理想の行方(2)
レイフィールの戯言を適当に聞き流しながら、エルフェリスの目は無意識にルイとエリーゼを追っていたのだが、そのさなか、どちらからともなく二人の唇が重なり、そしてルイのそれはゆっくりと、剥き出しになったエリーゼの首筋へと動いていったのだ。
エリーゼの紅い唇が小さく開いたのと同時、見てはいけないものを見てしまった気がして慌てて目を逸らしたところをレイフィールに目ざとく感知されてしまったと言うわけだ。
「ルイも大胆だよね。こんなところで……。仲良しなのは結構なことだけどさぁ? エルにはちょっときついかもね」
二人の様子をじっと見つめながらレイフィールはひどく楽しそうにそう言ったが、それはエルフェリスの心境をそっくりそのまま表していた。
ドールとなったエリーゼがその主であるルイにいつどこで吸血されようと、誰も咎める者などこの城には存在しない。それが彼らの世界で、彼らの日常であるからだ。
けれど自分はと言えば、そうではない。
人肌から流れ出る血液には抵抗があるし、何より、この身を走り抜ける嫌悪感に支配されそうになる。目を逸らして、気を逸らさねば、あのような場面をやり過ごすことなどできそうになかった。
しかも、今ルイに身を任せているのは自分の姉だ。血を分けた姉が、目の前でヴァンパイアにその血を差し出している。
これほどの複雑な感情を言葉にするとしたら、どう表現すれば良いのだろう。まったく想像すら難しい。
「ねぇ、エルさぁ、あのドールとどういう関係? 彼女を捜してこんなところまで来ちゃうんだから、エルの大切な人なんでしょ?」
そう言って向けられたアイスブルーの瞳は三日月型に細められてこそいたが、そこに湛えられた光からは明るさを感じ取れなかった。
だからエルフェリスも表情を変えず、軽くレイフィールを一瞥したのみで、再び視線を足元へと移動させる。
「別に……古い知り合いだよ。それだけ」
「それだけ? ほんとに?」
「うん」
「そんなわけないよね? 十字架のネックレスだってお揃いなんでしょ? 普通ただの知り合いがお揃いのネックレスなんてしないよね? あ、でも待てよ? もしかして同じ教会の仲間だったとか? それならお揃いのネックレスの説明も付くけど……。でもなぁ……」
とレイフィールの詮索の手は止まらない。
しかしエルフェリスがだんまりを決め込んだところでひとまずは追及を諦めたようだった。ベンチの縁に両手を付いて、つまらなそうに両足をばたつかせている。
けれどその瞳はまたもや、前方のルイとエリーゼに固定されているようだった。
「あのドール、ルイとどこで出会ったんだろうねー」
などと、エルフェリスの心を揺さぶるようなセリフをわざとらしい口調で言ってみせる。
「それが分かってたら、私がこんなに苦労することもなかったよ」
「そうだよねー。ルイの放浪癖は想像を絶するからなぁ。手掛かりがなかったのも当然だよね」
「何が言いたいの?」
レイフィールの言葉に多少の苛立ちを覚えたエルフェリスが、やや怒気をはらんで乱暴に尋ねる。
すると意外にも、レイフィールはそれまでの軽薄さをすべて薙ぎ払ったかのような顔をして、ルイとエリーゼの姿を追っていた。
銀色の月明かりを受けたアイスブルーの瞳が、白い花々の隙間をすり抜けて、見つめ合う二人の男女に注がれている。
それは決して鋭利なものではなく、むしろレイフィールらしくない儚さを含んで揺れていた。
「あのドールが……永遠にルイの傍にいて、心を離さなければ良いんだけどね……」
誰に促されるわけでもなく、その口から呟きが漏れていったのをエルフェリスは聞き逃さなかった。
レイフィールの表情を観察して、その発言の意図を探ろうとする。けれど、そこからは何も読み取ることができなかった。
どういう事かと尋ねてみても、レイフィールは先ほどのお返しとばかりに鼻で笑うだけでそれ以上を語ろうとはしなかった。
だからエルフェリスはレイフィールの言葉の意味が分からずに、訝しげに眉をひそめるしかなかったのだ。
――永遠。
ドールであるエリーゼが永遠の命を得るための方法はただ一つ。ヴァンパイアになるしかない。
それはエルフェリスにも瞬時に察知することができたが、レイフィールの発言にはそれとは別の意味が込められているような気がしてならなかった。
永遠にルイの心を離さず……。
それは根拠のない直感ではあったけれど、確かな意味がそこにはあった。