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手がかりと甘い罠(3)

 

 普段はヴァンパイアの頂点に立つ者たちなのに、その時ばかりは何か必死な感じがおもしろくてエルフェリスの顔も思わず緩む。


 けれどのん気に笑っている場合ではなかった。エリーゼの事を……聞かなければならない時がやってきたのだ。


 突如その表情を引き締めたデューンヴァイスも同じように思っていたのか、再びエルフェリスの向かいにどっかりと腰を下ろす。その瞬間に、再び場の空気ががらりと変わった。


「おい、……何の会合だ? これは」


 いつにないデューンヴァイスの真面目な顔を目の当たりにして驚いているのか、ロイズハルトも訝しげにそう尋ねる。けれどデューンヴァイスはその問い掛けにすぐ答えるようなことはしなかった。変わりに無言のまま、エルフェリスの方をちらりと見やる。


 ああ、そうか、とエルフェリスは納得した。ロイズハルトも知らないのだ、と。


 大きく息を吸って吐く。それからデューンヴァイスを見返すと、エルフェリスは唇を噛み締めてゆっくりと首を縦に動かした。


 覚悟を決めたと言うには大袈裟かもしれないが、長い間、エルフェリスをはじめとする村の誰もが知りたくて知り得なかったエリーゼの消息が、この時をもって少しでも判明するかもしれないのだ。部屋中に聞こえてしまうのではないかと思うほどに、心臓がどくどくやかましい。


「じゃぁ……単刀直入に聞くけど、エ……エリーゼに心当たりあるの?」


 気を抜けば震えてしまいそうな声に力を込めて、エルフェリスはデューンヴァイスに問い掛けた。


「誰だ? エリーゼって」


 すると、話の成り行きが分からないロイズハルトがすかさずそう呟く。それに対してエルフェリスは手短に内容を説明してみせた。合わせてレイフィールにも解りやすいように、簡潔に、けれども丁寧に。


 が、やはりここでも彼女が自身の姉であることだけは言えなかった。概要だけなら簡単に説明できるのに、行方不明となっている当人が身内であると公表するには、こんなにも重く圧し掛かるものがあるのだとエルフェリスは改めて実感していた。


 けれど、たったそれだけでもロイズハルトは話の内容をある程度把握したのか、顎に手を当てて「なるほど」と頷いた。


「んで、何でデューンがその女のことなんて知ってるんだ?」

「別に知ってるわけじゃねぇけど、一つ思い出したことがあんだよ」

「思い出したこと?」


 口を開けば心臓が飛び出そうなエルフェリスに代わって、ロイズハルトが淡々と話を進めていく。その声すらもどこか遠く、壁を一枚隔てているかのように響くのは、早く知りたいのに、なぜか体がそれを拒絶しているからだったのだろうか。まるで口の中に鉛の塊を放り込まれたかのように息苦しく、動かなくてもどかしい。


 自分は何て臆病なのだろう……。


 デューンヴァイスが紡ぎ出す一言一言に……怯えている。


「俺の記憶違いじゃなければ、の話だけど……ルイのドールにエリーゼって名前のヤツがいたと思うんだが……」

「ドール?」


 ――ドール!


 その言葉に、目の前が一瞬真っ暗になった。


 シードヴァンパイアに魅せられて、シードヴァンパイアを追って消えた姉がドールになっているかもしれないということは、エルフェリス自身何度も想像した。想像したけれど、認めたくない思いと、すでに生存を諦めていた本音がないまぜになって、考えれば考えるほどエルフェリスの心と思考はどこか都合の良いように自分を欺いていた気がする。


 けれど想像が可能性となって目の前に突き付けられた今、何かで頭を殴られたような衝撃すら感じた。姉が、人でありながら人ならざる者として生きているかもしれない……。


「ドール……」


 額に手を当てて、再び確かめるように呟いていた。無意識に。想像はしていた。ドールになっているかもしれないということは、何度も想像していたのに……。


 一瞬にして熱を失った手のひらで無造作に瞳を覆ったエルフェリスは、小さく息を吐きながら項垂れた。


 ずっと捜し求めていた姉が、ドールになっているかもしれない。


 想像はしていた。ドールになっているかもしれない、喰われて死んだかもしれない、シードヴァンパイアに再び逢う前に野垂れ死にしたかもしれない。何度も何度も。


 想像したのに……!


「でもさぁ、偶然名前が一緒なだけじゃないの? 何か特徴とかないわけ? そのドールの」


 誰の目から見てもショックを受けているエルフェリスを横目でちらりと一瞥して、レイフィールがふいに口を開いた。その言葉に、エルフェリスも勢いよく顔を上げる。


 そうだ。確かに名前だけでは、そのドールが姉だという可能性はとてつもなく低い。実際、デューンヴァイスもエリーゼといういう名前がありふれたものだと言っていたし、エルフェリスも過去、教会を訪れた礼拝者の中にエリーゼという名の女性が幾人もいたことを知っていた。


 その名を聞く度に、この場にいない姉の存在を嫌でも思い出さなくてはならず、ここ数年は少々煩わしくも思っていたのだが、なぜかふとそのことを今考えると妙な懐かしさが胸を駆け巡って、エルフェリスは誰にも気付かれないくらい小さく自嘲の笑みをもらした。


 だが郷愁に想いを馳せている場合ではない。何か別の手掛りがあれば良いのだが……とエルフェリスは縋るような眼差しをヴァンパイアたちに向けていた。


 一方、レイフィールの疑問を受けてデューンヴァイスはしばし黙り込んで思案を巡らせていた。特徴と言われても、ルイの連れているドールの数といったらヴァンパイアの中でも桁違いだ。


 さすがのデューンヴァイスも仲間の所有しているドール一人一人を把握しているわけではないし、そもそもそこにいる人数がそのすべてかと言われるとそうではなく、シードに限らずハイブリッドであっても、そこそこの力を持つ者たちは城の外の世界にもドールをたくさん住まわせているのが現状だ。それこそルイに至ってはその数は計り知れず、少なく見積もっても大都市が作れるのではないかと噂されるほどのドールを所有しているのだから、その中の一人の特徴を思い出すなど不可能に近いとデューンヴァイスは心の中で悪態を吐いた。


 が、刹那。


 デューンヴァイスの瞼の裏を、一人のドールが駆け抜けていった。


 その姿を追いかけるようにデューヴァイスはかっと目を見開くと、とっさに指を鳴らしてこう言った。


「ほら、レイだってロイズだって知ってんだろ? あのやったら美人のドールだよ!」

「あー! ルイのお気に入りの! あの十字架のネックレスしてるドールでしょ?」


 レイフィールがそう言って、デューンヴァイスが頷く。その隣でロイズハルトも「ああ」と手を叩いていた。


 しかしその瞬間、エルフェリスだけが固まっていた。


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