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† 残 †   作者: 月海
第三夜 偽りのドール
23/145

リーディアの過去(2)


 やがて茶会の開始を知らせるベルが鳴り響き、続々とヴァンパイアやドールが集まる中を、エルフェリスもリーディアを伴って庭園へと赴くことにした。


 二人が下りる頃にはもう、広大な広さを誇る庭園もすでに数多くの群衆で賑わいを見せていた。


 シードの居城に来てまだ日の浅いエルフェリスは、この城にこんなにたくさんのヴァンパイアやドールが住んでいたことを知らなかったが、リーディアの話によると、この茶会の為だけに出向いて来る者もいるのだそうだ。月に一度、各所に散らばるヴァンパイアたちが集まって、それぞれの情報を交換し合う貴重な時間なのだと。


 確かに一つの場所に定住しているヴァンパイアからすれば、他の地域で何が起きているのか、何が起ころうとしているのか知れる機会があるというのは重要なことだろうし、各地を気ままにさすらうにしても、共存の盟約が存在する以上、ある程度の常識があるヴァンパイアならばその境界を知っておく必要がある。不用意にお互いの土地を侵すことは、不用意な火種を生み出しかねないことをエルフェリスも嫌というほど経験している。


 なるほど、ヴァンパイアとて何も考えずに生きているわけではないのだな、などと考えながらリーディアの話を聞いていると、突如現れた男が一人いた。彫刻のようにすらりと伸びた手足に栗色の髪、青い瞳のその男。


「あら、ヘヴンリー。珍しいじゃない」


 その姿を一瞥するなり、リーディアは少々警戒するかのように凛とした空気を纏った。


「ちょっとご機嫌伺いにね」


 そう言って首を竦めた男も例外ではなく、両腕と背後に自らのドールを数人従えている。そうして男――ヘヴンリーは意味ありげににやりと笑ってリーディアと軽く言葉を交わすと、向きを変えてゆっくりとエルフェリスの目の前に立ちはだかった。


「よう、エルフェリス。この前はどーも」

「こちらこそ」


 顔半分を不自然に吊り上げ笑うヘヴンリーに負けじと、エルフェリスも満面の笑みを造ってみせる。


「まさかまたここでも会うとは思ってもみなかったがな」


 それはこちらのセリフでもあるのだが、などとエルフェリスは内心ムッとしたものの、目まぐるしく過ぎる居城での日々に付いていくのに必死で、正直この男の存在を忘れてしまっていたことはさすがに口にはできなかった。それに例にも違わずエルフェリスを突き刺すような目で見てくるドールたちもいる手前、下手なことは言わない方が賢明だと心の中で頷いた。


「それは残念。ここにしばらく置いてもらうことになったから、また会うこともあるかもしれないけど」


 しかしありったけの皮肉を込めてエルフェリスがそう返すと、ヘヴンリーはその両腕に絡みつくドールの腕を鬱陶しそうに振り払って笑った。


「通りで。ドールどもがやたらうるさいと思った。やつらのつまらねぇ嫉妬に気を取られて、ヴァンプの餌にならないようせいぜい気を付けることだな」


 ヘヴンリーの言葉に、彼のドールらも一斉に笑い出す。


 誰がそんなヘマするか!


 イライラした心を落ち着かせようとわずかに視線を逸らして深呼吸をしていると、エルフェリスの前にずいっとリーディアが出てきて一喝した。


「静まりなさい! 下品ですわ」


 いまだ見たこともないような冷たい表情をしたリーディアが至極低い声で忠告すると、ドールたちはびくっと身体を震わせてさっと口を噤んだ。しかしヘヴンリーは余裕の笑みを湛えたまま、怯えるドールを慰める。


「ようリーディア、あんまり脅かすなよ。お前みたいに心臓に毛が生えてるようなやつは、あいにく俺のドールにはいないんだ」

「ならば自分のドールくらい教育なさいな。ヘヴンリーともあろう者が、こんな下賤の者ばかり連れていては笑われますわよ」


 挑発するような眼差しを向けるヘヴンリーに対しても、リーディアは表情を変えることなく毅然と立ち向かった。馬鹿にされているのにも気づかずなおも怯え続けるドールたちがひどく滑稽に思えるくらいに。


「ふん、余計なお世話だ。とにかくシードのドールたちには近付かない方が良さそうだぜ? 奴らは何かと物騒だからな。お前の手には負えまい、エルフェリス」

「どういうことよ」

「それはリーディアの方がよく知ってるはずだろ? あの女に聞けばいい」


 しばしの沈黙の後にヘヴンリーはそれだけを言うと、再びドールたちの手を取って群衆の中へと消えて行った。


「何よ、あれ。言いたいことだけ言ってさっさと逃げるなんて」

「申し訳ありません、エルフェリス様」


 ヘヴンリーの後姿を見つめながら、リーディアはエルフェリスに向かって頭を下げた。慌てたエルフェリスが、別にリーディアが謝ることではないと言っても、彼女はバツの悪そうな表情を崩さなかった。


「怒るのも文句言うのも私の役目! リーディアは気にしなくて良いんだよ」

「しかし……」

「いいの! ドールっていっぱいいるんでしょ? いちいち相手にしてたらキリがないって」

「それはまあ……そうですが……」


 そう、エルフェリスにはそんな暇はない。


 ドールたちの勘違いで嫉妬されるのははっきり言って迷惑だが、それよりもやらなければいけない事があるではないかと自分に厳しく言い聞かせる。エリーゼの消息を掴んだらここからさっさとサヨナラするつもりだし、自分から事を荒げるつもりはエルフェリスには毛頭なかった。出る杭は打たれるものと決まっている。何も成し遂げていないうちから打たれるのはごめんだ。


 だが、エルフェリスは今、ドールととことん対決することを決めた。矛盾しているだろうか。いいや、これで間違ってはいないはずだ。


「リーディア言ってたよね? ドールたちの悪い風潮は誰かが止めなきゃいけないって。それ、私がやるから」

「ええっ」


 押され気味に話を聞いていたリーディアも、エルフェリスのこの発言にはさすがに驚いて叫んだ。恐らくリーディアは自分一人で、恐らくはドールたちの仕業と思われる不穏な状況を何とかしようと考えていたのだろう。でもそれではエルフェリスの気が済まない。


 エルフェリスにはドールと対決する理由も自信も十分にあるし、根拠は無いが勝算もこちらにある気がしていた。こんなこと、ドールらの前で公言してはまた嘲り笑われてしまうだろうが。


「どっちにしても今は私が受けて立たなきゃいけない問題なんだよ。少なくともカルディナは私のことをよく思っていない。彼女から目を逸らすのは簡単だけど、わたしはこの城で“捜し者”をしなきゃいけないんだ。その為には、いずれは彼女たちの協力も必要になるかもしれない。だから多少手荒な手段を使っても、ドールにはわたしの存在を認めてもらわなきゃ!」


 言葉の最後の方は、ほぼ自分に対する決意のようなものだった。もしこの城に集うヴァンパイアがことごとくエリーゼを知らなくても、ドールならば何かを知っているかもしれない。それに女の噂は広まりやすい。多少の尾ひれは付くかもしれないが、ヴァンパイアだけにあたるよりも可能性は各段に広がる。


「ただ……さ。ほんとにヤバイ時は……助けてくれる?」


 リーディアならば信頼できると思えるようになったから。だからもしもピンチに陥った時は、彼女の助けを請いたい。エルフェリスは心からそう思っていた。


「も……もちろんですわ!」


 そんなエルフェリスの願いに、大きく頷いてリーディアは微笑んだ。その答えが嬉しくて、エルフェリスもつい目を細めた。ここに来てからの方が、よく笑っている気がする。変なの、と漠然と思う。ここには自分にとって何一つの安らぎなどあるはずもないのになぜだろう。


 エルフェリスが人知れず首を傾げたその時、ふと群衆の中にドールを従えて誰かと談笑しているロイズハルトの姿が目に入った。彼の傍らには当然といった顔のカルディナがいた。あの時と同じようにしっかりとロイズハルトの腕に絡み付いては、他のドールに対して牽制するかのような鋭い眼差しを見せている。


 その姿を認めて、エルフェリスとリーディアは思わず顔を見合わせて苦笑してしまった。


「ドールも案外大変そうだね」


 カルディナの様子を見る限り、このような公の場でロイズハルトの腕を取れる者は、彼のドールの中でも突出した存在なのだろう。彼が引き連れているドールはやはり数人いたが、ヘヴンリーのようなまさに両手に華状態でないところを見ると、どうやらカルディナがロイズハルトの“一番”のようだ。


 ――なんで?

 なんでなの?


 なぜ胸がチクチク痛むのだろう。心臓が動く度に、見えない針で突付かれているようだ。


 苦しい。

 息ができない。

 息ができない。


 急に覚えた息苦しさに、たまらずエルフェリスが顔をそむけたのと同時に。


「カルディナも……哀れな女なのですわ」


 ふいにリーディアがそう呟いたのが聞こえて、エルフェリスは呼吸を整えるように一つ息を吐くと、改めて彼女の方に向き直った。そしてそっとその顔を覗き込む。


 いつもの声色と違うように感じたから……。


「……リーディア?」


 さっきまでの様子とは明らかに違う彼女の顔を窺うように声をかける。けれどそんなエルフェリスの姿さえ目に入っていないのか、どこかを見つめたままのリーディアは語り続ける。


 遠い遠い過去に、想いを馳せながら……。


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