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† 残 †   作者: 月海
第六夜 螺旋の彼方
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繋がる想い(4)

 紫暗の光を失ったエルフェリスの目を照らすものは、どこまでも続く闇を打ち払うように揺れる蝋燭の炎。


 けれど次の瞬間。


 自分の身を掻き抱いたままの姿勢で、エルフェリスはロイズハルトに抱きすくめられていた。


「ロイ……ズ?」

「エル……すまない」


 後頭部と腰に回された腕から、微かな痛みと確かな冷たさを感じるほどにきつく抱き締められて、エルフェリスは刹那、息を止める。


 抱き締めて、抱き締められるほどに、心に溜まり、胸を締め付ける想いに、息が止まる。


 様々な感情が入り混じる中で、次第に体が震え始めるのを実感していた。


 それは自分に対する恐怖であったり、ここへ来てから自覚した想いであったり、永らく忘れていた恋情であったり……。一言ではとても言い表せない複雑な感情だった。


 この冷たさを、心のどこかで求めていた。


 ずっと。


 記憶を失う前から、ずっと求めていた。


 けれど、一度は交わった運命が、どこかで進路を違えてしまった。


 死に手招きされた自分と、死を飛び超えるロイズハルト。


 何もかもが違うのは、初めから解っていたのに。


 自分の身を掻き抱いていた腕を解くと、エルフェリスは恐る恐るロイズハルトの背中へとその腕を回した。


 ロイズハルトは一瞬驚いたように顔を上げたが、それからエルフェリスを見下ろして、やがて目が合うと、ふっと小さく笑った。


 けれどすぐにその紫暗の瞳は暗く沈み、再びエルフェリスから視線を外すと、どこか離れた床の上を儚く這うようにゆっくりと蠢いた。


「俺は、あの時エルを護れなかった。必ず護り抜くと、……誓っていたのに」


 そうして出た言葉をその場に留めるように、ロイズハルトは自身の唇を固く噛み締めた。


 けれどエルフェリスは彼が浮かべる悲痛な表情の意味を読み取るとすぐに首を振って、その後悔を否定した。


「あれは! 私が勝手にロイズを連れ出して、勝手に庇っただけだし! 勝手に体が動いて、気付いたらそうしてただけだし!」

「いいや、そうならざるを得ない場面を作り出してしまった自分が憎いんだ。エルに……取り返しの付かない苦痛を与える羽目になってしまった」

「ロイズのせいじゃないよ! そりゃ、自分が何なのか分からないのは……正直怖いよ。でもそれをロイズが気に病む必要なんてない。全部私が招いた結果なんだし……。私はただ、……自分が今どうしてここに存在して、どうしてロイズと向き合っていられるのか、納得できる答えが欲しいだけ。納得して……受け入れられるかどうかは……分からないけど、……納得したい。それだけなんだ……」


 固めたはずの決意は脆く、自分で吐き出した言葉にも敏感に反応し、あの蝋燭の炎のようにすぐに揺らいでしまう。


 それでもエルフェリスはそれがどんなに自分を傷付け、苦しめる結果になろうとも、真実を追い求めたいと思った。


 真実を得たところで、弱くて、ちっぽけな自分に何が残るのかは分からない。ロイズハルトへの想い以外、何も残らないかもしれない。


 けれど、それでも。


「私は……本当のことを知りたい」


 ロイズハルトの背に回した両腕に力を込めて、エルフェリスから外されたダークアメジストの光を追い求めるように真っ直ぐ彼の横顔を見つめた。


 ロイズハルトの瞳はそんなエルフェリスを素通りして相も変わらずどこかを彷徨っていたが、わずかに開いたその唇からは、エルフェリスの求める真実へと繋がる言葉が少しずつ吐露されていった。


「エルは……疑問に思った事はないか?」

「……何が?」

「俺の回復魔法が、人間であるエルに作用することに、だ」


 突然のロイズハルトからの質問に、エルフェリスは訝しげに眉を潜めて首を傾げたが、彼の言わんとするところの意味を把握するや否や、弾かれたように目を見開いてロイズハルトの瞳を凝視した。


「もしかして……私の魔法と……同じ……?」


 そして恐る恐るその可能性の一つを口にすると、ロイズハルトは数瞬の時を置いて、その視線をエルフェリスに移しながら頷いた。


「俺の操る回復魔法は、エルの神聖魔法と同じ。闇の力が作用して、人間には効果を示さない。本来は。それどころか逆に死に至らしめることもあるかもしれない、人間にとっては危険な魔法だ。けれど俺はあの時……一つの可能性に賭けた……」


 そう言ったロイズハルトの瞳は再び宙を浮遊し、あの瞬間の光景を追うように天井付近をゆらゆらとうつろった。


 何もない状態で人間であるエルフェリスに闇の魔法を施せば死に至るかもしれないと常時ならば躊躇うところだが、あの夜、エルフェリスの身体には変化があった。


「ハイブリッドの牙にはヴァンパイアを生み出す能力ちからは無い。だが……エルはあの時確実に、あの男に吸血されていた。ヴァンプの細胞組織が少しでもエルの中に存在すれば、あるいはショックを和らげることができるかもしれないと思って……。やつらを、蹴散らした後……」


 そう言った言葉で幕を開けたロイズハルトの記憶は、あの日、あの夜にエルフェリスが見た光景を、ロイズハルトの視点から見ただけのもののようにも思えた。はじめは。


 けれどそれは次第にエルフェリスの知らない部分へと足を踏み入れ、いよいよその生死に迫る核心へと進んでいく。


 エルフェリスが、「死」を迎える瞬間へと。





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