表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
† 残 †   作者: 月海
第三夜 偽りのドール
34/145

手がかりと甘い罠(6)


 ――公言するな?


 それはレイフィールやデューンヴァイスにも言えないようなことなのだろうかと、エルフェリスは首を捻る。


 そうでないのなら、先ほどあの場で何らかのアプローチがあったはずだが、しかしそのような素振りはまったくと言っていいほど見受けられなかった。エリーゼの行方に期待して、そして落胆した自分を気にかけてくれはしたが、それ以外にも何か彼には目的があったのだろうか。


 エルフェリスはやや乱暴に封をちぎると、取り出した手紙を広げてさっと目を通した。それをリーディアが心配そうな面持ちで見守っている。


「何て書いてありました?」

「……次の新月の零時、庭園城門を出た先にある泉に来いって。リーディアも同行せよ、って書いてあるよ」

「私も?」

「うん、そう書いてある。ほら」


 若干驚いた様子のリーディアに、エルフェリスはロイズハルトの手紙を見せてやった。それに素早く目を通すと、リーディアは口元に手を当てて息を呑んだ。


「本当ですわ……」


 食い入るように文面を眺めたまま、リーディアが呟く。リーディアはまるでそこに信じられないものを見たかのように絶句し、そしてエルフェリスの目から見ても明らかなほどに動揺している様子だった。確かに隔離された自室ではなく、城外へわざわざ呼び出すというのは気にかかるものの、ロイズハルトの命令にそれほどの衝撃があるものなのだろうか。


 ただ指定された時間に、指定された場所へ行けば良いだけでは、とのん気に考えるエルフェリスの横で、リーディアは何やら難しい顔をしたまま押し黙ってしまった。考え事をしているのか、しきりに目線があちらこちらへと動いている。


 エルフェリスはリーディアの驚愕ぶりに何か事情ありそうだと勘ぐってはみたものの、ロイズハルトやリーディアとはまだ付き合いが浅い。考えたところで思い当たる節などないことに気が付いて、早々に思案するのを諦めた。


 だが、どちらにしてもリーディアの驚きようは普通ではない。とりあえずエルフェリスはまず、手紙に書いてあった場所について尋ねてみることにした。


「その泉ってどういうところなの?」


 はっきり言って、エルフェリスはこの居城以外の領域についてはまったく知識がなかった。この城が地図上のどこに位置して、どのような地形の場所に建っているのかすら知らないのだ。


 世界の半分は人間の土地で、世界のもう半分はヴァンパイアたちが支配していると言われてはいるが、遥か昔から今に至るまで、正確な大地の果てを記した地図は少なくとも人間側には存在しない。記したくとも、いつの時代もヴァンパイアの存在がそれを阻害しているのだ。


 人間からすれば、測量のためにヴァンパイアの領域を歩き回るなど自殺行為にも等しく、もちろんヴァンパイア側からの情報提供もあるはずもないので、ある程度から先の地形は詳細不明として扱われるのが常だった。ハンターたちならば、或いは独自のものを所持しているのかもしれないが、いずれにしてもエルフェリスら神官たちの目に触れることはない代物だろう。


 だからただ簡潔に庭園城門の先の泉と言われても、エルフェリスはきっと一人では辿り着けない。だからリーディアを伴って訪れるように、と指示がされているのだろうか。


 そんな風に思っていると、リーディアは己の身に太陽の光を浴びないようカーテンの影に隠れながら窓を開けると、庭園のさらに先にあるひとつの城門を指差した。


「ほら、あそこにあるのが庭園城門と呼ばれる門の一つですわ。その先に森が見えますでしょ? この手紙の中でロイズ様が指定された泉はその中にありますの。とても静かな場所で、この城からもさほど遠くはありません」

「じゃあ、リーディアもよく行くの?」

「ええ、私はわりと……。でもなぜかしら……ロイズ様があのような場所を選ぶなんて……」

「もしかして……いわく付きの場所? おばけが出るとか?」


 怪訝そうな顔を見せるリーディアに、エルフェリスは少しの不安を感じて聞き返した。リーディアはそんなエルフェリスの表情を一瞥すると、小さく首を振って少しだけ微笑み返した。


「いえ、そういうわけではないのですけれど、数年ほど前からロイズ様はあの泉にぱったりと近付かなくなったものですから……」

「え? 近いのに一回も?」

「ええ、なぜか泉だけは頑なに拒まれますの。以前はよく足を運んでいらっしゃっただけに不思議で……」


 だからリーディアはあんなにも驚いていたのか、とエルフェリスも内心頷いた。でもそんな場所に自分と彼女を呼び出して、ロイズハルトは一体どうしようというのか。疑念はますます深まるばかりだ。


「……どう思う? リーディア」

「どうって……」


 言葉が足りなすぎたのか、リーディアが首を傾げた。それに対してエルフェリスは直球の疑問を投げかけた。


「この手紙だよ。これ本当にロイズが出した物かな」

「でも文字は確かにロイズ様の物だと思いますし……まあ疑わしい所は多々ありますけれど」


 長年ロイズハルトの元でロイズハルトを見てきたリーディアが考えあぐねているところを見ると、一概にロイズハルトの手紙ではないとも言い切れず、エルフェリスも一緒にどうしたものかと悩んだ。


 文字だけで見れば、ロイズハルトのそれだと断定できるかもしれない。だが、内容はいかに付き合いがまだ始まったばかりのエルフェリスとて首を傾げるほど、ロイズハルトとは程遠いような気もする。


 リーディアも同じことを思っていたようだが、彼女の中では「文字」というロイズハルトを示すヒントが与えられているだけに混乱を極めているようであった。まったくもって、真意が読めない。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ