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† 残 †   作者: 月海
第三夜 偽りのドール
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聖なる血の裁き(3)


「しかし俺たちも見くびられたモンですよね、まさかドールなどから指図されることになろうとは」


 この場の緊張感とは正反対の軽さを含んだその声に、リーダーらしきあの赤目の男は大きく欠伸をしながら面倒そうに同意した。その言葉に、エルフェリスとリーディアは瞬時に顔を見合わせた。


 ドールだと?

 今、ドールだと言わなかったか?


 なぜこの状況に突然、ドールなどという言葉が出て来るのだ。


 エルフェリスは濡れて冷える身体と失血に苛まれながらも必死になって考えを巡らせた。しかし、激しい眩暈がそれを阻む。


 ダメだ。

 考えがうまく纏まらない。


 それでもエルフェリスはとにかく何とかしてこの場を切り抜けるための策を導き出そうと、脳内の端から端までをゆらゆら揺れる思考で探った。だがそんなエルフェリスたちの様子を気に留める様子もなく、赤目男はフンと鼻を鳴らした。


「ヘヴンリー様があの城に出入りしている以上、俺たちはただの使いっぱしりに過ぎないさ。まぁ、ロイズ様直々の命令だと言うのなら……仕方あるまい」


 そう言って自嘲的な笑みを漏らした。


 ヘヴンリーを尊んでいるところを見ると、この男たちは全員ヘヴンリーの配下なのだろうか。ぐらりぐらりと回る頭が、そんなことをふと考えてしまう。だが隙だらけのエルフェリスたちはあっという間に周囲を男たちに取り囲まれてしまい、もはや逃げ場を失った。


 失血のせいで震える体。ぼやける焦点。それでもエルフェリスはリーディアと共に精一杯の闘志を燃やした。何とかこの男たちだけでも葬り去りたいと思って。


 その時ずっと男たちを睨み付けていたリーディアが、ふいにエルフェリスを顧みた。そしてじっとその目を見つめた後、たった一言「申し訳ありません」と呟くと、エルフェリスの足首から真っ赤に膨れ上がった吸血花を無造作に引き剥がした。


「――ッ!」


 一瞬だった。


 一瞬だったが、そのあまりの激痛がエルフェリスの声を奪う。きつく目を閉じて、次の瞬間には声にならない悲鳴がエルフェリスの口から放たれた。


 同時に異物の離れた足からは、少しずつ赤い血が流れ出す。鼻をつく鉄の臭いが辺りに充満して、エルフェリスは思わず顔をしかめた。


 そして血に飢えた男たちは、人間であるエルフェリスの身体から流れ出る血を見た途端にごくりと喉を鳴らした。


「リーディア……逃げて……」


 力なく弱々しい声が、エルフェリスの唇から零れていく。結構な量の血液を吸血花に持っていかれたらしい。生きているのが不思議なくらいだと自分でも思った。


 くらくらする頭も、力の入らない身体も、もはや自力でコントロールできなくなっていた。力なく投げ出された手の中にある白いワンドが視界の端にぼんやりと映っていたが、回復の魔法を使おうにもこの状態では無理そうだ。せっかくワンドがエネルギーを貯めていてくれているというのに、それすら取り込む力も無いとは……なんと情けない話か。


 ならばせめてまだ動けるリーディアだけでも助かって欲しいと、エルフェリスは何度もうわ言のように彼女に逃げるよう促す。けれどもなぜかリーディアは不敵な笑みを浮かべたまま、エルフェリスの願いを否定するのみだった。


 それどころかエルフェリスの耳元で何かをそっと囁く。


「あなたの血を……このような形で使うことを……お許し下さい」


 すると突然リーディアは立ち上がり、リーダーの男と真っ向から対峙した。


 手にはエルフェリスから引き剥がした吸血花を掴んだままでいる。花びら一枚一枚にエルフェリスから奪った血液が貯め込まれているのか、ぱんぱんに膨れ上がったそれは時おり生きているかのようにうねうねと蠢いた。


 だが、リーディアはそんなことを気にした様子もなく男と向き合ったまま微動だにしない。リーディアの背中から零れた血混じりの水滴が、ぬかるんだ土に溶けていく。


 そんな身体で一体どうするのだろうと声を掛けようとした瞬間、リーディアは相手の男に向けて言葉を発した。


「愚か者が。ドールなどの口車に乗せられるなんて、使い走りとしても二流ですわね」


 そして何を思ったか、ボロボロに傷付いてもなお相手を挑発する。まるで自分一人に注意を引き寄せようとしているかのように。


「あなたごとき男に、ロイズ様が命令を下すなど有り得ませんわ。そのドールに良いように使われているのではなくて?」


 そう言って、にやりと笑ったリーディアはひどく妖しく、ひどく美しくて、エルフェリスは背筋に冷やりとしたものを感じた。


「あなたたちが心酔するヘヴンリーがこの事を知ったらどう思うかしら? 彼、きっといい笑い者ね。だって自分の部下がドールなどの命令に踊らされてるんだもの」


 決して言葉を乱さず、心を乱さないリーディアの物言いに、男たちは一様にカッと顔を歪ませると、ついに決定的な一言を吐き捨てた。


「うるさいっ! カルディナが持って来た書状は確かにロイズハルトの直筆だった! エルフェリスとリーディアを殺せと……ッ」

「……やはりカルディナか」


 男の口から出た名前に、リーディアは鋭く目を細め、反対にエルフェリスは見開いた。


 カルディナ。

 あの女が……関わっている……。


 どうしてだろう。エルフェリスは心が激しく動揺するのをまざまざと見せ付けられているような気分に陥っていた。


 ロイズハルトのドールが、すべての糸を引いている。では、その後ろにいる者は? その後ろにいる者は……。


 ロイズハルト。

 あなたは……関わっているの?

 それとも……何も知らないの?

 私とリーディアを殺そうとしているの?

 どうして?


 朦朧とする意識の中で、鮮明に描き出されるロイズハルトへの疑念はエルフェリスの中で大きく暴れ回り、人知れず、男の言葉にすっかりと心を掻き乱されていた。恐らくはリーディアも同じ疑問を自分の中に秘めていたことだろう。


 しかしそれでもリーディアの挑発は止まらない。


「あの女ならばロイズ様の名を騙り、ロイズ様の筆跡を真似ることは容易なはず。……見事に騙されたようですわね」


 最後のダメ押しとばかりにリーディアが哂う。残酷なほど美しく。


 すると男たちはそれぞれ顔を真っ赤に紅潮させ、リーダーと思しき赤目の男は拳をわなわなと震わせ始めた。その様子を見ていたリーディアの瞳が一瞬細められると、鋭く光を湛える。


「もうどちらでもいい! リーディア……特に貴様は“我々”からしても目障り……お前が死ねばヘヴンリー様も喜ぶ!」


 そう叫んで、両目を真っ赤に充血させた男は突如リーディアの胸倉を掴み上げると、笑みを湛える彼女の顔めがけて鋭く研がれたナイフを振りかざした。


 けれどリーディアは取り乱す様子もなくその刃先と男を交互に見やると、静かな声色でこう言った。


「そう、それは残念ですわ。……ならば私も……今ここで何をしようとも正当防衛が認められますわね」


 ――この時に、男たちは気付くべきだったのだ。リーディアが口にした言葉の真意を。

 

 しかしそれは後の祭り。死刑執行の合図。


「死ね! リーディアッ」

「リーディアッ」


 男の声と、エルフェリスの叫びが重なった。

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