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† 残 †   作者: 月海
第三夜 偽りのドール
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断罪の日(1)


「カルディナはドールとしての行動を見誤った。速やかに血の契約を破棄し、処分決定までの間、地下牢獄に幽閉とする」

「そんな……嫌です! ロイズ様……ロイズ様!」

「私の客人がそれほどまでに気に入らなかったのか? しかし、一介のドールに過ぎないお前に、私の大切な客人を陥れようなどという過ぎた真似は、有るまじき行為だったな。それがどういう事か、お前には分からないようだ」

「……違います……違います! そんなつもりは……!」

「問答無用だ。もはやお前に用は無い。連れて行け」

「嫌……嫌ですッ! ロイズ様ぁぁぁぁッ」





 女の叫び声が聞こえた。

 泣いているの?

 嘆いているの?

 どうしてそんなに痛々しい声で泣くの?

 泣かないで。

 私が助けてあげるから……。





 ぼんやりと霞みがかった瞳が、何かを映していた。


 広がる白い布の先に、アンティークの花瓶。そこに活けてあるのは……白い薔薇。


 確かめるように一度、ゆっくりと瞬きをした。それによって、ぼやけていた視界が次第に形を取り戻していく。


 ああやっぱり。白い薔薇だ。


 レイフィールの大好きな、白くて美しい薔薇の花……。


「……バラ?」


 自分の置かれている状況がまったく分からず、エルフェリスは大声を上げて飛び起きた。その瞬間、エルフェリスの腰に激痛が走る。


「痛った……」


 無意識にそこに手を当てて、視線を自らの身体に落としてみると、体の至るところに白い包帯が幾重にも巻かれていることに気が付いた。


「いてて……って、あれ?」


 そこで初めて自分が今どこか部屋の中にいるのだと悟った。だがエルフェリスはなおもぽかんと口を開けたまま、きょろきょろと周囲を何度も見回した。


 知らない部屋だった。知らない部屋の大きなベッドの中。そういえば、着ている物もいつの間にか白地の夜着に変わっている。


「んん?」


 何がどうなっているのか、全然分からなかった。


 なぜなら思い出せる限りでの一番最近の記憶は、あの闇深い森の中でアンデッドたちに囲まれた辺りで途切れていたからだ。


 ロイズハルトとデューンヴァイスが来て……乱戦になって……。


 それで終わり。


 そこからどうなって、今こうなっているのか。いくら考えてもエルフェリスには思い出せない。


 ともかくここがどこなのか確かめるのが先決だと、痛む身体を引きずってカーテンの前に立つと、おもむろにそれを力一杯引いてみた。暗闇に慣れた目が、やわらかく輝く乳白の光に反応する。


 眼下に広がる景色は、もうすでに見慣れた居城からの眺めと何ら変わりはなかった。


 なぜかすごくほっとした。ほっとしたけれど……。


「月が……あんなに?」


 瞳いっぱいに映る月の姿に、エルフェリスは驚愕の色を隠せないでいた。


 あの夜は確かに新月だったはずだ。それなのに今、夜の世界を照らしている月はすでに半分ほど姿を取り戻した状態にあった。


「……どういう……こと?」


 考えれば考えるほどに混乱していくエルフェリスは、腰の痛みも忘れるほどに、煌々と輝く月に見入っていた。だから声を掛けられるまで、同じ室内に人がいたことにすら気が付かなかった。


 窓辺で月を見上げたまま微動だにしないエルフェリスを、その者はしばし楽し気に見つめていたが、このまま向こうが気付くまで無言で立っているのも紳士的ではない。


 そう考えて、しかし少しだけ湧き出た悪戯心を口の端に湛えながら、その者は音もなくエルフェリスのすぐ後ろまで距離を縮めると、直接耳元へ囁くように言った。


「ようやく目覚めたか。傷の具合はどうだ?」

「わぁ!」


 突然背後から声を掛けられて、誰の目にも分かるほどエルフェリスの体が飛び上がった。その様子を見て、してやったりと笑い声を上げた男をエルフェリスはばつの悪い顔で振り返った。


 だがすぐにはっと息を呑み、そして呟く。


「……ロイズ……」


 普段とはまた違った感じのロイズハルトがそこにいた。身なりも雰囲気も良い意味でルーズで、エルフェリスの反応を見て楽しそうに笑っている姿は、少しだけ幼い印象を受ける。


「久しぶりすぎて、俺の顔忘れたのか?」


 くしゃっと表情を崩してさらに一歩歩み寄るロイズハルトを、エルフェリスはどこかぽけーっと無言で見つめていた。


 そんなエルフェリスの様子に苦笑しながらも、ロイズハルトはエルフェリスの目の前で立ち止まると、おもむろに手を伸ばし、その大きな手でしばらくエルフェリスの寝乱れた髪を弄んだ。そしてそのまま一気にエルフェリスの身体を抱き上げる。


「ちょ……っ! ロイズ?」


 突然のロイズハルトの行動に動揺して、エルフェリスがわけも分からないまま目を白黒させていると、またもやロイズハルトは無遠慮に声を出して笑った。


 しかしながらそのままさっと踵を返すと、窓辺からベッドへと移動して、ゆっくりとエルフェリスの体をベッドに沈めていく。その間もロイズハルトはずっと柔らかく微笑んでいた。


 それから寝転がるエルフェリスのすぐ隣に腰を下ろすと、目を瞑り、大きく息を吐いた。


「長い昼寝だったな、エル。……心配したぞ」


 そうしてそう呟く。


「長いって……一体どうなって……」


 事の真相を聞こうとして、エルフェリスは再び身を起こそうと力を込めた。が、半分ほどのところでやはり腰に激痛を感じ、そのままベッドに倒れこんでしまった。


「痛った……」

「もう少し安静にしてろ。言っとくけどお前、かなりの重傷だ」

「重傷って……私一体どうなったの?」


 苦痛に顔を歪めながらも、エルフェリスは必死な表情でロイズハルトにそう問い掛けた。痛みより何より、今は自分の身に一体何が起こったのか、そしてどうやって今に至ったのか知りたいと、懇願の眼差しでロイズハルトを見上げる。


 ロイズハルトは何も言わずにエルフェリスを見つめている。だが、ふっと笑みを漏らすと、ゆっくりとあの夜の出来事をエルフェリスに語り出した。


「弱っていても相変わらずだな、エル。デューンに感謝するがいいさ。あいつがいなければ……お前はきっと死んでいた」

「死んでって……私やっぱり……」

「ああ。あの時、お前たちの背後から新たなアンデッドが湧いたんだ。そいつらに不意打ちを喰らった」

「……背後から、……不意打ちを……」


 ロイズハルトの言葉を反芻しながら、エルフェリスはあの夜の状況をひとつひとつ順を追って思い出そうとしていた。


 アンデッドの群れを振り切った後、森のさらに奥、アンデッドの発生源である可能性のある滝へと向かったエルフェリスとリーディアは、そこで無残な姿を晒す二人のドールを発見した。名前は確か、アルーンとイクティと言った。


 アルーンは既に息絶えていたが、イクティの方はまだわずかに息があり、彼女は最後の力を振り絞ってロイズハルトの潔白を訴え、そして罠だから逃げろとエルフェリスとリーディアを促した。


 その後すぐに大量のアンデッドが湧き出て絶体絶命の危機に陥ったのだが、そこへ閃光の如くロイズハルトとデューンヴァイスが現れた。二人の助けもあって、何とか希望が見えたと思った矢先にエルフェリスは意識を失った。


 身体を引き裂くような熱い感覚と、身体に打ちつける冷たい水の感覚に揉まれながら。


 あの時は乱戦となっていて、自分の置かれていた状況を思い出すのも困難だった。だが確かリーディアと二人、押し寄せるアンデッドに圧されて滝の際まで後退していたように思う。


 リーディアはリーディアで複数のアンデッドを相手にしていたし、自分も自分の身を守るために必死だった。まさか、あのタイミングで新たな追撃者が現れるとは思いもよらなかった。


 恐ろしい、と、エルフェリスは今更ながらに人知れず身を震わせた。


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