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† 残 †   作者: 月海
第六夜 螺旋の彼方
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夢、うつつ(4)


 そんなわけで、エルフェリスは二晩続けて惰眠を貪るこもままならず、ふらふらする頭と体を引き摺って務めと修業とに臨まねばならなかった。


 だがわずかな暇を見つけては食料と水を確保し、またもや荷造りを進め、夕刻を待って再び小屋へと赴いていた。恐怖よりも、興味と使命感の方が勝った結果とも言えたかもしれない。


 青年は再び姿を見せたエルフェリスを一瞥しただけで、何も言葉を発しようとはしなかった。


 だからエルフェリスも何も聞こうとは思わなかった。


 食料と水を補給し、青年の治療をして帰る。


 ただ一言だけ、治療を施す前と後に声を掛ける程度で、それ以上はひたすら互いに沈黙を守り続けた。


 そのようなことを何日か繰り返したある日、少しだけ早い時分に小屋を訪れたエルフェリスは、ふいに青年から名を聞かれることとなる。


「エルフェリスというのか……」


 エルフェリスの名前を確認するように呟いて、青年は微かにその顔に笑みを浮かべた。嫌味の欠片も無い、きれいな笑顔だと思った。


 それを切っ掛けとして、エルフェリスと青年はどちらからともなく少しずつ言葉を交わすようになっていた。青年は名をロイズハルトと言い、シードヴァンパイアであるとも教えてくれた。


「この地でハイブリッドどもが暴れているとの知らせを受けて、奴らを一掃するためにやって来たのだが、うっかり後ろを取られてこのザマだ」


 エルフェリスと出会った経緯を説明する過程で、青年、ロイズハルトはそう言うと、自嘲気味に微笑んで、そして肩をすくめた。


「本当ならば数日で片を付ける予定だったのだが、思ったよりも手強い相手のようでな。油断していた私も悪かったのだが、思いのほか長引きそうで困ったことだ」


 寝台に腰かけて、ロイズハルトは額に手を当てると、長く深い溜め息を一つ吐いた。


 彼の話を瞬時に飲み込めないエルフェリスではあったが、つまりロイズハルトは、エルフェリスの村を荒らすハイブリッドたちを粛清するために派遣されたシードヴァンパイアだというところは何とか理解できた。


 背中の傷はハイブリッドたちと戦った時に付けられたもので、しかしながら敵を葬り、追い散らしたところでエルフェリスが現れたのだとロイズハルトは語った。


「まさかあのような場面で、人間の子供に出くわすとは思わなかったがな」

「子供じゃない! もう十六だもの!」

「私から見れば、まだまだだ」


 ロイズハルトの言葉にすかさずエルフェリスが抗議の声を上げる。しかし彼は意味あり気に微笑むと、それから意地悪く目を細めてエルフェリスを見返した。


 確かに何年生きているか分からないヴァンパイアの前では自分は子供かもしれないが、十六と言えば立派に女性として胸を張れる歳だ。子供という表現は相応しくない。


 そう主張してみたけれど、ロイズハルトは楽しそうに笑うだけで、その言葉を撤回することはなかった。


 不本意な心情を抱えたまま乱暴に治療を施すエルフェリスに、今度はロイズハルトが抗議の声を上げたけれど、返答の代わりに包帯をいつもよりきつく巻き付けてやることでこの件は終わらせることにした。


 ――いや、してやった!


 それから来る日も来る日も彼の元へと通い、その度に二人は他愛のない会話を交わした。


 エルフェリスも自分が神聖魔法使いの卵であることを明かしたし、ロイズハルトもヴァンパイアのことや自分の使命など、村にいては知り得なかった事柄を色々教えてくれもした。


 ある日、意を決したエルフェリスが禁断とも言える質問をヴァンパイアであるロイズハルトに投げ付けたことがあった。


 つまり……人間である自分を前にして、一向に吸血する気配を見せないロイズハルトにそのわけを尋ねたのである。


 彼が静養するこの小屋は人間の領域、すなわち吸血禁猟区内であったから、ヴァンパイアによる吸血行動が赦されていないという前提はあるにしても、毎日日中に行われている村周辺の見回りでヴァンパイアに襲われた死体が発見されたことは一度としてなかった。村にほど近いヴァンパイアの領域に於いても、だ。


 夜はハイブリッドたちが暴れ回り、その度に残念ながら犠牲者は出てしまっていたけれど、それ以外の犠牲はロイズハルトと出会って以降一人も出ていない。


 そんなわけであったから、この村にやって来て以来ロイズハルトが一滴の血も口にしていないのではないかとエルフェリスは訝しんだのだが、その件に関してはロイズハルトは明言を避けた。ただ曖昧に笑うだけで。


 しかしながら煌めくダークアメジストの瞳をエルフェリスの方に向けると、「恩人を牙に掛けるようなことはしない」とだけはっきりと宣言したのだった。


 それから時は流れ、ロイズハルトと出会ってから一月が経とうとしていた頃。


 村を襲っていたハイブリッドたちが日に日に数を減らし始めたある時、小さな村の中は一つの噂で持ちきりとなっていた。


 ハイブリッドの群れに立ち向かう黒い装束の影を見たという噂であった。


 影は夜蝶のように夜空を舞い、風に漂う羽根のような身のこなしで、ハイブリッドどもを灰へと帰しているのだという話が人々の口と耳を伝って村の隅々まで行き渡っていた。


 その噂を知己である鍛冶屋の大将から入手したエルフェリスは、すぐにその装束の男がロイズハルトであると確信した。


 ロイズハルトはあの小屋で傷を癒す傍ら、闇に紛れてハイブリッドたちを粛清していたのだ。


 その姿を、村の誰かに見られたに違いない。


 噂は風に乗って瞬く間に広まり、黒装束の影を探し出し、担ぎ上げて、散々村を苦しめたハイブリッドたちの末路を見届けようとする動きが村内に散見されるまでになっていた。


 しかしながら、ハイブリッドの群れがそもそも何人で構成されていたのか分からない上に、ヴァンパイアと十分に渡り合える術を持たない村人が少人数で出掛けることに教会側が難色を示したおかげで、ひとまずその動きは収まるかに思えた。


 エルフェリスが密かに胸を撫で下ろしたのも束の間、教会の神官たちの間で交わされる会話も黒装束の影に関するものばかりとなり、特にゲイル司祭は噂を耳にするなり思い当たる節があったらしく、村人たちへの忠告を終えるとさっさと自室へ取って返し、そのまま思案の海に沈んでしまった。


 そしてエルフェリスの心はゆっくりとではあるけれど、確実に均衡を失いつつあった。


 ならず者のハイブリッドたちが死に絶えるのは歓迎すべきことであったが、彼らを一人残らず葬った後、ロイズハルトはきっとこの地を去るだろう。


 頭の片隅で、何となくわだかまっていたその考えが、にわかに現実となって差し迫っていることに気が付いたのだ。


 当たり前だ。


 彼はヴァンパイアの住まう場所から、彼らの意にそぐわない行動を取るハイブリッドを排除するためだけにこの地に赴いてきたのだ。用が済めばまた、自らの生きる世界へと戻っていく。それは当たり前のことであって、なんら不自然なことではなかった。


 けれど。


 そう考えるだけで、なぜだか自分の心がざわめくのが分かった。


 ここにいる間は親しく言葉を交わす仲であったとしても、それはほんの一瞬の出来事であってきっとロイズハルトの心には長くは残らない。


 同じような紛争地で出会う人間がエルフェリスだけであったとは思えなかったし、わずかな時を過ごしただけの小娘のことなど彼はすぐに忘れてしまうだろう。


 自分という存在が、彼の記憶の片隅にいつまでも留めていられるほどの存在でないのは十分に自覚している。自覚しているからこそ、その事実が寒風となってエルフェリスの身に鋭く吹きつけてくるようだった。



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