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† 残 †   作者: 月海
第六夜 螺旋の彼方
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繋がる想い(3)


「教えて……。私がここにいる理由わけを……」

「……何が、知りたい?」

「全部だよ。……私とロイズが出会って、別れるまでの、全部……」

「思い出した記憶がすべてじゃないのか? それでは不満なのか?」

「思い出したけど、完全じゃないんだ。……だって……取り戻した記憶が本当なら、私は今、……ここにいるはずないんだもん」


 しっかり自分を意識しなければ、すぐに声は消え入りそうになる。それだけ、この言葉を口にするのには勇気が必要だった。自分の存在を、自分で否定しているようなものなのだから。


 そして問い掛けられた方のロイズハルトもまた、エルフェリスの疑問の意味を悟った上でどう答えて良いものか考えあぐねている様子だった。


 わずかに動いた瞳の色が、闇を纏って黒く染まっている。


 エルフェリスただ、自分の身に起きた真実を知りたかった。それだけなのに。


 ――どうしてそんな表情かおをするの?


 ロイズハルトの顔には今、エルフェリスの目から見ても明らかに動揺の色が浮かんでいた。


 それは、エルフェリスにショックを与えないよう慎重に考えを組み立てているからなのか、それとも彼自身、思い出したくもない出来事の一つになってしまっていたからなのかエルフェリスには想像はできなかった。


 だが、とにかく今のロイズハルトからは普段の余裕だとか、ふてぶてしさだとか、そういった彼らしさがすっかり失われていた。


 複雑な顔色を見せるロイズハルトに、エルフェリスの心も揺れ動く。


 そんな沈黙に耐えきれなくて、エルフェリスはぽつぽつと、失っていた記憶の一つ一つをロイズハルトに確認するかのように語り出していた。


 彼が負った背中の傷。

 目の当たりにしたヴァンパイアの牙。

 すべてを凍り付かせるような紫暗の瞳。

 初めて交わした言葉。

 濃紺の夜空に散らばる星々。

 満月を映し揺れる泉。

 迫り来るハイブリッドの群れ。

 ダークアメジストの光。


 ダークアメジストの、光……。


 涙が一粒、エルフェリスの頬を伝って落ちる。


 遠ざかるダークアメジストの光を想い出す度に、胸が締め付けられるように痛い。


 闇に吸い込まれるように消えていったあの光は、あの日失った自分の心。


 ロイズハルトへの、想い。


「私……死んだはずなのに……、あの時。でも、生きてるの。どうして? 私は一体……何なの?」


 言い終える頃には、エルフェリスは体をくの時に折り曲げ、両手でその身を掻き抱いていた。実体のある、けれども得体の知れない体を。


 考えたこともなかった。


 この身が一体どうやって存在しているのか、なんて……。


 生まれてからずっと、自分は自分であって、失われたモノ《きおく》があるだなんて考えもしなかった。


 人はすぐに忘れてしまう。日常も、想いも、時が経てば忘れてしまう。


 確かなものなど何もない。


 それでも自分という存在だけは、自分が一番良く解っているはずだった。


 はずだったのに。


「自分がなんなのか……分からないなんて……」


 己を取り戻したはずが、己を見失う結果となってしまった。


 人間として生まれて、エリーゼという姉とともにゲイル司祭に育てられ、人間とヴァンパイアの世界を分かつ最前線の村の神官として、神聖魔法使いとしての称号も得るに至った。


 司祭の跡を継ぐにふさわしい者として、三者会議への出席も半ば押し切る形であったことは否めないが認められた。


 すべて自分の意志と努力から生まれ出た軌跡であったと信じていたのに。


 エルフェリスを支えていた神聖魔法という力を得るまでの段階で、エルフェリスはすでに一度、ヴァンパイアの剣と牙をもって生を終えたかもしれない。


 その事実は、神の力を与えられたはずのエルフェリスの存在を根底から狂わせる。


 たとえハイブリッドといえどもヴァンパイアの牙を突き込まれた体に、神の奇跡と謳われる神聖魔法の聖なる力が宿るはずがないのだから。


 一度でも死した身体には……。


 エルフェリスの疑問と苦悩を真正面から受け止める形となったロイズハルトは、眉をひそめたまま、睨み付けるようにじっとエルフェリスを見つめていた。


 唇を一文字に引き、ときおり隙間から顔を覗かせる牙は、無意識なのか下唇の端を噛み締めている。


 それはまるで身体が言葉を紡ごうとしているのに対して、理性がそれを抑えつけているようでもあった。


 ――私の存在は、彼をも苦しめてしまうのだろうか。


 ふとそのような事をエルフェリスが想い始めた時。


「エル」


 瞳の色を隠したロイズハルトに名前を呼ばれて、エルフェリスはゆるゆると重たい首を持ち上げた。



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