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† 残 †   作者: 月海
第六夜 螺旋の彼方
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ルイの懸念(2)

「大切な女性ひとだったのですね」


 俯いたまま一言も発しなくなったエルフェリスを視線で一撫でして、ルイはほっと息を吐いた。


「ですが私にとっても、エリーゼは大切な女性ひとなのですよ。エルには……申し訳ないですが……」


 その言葉を聞くや否や、エルフェリスは弾かれたように顔を上げ、そしてそこにあるルイの顔をじっと見つめた。


「嘘じゃないよね? 信じて良いよね?」

「ええ、ドールは世界各地にたくさん所有していますが、それもひとえに飢えをしのぐため。それと退屈しのぎのため……ですかね。けれどエリーゼは特別です。彼女を己の欲望に穢すようなことは誓ってしませんし、愛しています。エリーゼを失うことなど、今さら考えられない」


 真摯な眼差しできっぱりと言い切ったルイの言葉に、エルフェリスの胸の奥底から一つだけ吐息が零れるのが分かった。


 濁すことなくエリーゼを愛していると宣言したルイに、胸が熱くなるのを止められなかった。


 ドールは人形。


 ヴァンパイアに血液と快楽を与えるだけの人形。


 人間の間ではずっとそのように信じられてきたし、実際、大多数のヴァンパイアたちもドールをそのように扱っている。


 けれどルイは今、エルフェリスの目の前でエリーゼを愛しているとはっきりと公言した。


 嬉しかった。


 エリーゼを、自分の大切な姉を、ルイがそのように想ってくれていることが自分のことのように嬉しかった。


 だからそのセリフを己の胸に刻み込むように唇を噛み締めて、エルフェリスは何度も何度も頷く。


 そんなエルフェリスからわずかに視線を外してルイは「すみません」と呟いたけれど、エルフェリスは一生懸命に頭を振った。


 謝ってくれなくて良い。ただエリーゼを大切にしてくれれば良いと、それだけを願って一生懸命に頭を振っていた。


 しばらくの間、エルフェリスとルイの間には沈黙という名の風が流れていた。


 けれどその沈黙を先に破ったのは、ばつが悪そうにプラチナの髪を掻き上げたヴァンパイアの方だった。


「このような沈黙は、あまり好きではありません。長引けば長引くほど、お互いの心に蓋をしてしまう。良ければ私の部屋に移動しませんか? 誰にも邪魔されることなくお話したいことがあるのです」


 先ほどまでの色を拭って、新たな色彩をその瞳に浮かべたルイはそう言うと、エルフェリスの返答を待つまでもなく踵を返して歩き出した。


 追うのも留まるのもエルフェリスの自由ではあったけれど、この時のエルフェリスはなぜか躊躇うことなくルイの後を追っていた。


 果てしなく続く闇の中に、一筋の光を見出した旅人のように。


「あれ? ここって……」


 ルイが立ち止まった扉を見上げて、エルフェリスは過去の記憶を引き摺り出しながら首を傾げた。


 その意図を言わずとして悟ったのか、ルイは微かに苦笑すると、「私の部屋です」と簡潔に答えて、それから中へとエルフェリスをいざなった。


「あなたと初めて会った部屋は、私の所有する別室の一つでしてね。こちらは私の私室ですので、エリーゼ以外には入室を許可していません。ですから、周囲の目を気にすることは無いのですよ」


 初めて会った部屋、とは忘れもしないあの夜に惨劇の舞台となった一室のことを指していたのだが、エルフェリスはあえてその部分に触れることなく曖昧に返答するに留めた。


 あの夜をとやかく追及したところで、ルイのような男を思い通りに誘導できるはずもなければ、必要もないのだ。


 ルイの心に影を落とすものが何なのか。


 それは今でもエルフェリスの興味を引き付けてやまなかったのは事実であるが、ルイの問題はルイの口から語られるべきものだとロイズハルトも言っていた。


 誰にでも踏み込んではいけない領域があるのだと。


 そしてそれは自分にもあるのだと思えばこそ、エルフェリスはあの夜の真相を闇の中に封印しなければならなかった。


 今はまだ、その時ではないのだから。


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