聖なる血の裁き(7)
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激しく殺り合う喧騒が、絶えることなく耳を突いていた。
オレンジの光はいまだに空を染めては消えていく。それに混じって今し方、上空で白い閃光がいくつか弾けたのをデューンヴァイスは足を止めて見上げていた。
「ハンターか……それともハイブリッドの内輪揉めか……。さてどっちだ?」
背丈ほどもありそうな大剣を片手に持ったまま、周囲をぐるりと見回してデューンヴァイスは人知れずにやりと笑った。
闘将たる者の本能か……耳をつんざく喧騒に、しばらく眠っていた血が騒いで仕方ない。
「さーて、どっちに行くか」
城を飛び出してから真っ直ぐに泉の方を目指して走って来たものの、ここへ来る途中で少し気が変わった。
今、彼の中にある選択肢は二つ。このまま泉へ急ぐか、それとも……。
そう思いながら巡らせた視線の先は、泉を通り越したさらにその奥。争いは恐らく泉付近で起こっているのだろうが、近付けば近付くほどにひしひしと感じるこの不穏な空気は、泉のさらに奥から発せられているような気がしてならなかった。
「目先の小競り合いより、その後ろの大ボスを叩くのが先決か」
独り言のように呟いて、再び大剣を鞘ごと担ぎ直したのを合図として、暗闇の中、セピアゴールドの瞳に光が宿る。
その瞬間、デューンヴァイスは力強く大地を蹴ると、疾風のごとく夜の闇の中を駆け抜けていった。
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「強行突破」
エルフェリスとリーディアの意見はすぐに同時に一致した。
いかにこのハイブリッドを装ったアンデッドの群れを切り抜けるか。そこを第一関門として対策を考えようとお互いの意見を出し合ったところ、見事に意見が合致した。
「このまま全部を相手にしてたってこっちがやられちゃうもんね! やっぱ走るしかない」
「そうですわね。この状況ではそれが一番ですわ」
エルフェリスもリーディアも、もはや限界近かった。
荒く浅い息はなかなか整うことがなく、ずぶ濡れになった身体は動きを止めればすぐに冷えてしまう。今はまだ動いているから何とかなっているものの、少しでも気を抜けば倒れてしまいそうなほど、足も身体も悲鳴を上げていた。
加えてエルフェリスは水中吸血花にやられて以降貧血に悩まされ、一時よりは回復したといっても、なおも回り続ける視界にはいい加減音を上げてしまいそうだった。
それでもこうして戦い続けているのは生きる為だ。自分に負けて地に倒れればそこで命は尽きる。
誰の仕掛けた罠だったのかも知らぬままに敗北するのでは、あまりにも悔しくあまりにも腹立たしい。黒幕の尻尾をつかんで落とし前を付けるまでは意地でも倒れるわけにはいかないと、エルフェリスはふらつく足にしっかりと力を込めた。
「それにしても……随分手の込んだ嫌がらせでしたわね。女の嫉妬とはまこと……恐ろしいですわ」
あえて言葉を濁して厳しい笑顔を浮かべるリーディアに、エルフェリスも思わず苦笑した。
今夜のこの“宴”に、ドールであるカルディナが関与している事はすでに露見しているが、果たしてどのようにどこまで関わっているのか、それが核心となる。
「アンデッドの禁術はカルディナごとき女にできる芸当ではございません。気を引き締めて参りましょう」
リーディアのその言葉を合図に、二人は顔を見合わせ頷くと、ハイブリッドたちの群がる中へと突っ込んで行った。通り抜けの妨げになる者のみを斬り払い、魔法で一掃する。
そうして駆け抜けた先に何が待っていようとも、答えを見つけ出すまでは止まれない。
夜明けはまだ……遠い。