ルイの懸念(1)
絵画から飛び出してきたような、現実離れした美貌。姿形を自在に変え、夜空を支配する銀の月。数多の美女を従え、享楽を貪るフェミニスト。
どれもルイという男を語る時に使われる表現だ。
けれど実際には、飢えに弱くて短気、というのが加わるのだが、そちらの方面を知る者は意外に少ない。
それもそのはずだった。彼はその美しい外見に、見えないベールを幾重にも纏っているのだから。
光に透かそうが、闇に沈もうが、その正体を見破ることは容易ではない。
だからエルフェリスがヴィーダで垣間見たルイの姿はきっと、ドールの誰もが知らないルイの本当の姿だったに違いない。
「レイから聞いたのですよ、あなたと私のエリーゼがどうやら知り合いらしいとね」
今宵の目的をそれとなく尋ねたエルフェリスに向けられたのは、そのようなセリフだった。
ああ、なるほど、と思う反面、「レイのやつ余計な事を……」と内心舌打ちしたのもまた事実であったが、それを口に出さなかったことに関しては、素直に自分を称賛したい。
「ふふ、どうやら聞かれたくはなかったようですね?」
しかしながら表情には出てしまっていたようで、ルイはエルフェリスの顔を一瞥するや否や、手を口元にあてて苦笑した。
ヘヴンリーにも以前指摘されたことがあったが、考えや感情がそのまま顔に出てしまうのはエルフェリスの欠点であった。けれどそれを直すというのはなかなか骨の折れる作業で、改善を図ろうにも思考よりも先に神経が動いてしまってはどうすることもできない。
「どうやったらルイみたいに四六時中笑顔を貫き通せるのかなって思ってたとこ」
「おや、これは手厳しい。私とて、常に笑顔を張り付けているわけではありませんよ?」
「そうかなぁ……」
「そうですよ。私ほど感情豊かなヴァンプはいませんから」
そう言いながらもまた緩やかに微笑むルイに、エルフェリスは胡散臭げな視線を無遠慮なほど浴びせた。
確かにヴィーダでは様々な感情を起伏させるルイを見た。飢えてブチ切れたり、ハンターに囲まれてブチ切れたり、ハンターをボコボコにして悦に入ったり。
けれどほとんどの場合、その感情に加えてその顔には常に笑顔が纏わり付いていた。その笑顔が影を潜めたのは、ロイズハルトが負傷した時のみだろう。
恐らく本人には自覚がないのだろうけれど。
「確かに、私はエリーゼを捜してここに来た。それは間違いないよ。でももう良いんだ。エリーゼが無事だって分かればそれで良い。エリーゼのこと大切にしてくれるなら、良い」
微笑むルイに背を向けると、エルフェリスはゆっくりと、でもはっきりとそれだけを告げた。
見つけたらぶん殴ってやりたかったとか、姉を返して欲しかっただとか、そんな事はもうどうでも良い。村へ連れ帰ってもエリーゼが幸せになれるとは思わなかったからだ。
あんなに幸せそうに微笑む姉を見ておきながら、ルイと無理やり引き離したところでエリーゼがまたルイを追って村を出ることくらいいちいち想像しなくても察しは付く。苦労して連れ帰った挙句に、再び同じ苦労を初めから味わうのはごめんだ。
ルイがエリーゼを大切にしてくれるのなら、もういっそ姉の事は忘れて、二人の幸せを祈ろうという気分になっていた。
「危険を冒してまで乗り込んで来たあなたが、あっさりとエリーゼを諦めてしまうのですか?」
ルイはまたもやエルフェリスの表情から何かを読み取ったように、そう言葉を投げてきた。
自分から姉を奪った張本人がそのようなことを問い掛けてくること自体矛盾しているような気にもなったが、それでもエルフェリスは自分を納得させるように頷く。
「初めはね、ルイのことも知らなかったし、エリーゼの情報も何一つ無かったし、死んだんじゃないかって思ってたんだ。何も言わずに出てったエリーゼには腹が立ってたし、エリーゼを捜しに行ってくれた人もたくさん殺されたし、生きてるなら引きずってでも連れて帰って、その人たちにせめてもの謝罪くらいさせないとって思ってた。でもさ、いざエリーゼの姿見たら、……どうでも良くなっちゃった。甘いって怒られるかもしれないけど……」
「……その事を、エリーゼには?」
「言ってないよ。言おうと思ったけど、でも……記憶が無いんじゃ……」
そこまでを絞り出すと、エルフェリスは人知れず俯いた。
すべての記憶を失ったエリーゼを非難したところで、彼女の心を悪戯に痛めるだけに終わるのは目に見えている。
エルフェリスのこともすべて忘れて、村のこともすべて忘れて、今のエリーゼにあるのはルイという存在だけ。
それを奪って記憶を取り戻させたところで、エリーゼは過去と現在の狭間で必要以上の苦痛を味わうことになるだろう。
過去の自分の罪を知りながら、奪われた愛にしがみつくのか。それとも何もかもを奪ったエルフェリスを恨んで、神の僕へと戻ることもできずに、その身の儚さを嘆くのか。
いずれにしてもその先は、想像したくもない。