あんな死に方しなきゃいけなかったの? あんたは間違ってるよ!」

「間違ってない!」

「間違ってるっ」


 冷たく静まり返った回廊に、二人の女の怒声が響いては消えていった。


 エルフェリスは一度、心を落ち着けるために深呼吸をした。


 怒りは次から次へとマグマが煮え滾るようにふつふつと溢れ出す。けれどエルフェリスは目を閉じて、なんとかその怒りをやり過ごした。


 だが。間違っていないだと?


 軽々しく人の命を奪っておいて、間違っていないだなんて言わせない。せめてこの罪は、罪としてカルディナに認識させてやる。


 エルフェリスは腹に力を入れて、今にも震えそうな声を懸命に絞り出した。


「あんたは……自分の意思でこの計画を企んだの? 私とリーディアを殺すためだけに?」

「……私は……」

「どうなのよ。死霊使いの男にそそのかされたの? あんたがそそのかしたの?」


 今にも爆発しそうな感情を無理やり押し込めて、エルフェリスは目の前の老いた女を睨み付けた。唇をぎっちりと噛み締めながら。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ