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† 残 †   作者: 月海
第六夜 螺旋の彼方
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理想の行方(3)

 庭園でレイフィールと別れてから、エルフェリスは一人いそいそと城内を歩いていた。目指していたのはいつもの通り、ロイズハルトの部屋だ。


 ここ最近はデストロイから受けた傷も癒え、それでもいまだ大事を取って静養を継続してはいたものの、活発に活動を始める兆しが見られるようになっていた。


 ゆえに部屋にいるかいないか定かではなかったが、先ほどデューンヴァイスを見送る際には姿を見せなかったところを見ると、今日は自室にいるのではないかとエルフェリスは推測していた。


 そして案の定、彼は私室のソファで一人、優雅にグラスを傾けていた。


 エルフェリスの訪問を受けると彼はすぐに立ち上がり、暗黙の了解のごとく燭台に火を灯すと、片手でグラスの中身を光に透かして微笑む。そしてそれをエルフェリスの前に差し出した。


 立ち上る芳醇な香りの中に、微かなアルコールのそれが感じられた。


「デューンのやつ、予定通り出立したようだな」

「うん。さっきね」

「俺もここから見送っていた。まだ、下まで降りるのがちょっと億劫でな」

「体の調子、どう?」

「それは悪くないんだが……少し足が弱ってしまったみたいだ。情けないことだが」


 エルフェリスの問い掛けに苦笑を漏らしながら、ロイズハルトは己の太ももを軽く叩いてみせた。


 約二か月にも及んだ療養生活は、強靭な肉体を誇るロイズハルトからも容易に体力を奪っていた。


 本来の治癒力を魔法で奪われ、否が応でも長期の静養を強いられては多少は仕方のないことだと思われたが、本人によればそれは思いのほか甚大で、「しばらくはリハビリの日々だな」と笑うしかないのだとか。


「本当ならば、デューンには城を離れて欲しくはなかったんだが」


 そしてそう言ってから、グラスの中身を一気にあおる。紅い色の液体が、ロイズハルトの唇に吸い込まれていく様子を漠然と見つめながら、エルフェリスもまた目の前に置かれたグラスに手を伸ばした。


「なんか……デューンさ、最近変じゃなかった?」


 それを口元まで持っていって、そしてふと思い出したように呟くと、ロイズハルトは反対に持っていたグラスをテーブルの上に置いて、そして改めてエルフェリスに向き直った。


「変とは? 元々だろ」


 ロイズハルトが放った言葉に思わず噴き出しそうになったところを慌てて咳払いでごまかし、再度口を開く。


「なんかさ、上手く表現できないんだけど、何て言うか……いつものデューンじゃない気がしてさ。なんか……変だった」

「それでは分からないな」


 新たな葡萄酒をグラスに注ぎながらエルフェリスの話に耳を傾けていたロイズハルトは、曖昧なエルフェリスの説明に首を傾げて苦笑した。


「うーん。だから上手く言えないんだってば」

「ふふ。そうだな、だが一つ言わせてもらえば、デューンはちょうど飢えを覚える頃だったはずだ」

「飢え?」

「そう。デューンは立場上、俺たちよりもずっと飢えには強い。そのように訓練されているからな。だから緊急事態にでも陥らない限り、俺たちのドールにも手を出さないし、飢えを覚えない限り人間にも手を出さない」

「じゃあ、デューンは一体いつ……?」


 吸血しているのだろうと言う疑問をエルフェリスはとても口に出せず、グラスに残る葡萄酒とともに飲み込んだ。


 けれどロイズハルトはその先を汲み取って、その疑問を解決してくれる。


「どこか……昔から決まったところがあるようなんだ。ドールでもない、普通の人間がヤツに定期的に血を提供しているらしい。まあ、この目で確認したわけではないから何とも言えんがな」

「普通の人間? だってシードに噛まれたら……」

「俺たちに噛まれたとしても、致死量に達しなければ死にはしない。ヴァンプに変わるにも、致死量に達した上で、俺たちの血を含まねばならないからな。複数の人間から少しずつ血を分けてもらっているのだとしたら、その者たちはそれ以降も普通に人間として生活できる。まあ、そんなところだろうな」

「そんな事が……」


 できるのかと、目を見張った。


 人をヴァンパイアに変える力を持つ魔物が、人をヴァンパイアに変えること無くその血を提供されている。


 その事実は、エルフェリスとしても初耳で、また、驚愕すべき事例でもあった。まず第一に、人間側のデューンヴァイスに対する信頼がなければ成立し得ない事象なのだから。


 たとえヴァンパイア側が誠実に人間側の無事を声高らかに誓約しようとも、その約束が守られるかどうかは事後になってみるまで分からないのだ。そのような話を、人間側が易々と承諾するはずもない。


 一体デューンヴァイスはどのようにして、人間たちとそのような信頼関係を結んだのであろうか。


「……デューンて……何者?」

「ふふ。まあ、俺たち四人の中で一番ヴァンプの慣習に囚われない男ではあるな。脳みそが柔らかいのかな」

「だとしても……それが本当ならすごい事だよ? だって、最近そうなったわけじゃなくてずっとなんでしょ?」

「ああ、盟約が結ばれる前からだな。だから、考えようによってはあいつが共存の盟約の先駆けってことにもなるかもな」

「先駆けであって、理想でもあるよ! すごいこと聞いたかも……」


 片手でグラスを握り締めたまま、開いた口を閉ざすのも忘れて、エルフェリスはそのまま自分の考えに耽った。


 言葉通り、デューンヴァイスとその人間たちの関係が真実であるとしたら、まさに共存の盟約をも凌ぐ理想そのものとなり得るのだ。


 盟約は互いの領土を明らかにし、その中に互いのルールを作る事によって秩序を保とうというものであって、決して互いを殺してはならぬとの表記は無い。異種族の土地に不用意に侵入すれば、殺されても文句は言えないのだ。


 今現在問題となっているのは、その領土とルール双方を乱す輩がどちらともなく増えたからであって、だからといって新しく「どこにいても互いを殺すこと無く上手くやれ」との項目を設けたところで、それはたいした効果をもたらしはしないだろう。結局は一人一人の心持ちに賭けるしかないのだ。


 しかし。


 例えばヴァンパイアが人の命を奪うことなく吸血する事を覚えたら?


 例えば人が命を奪われることなくヴァンパイアの牙を受け入れる覚悟を決めたら?


 理想的な共存世界が出来上がるのではないだろうか。


 もちろん今すぐにとは言わない。果てしなく永い年月を要するかもしれない。


 それでも、現在の破綻寸前の状況を打破する手段となり得るかもしれないと、エルフェリスは真剣に考えていた。


 そんなエルフェリスを楽しそうに見つめて、ロイズハルトはくすくすと微笑する。


「エル、心の中が丸聞こえだ」

「え?」

「今のはまあ良いとして……聞かれてまずい事は口に出さないようにしろよ」


 そう言って人の悪い笑顔を見せたロイズハルトは、再び口元へとグラスを運んだが、その縁が唇に触れるか触れないかのところでまた小さく肩を震わせ始めた。


 その様子と言葉から、エルフェリスは瞬時に察知した。どうやら途中から、思案の内容をすべて口に出していたらしい。


 かあっと顔が燃え上がる感覚に、思わず転げ回りたくなる。


「理想の実現に乗り出す時には俺にも相談しろ。惜しみなく協力してやるぞ」


 そしてまた笑いの渦に飲み込まれていくロイズハルトをエルフェリスは恨めしく眺めやりながら、半ばやけくそにグラスの中身を一気に煽った。


 そんなロイズハルトの元から逃げるように退出した後、真っ直ぐ自室を目指したエルフェリスは、ドアの前に誰かが立っていることに早い段階で気が付いていた。そしてそれが誰なのかも。


 罪深いほどに美しく輝くプラチナの髪を持つ者は、城内に二人といない。


 言わずと知れたあの男だ。


「どうしたの? ルイ」


 小走りで近付きながらそう尋ねれば、ルイはエルフェリスの姿を認めるや否や、花のような笑顔を惜しげもなくこちらに向けた。そしてその到着を待って、実に優雅に一礼をする。


「こんばんは、エル」


 そうして挨拶を一言述べると、またふわりと微笑んだ。エルフェリスも同様に挨拶し、それからルイの来訪に小首を傾げた。


「何か用?」

「ふふ。たまにはあなたと夜を過ごすのも一興かと思いまして」

「ええ? 私ルイのドールに恨まれたくないんだけど!」

「なにバカなこと言ってるんですか。あなたと話したくらいで恨むような女に、私のドールは務まりませんよ」

「そうなの?」

「そうですよ。それにあなたとはゆっくりと話したことが無かったですからね。ただ戦場を共にしただけの仲でまた疎遠となるのはつまらないでしょう? 親睦を深めようということですよ」

「なら良いけどさ」


 と承諾したエルフェリスを満足げに見やって、ルイはまた優雅に一つ頷いた。


「そう来なくては。では、有意義な一夜を過ごすとしましょう」


 そしてそのようなセリフを何の躊躇いもなく言ってのけたものだから、エルフェリスはまた一瞬狼狽した。


 けれどこの誘いが、エルフェリスの運命を激しく揺さぶる事になろうとは、誰一人予想だにしなかったに違いない。


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