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† 残 †   作者: 月海
第三夜 偽りのドール
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聖なる血の裁き(5)


***



「ねぇデューン? さっきから泉の方の空が明るいんだけど……この辺りって白夜だったっけ? てか、もしかして今夜は特別夜明けが早いとか?」


 窓際に置かれたソファに身を投げ出したままの状態で、レイフィールはぼんやり外を眺めながら、少し離れた椅子に腰掛けるデューンヴァイスになにげなくそう問い掛けた。


 するとデューンヴァイスは目を落としていた分厚い書物から顔を上げると、呆れたような笑みを浮かべてレイフィールの方を一瞥する。


「お前なぁ……ついに自然のことわりも判らなくなったのか?」


 そう言いながら悪戯に目を細めるデューンヴァイス。それをレイフィールはちらっと横目で見やった後、むうっと頬を膨らませた。


「違うよー! てかデューンこそ眼鏡なんか掛けちゃって、こんな時だけインテリぶるのやめろよな!」

「ぶってんじゃなくてインテリなの。闘将たる者、時に知将たれ。……てな」


 今はシードとして自分ただ一人だけになった一族の信念を例えに出して、にやりと笑ったデューンヴァイスだったが、レイフィールの言葉を受けて外の景色を確認するために立ち上がった。読んでいた本を無造作に放り投げ、レイフィールの寝転がるソファの隣までやって来ると、出窓から身を乗り出すように外界に目を向ける。


「……あん?」


 そしてとある一点に視線が達すると同時に、デューンヴァイスはセピアゴールドの瞳を細めて怪訝そうに声を上げた。


「ね? 変でしょ? オレンジだよオレンジ。朝焼けでも夕焼けでもないのにあんな色……大量自殺かなぁ」


 うつ伏せのまま頬杖を付いて、レイフィールはなぜか楽しそうに足をバタつかせた。しかしデューンヴァイスは大きな溜め息と共にレイフィールを牽制する。


「バーカ。光も無いのにどうやって発火すんだよ! あれやべぇぞ。俺行って来るからお前は留守頼んだぞ!」


 デューンヴァイスは言うや否や、着けていた眼鏡を外し、椅子に掛けてあった黒のロングジャケットを羽織って、勢いよく部屋を飛び出そうとした。しかしドアを開けたところでピタッと動きを止めると、小首を傾げるレイフィールを振り返る。


「そういえばロイズは? 戻ってきたのか?」


 そして険しい表情のままそれだけを尋ねる。するとレイフィールは少し身を起こしてゆるゆると首を振った。


「それが今回は何の連絡も無いんだよね。どうなってんのかさっぱりさ」

「ふん。珍しく手こずってんのか。……まぁいい。じゃあ頼んだぞ。お前そのまま寝たりすんなよ!」

「分かってますよー。それよりほら。早く行った方がいいんじゃない? また燃えてる」


 とろんとした目でレイフィールは赤く染まる空を指差した。それを見たデューンヴァイスが慌しく部屋を後にする。その足音が聞こえなくなるまで、レイフィールはじっとデューンヴァイスが出て行ったドアを見つめていた。


 そして呟く。


「生き難い世の中になったよね、まったく」


 勢いよく身を起こして、改めてオレンジ色に染まる景色を眺めるレイフィールの表情は、見たこともないほど鋭く引き締められていた。



***



 辺りはいつの間にか大量の灰で溢れていた。わずかな風でもそれは砂塵のごとく舞い上がり、宵闇の中を、灰色のベールで覆うように飛散しては消えていく。あれほど透明度の高かった泉も今や初めに見た姿を留めてはおらず、ゆらゆらと水面を漂う塵を含んで醜く濁っていた。


 先ほどから、身体が鉛のように重い。


 時間を経るごとに荒く、早くなる呼吸。時おりぼやける視界が、限界の近さを知らせている。


 それでも、まるで衰えることを知らない男たちの勢いに、精一杯の抵抗をするよりほかに術はなかった。


 目の前の男が灰と化すのを見届けてから、エルフェリスはやや乱暴にワンドを地面に突き刺した。そしてそれを頼りとして疲労した身体の支えとする。


 もう何人を闇に葬ったのかも分からない。周囲に散らばる灰がどの男の残骸で、どれほどの男たちの残骸にあたるのか見当も付かなかった。


 おかしな状況になっていた。


 何人倒しても、何人斬り裂いても、男たちは次から次へと数を増やし襲ってくる。その数は増えることはあっても減ることはなかった。


 あまりの人数の多さに、初めは魔法のボウガンで戦っていたリーディアもこれでは身体がもたないと悲鳴を上げ、今では男から奪ったサーベルを手にしていた。


 だが彼女もまたエルフェリスと同様にかなり疲弊しているようだった。激しく肩を上下させながら頻繁に汗を拭う姿を見ると、いつ倒れてもおかしくはない。


「キリがない……一体どうなってますの!」


 背後を狙って飛び込んできた男を斬り捨てて、リーディアは苛立ちに声を荒げた。


 無理もない。斬っても斬っても相手は襲い掛かってくるのだから。


 二人はてっきり、あのヘヴンリーの配下だと思われるリーダーの男を葬った時点で片が付いたと半ば思っていた。主導者を失えば、大群だけに統率力も乱れるであろうと。


 だがそれはどうやら誤算だったようだ。統率力を失うどころか、いつまで経っても男たちの勢いは衰えず、エルフェリスとリーディアを仕留めようと斬り掛かってくる。その執着の強さは異常だ。


 ここまでするほど、このハイブリッドたちにとって“ロイズハルト”の勅命とやらは効力のあるものなのだろうかと勘ぐりたくなる。


 ここまでして、私たち二人を殺したいのだろうか、と……。


 「これではまるでアンデッド相手に戦っているようなものですわ!」

「アンデッド……って……まさか」


 リーディアがふと口にした言葉に、エルフェリスは図らずも驚愕し、絶句した。


 悪い冗談だ。


 アンデッドなどとは……太古から伝わる禁術によってのみ成し得るという魔物ではないか。遥か昔に主体となる術自体が禁忌とされてから、その術を書き記した書物はことごとく焼き払われ、継承する者すら存在しなくなったと言われているのに、アンデッドなど……突飛な考えに、エルフェリスは思わず苦笑してしまった。


「さすがにそれは……思い違いだよ」


 今や、その術の存在を知る者すら数えるほどしかいないのだから、と。息も絶え絶えながら、それでもエルフェリスからは否定の笑みが零れていく。そんなエルフェリスを一瞥してから、リーディアもまた苦笑いを浮かべた。


「例え……ですわ」


 そしてべっとりと血糊の付いたサーベルを男の集団へと突き出す。


「とにかくここを片付けたらすぐ、カルディナを縛り上げましょう! あの女は何もかも知っているはずです!」


 そう言うとリーディアはエルフェリスの返事も聞かぬまま、いきり立つ男たちの中へと飛び込んで行った。


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