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† 残 †   作者: 月海
第六夜 螺旋の彼方
123/145

二色の瞳(3)


 けれどすぐに大きく息を吐き出して、いつもの調子でにやりと笑った。


「まあ、つまりあれだ。俺が傍にいる時は、俺を頼れってことさ」

「……うん。ありがと」


 その笑顔に、エルフェリスもようやく答えることができるというものだった。


「そうさせてもらう」


 そして改めてエルフェリスもデューンヴァイスに微笑んで見せた。


「しかしハンターたちもなぁ……エルを殺すようなことはまさか無いとは思うが、ヴィーダの一件でエルの立場は悪化してんだろ? 迂闊に表も歩けないな」

「う……ん。……でも悪い噂を流されるのなんて初めてじゃないし、みんなはまたか、って思うだけかも」

「てかお前、どんな生き方してきたんだよ」

「普通だよ?」


 デューンヴァイスの苦笑に、エルフェリスのそれが重なった。


「普通の神官が告発されるなんて無いだろ? それくらいヴァンプの俺にも分かるがな」

「人間は型から外れた者を赦さない。堅苦しい職業であればあるほどね。そういうこと」

「まあ、エルは確かに普通じゃねぇな。ここで暮らしてるくらいだしな」

「みんな誤解してるんだよ。ヴァンプは人を殺すだけの魔物だって……。私もそうだった。私だって、ここに来なかったら何も知らないままだった。盟約の監視っていう大義名分が無かったら、今頃教会本部に幽閉されて、檻の中だったかも」

「穏やかじゃねぇな」


 言葉のやり取りが至極軽快だっただけに、話の内容が余計に重く感じられた。


 今回のハンターたちの流言で、どれほど教会本部がエルフェリスに対する懸念を深めるかなんて知ったことではないが、デストロイと教会本部の癒着が本当なのだとすれば楽観的に構えるのもまた難しい。


 デストロイやカイルが単にその身を案じてエルフェリスを連れ帰ろうとしているわけではないことも、想像するに容易いからだ。


 ヴァンパイアに対抗できる神聖魔法使いが、ヴァンパイアに籠絡されることを教会本部は恐れているのだろう。大事な切り札を一つ、敵に奪われるようなものなのだから。


 ここでハンターと教会本部の癒着の証拠を握ることができれば、こちらとしても強みができるというものなのに、今のエルフェリスにはそれをするだけの力がない。村へ戻るにしても、自分一人では道も分からない。


 境界に関係なく巷に溢れるハイブリッドとハンターの渦に飲まれ、どこかで朽ち果てるのが落ちだろう。


 いや、朽ち果てることができればまだ幸い。


 ハンターたちに捕えられ、死ぬまで暗い檻の中に閉じ込められることになってはそれこそ絶望だ。


 自由を奪われ、存在を奪われ、ヴァンパイアを殺すためだけに生かされ続ける。そこには未来などない。


 そのような展開を回避するための手段を見つけるまで、エルフェリスは安易にこの城からは出られないのだ。それがまたエルフェリスの焦りを増大させた。


「噂を払拭したくても、レイから一人での外出禁止を言い渡されちゃってるしね。リーディアを巻き込むわけにも行かないし、不本意だけど仕方ないよ」


 実は偶然出会ったデマンドにこっそり馬車を出してはもらえないか掛け合ってみたりもしたのだが、すでにレイフィールによって先手を打たれた後であり、エルフェリスのもくろみはあっさりと潰えてしまっていた。


「どなたか信頼できる方がご一緒であれば」


 馬車を出す条件としてその時デマンドから提示されたのは、そのようなものであった。


 信頼できる者。


 それはすなわち、シードの四人かリーディアといったところだろうが、ロイズハルトは療養中、レイフィールはエルフェリスの外出に否定的、リーディアは城内の見回り警護の日々、ルイに至っては……言うまでもないだろう。


 そして目の前にいるセピアゴールドの瞳の男もまた、エルフェリスを外へ連れ出してはくれなかった。


 ヘヴンリー率いる急進派と姿なき死霊使いを追って、しばらく城を空けると言うのだ。


「本来ならロイズが出向くところだが、ここで無理をされても困るし、ちょうど俺も野暮用があってな。気分転換くらいにはなるだろうさ」


 そう言ってデューンヴァイスは軽快に笑って見せたが、供も連れず、馬も駆らず、単身出掛けると言うのだからエルフェリスの心中は穏やかではない。


 いかに身軽で、いかに智勇に富んでいるとはいえ、相手は荒ぶる反逆者に得体の知れない禁術使い。胸騒ぎを抑えられるわけがなかった。


「そんな顔すんなって、エル。俺を誰だと思ってる? 風よりも早く駆け、鳥よりも高く跳躍する。それが俺たちヴァンパイアだ。大群での行動よりも単独の方が何かと都合も良いしな」

「でも、時期が時期だし……」

「はは、もし俺に何かあったら、エルは毎日見舞いに来てくれるんだろ? それも悪くないさ」

「そういうことじゃなくて!」


 言い終わるか終らないか。


 遠く夜空を映していた視界に陰りが差して、次にエルフェリスの双眸が映したものは、デューンヴァイスの広い胸だった。


 呼吸を阻むほどに強く抱き締められ、息苦しさを覚えてエルフェリスが小さく喉を鳴らせば、わずかに力を緩めたデューンヴァイスの声が頭上から降り注ぐ。


「来てくれるだろ? エル」

「バカなこと言ってないで、無事に戻って」

「来いって言ってんだよ」

「無事に戻ってくれなきゃ困るし!」

「……ふふ」


 デューンヴァイスの零したその笑みの理由が、エルフェリスには分からなかった。分からなかったけれど、それを合図に、デューンヴァイスの腕はより一層の力を込めてエルフェリスを抱き締める。


 抵抗はしなかった。


 デューンヴァイスの様子がいつもと違ったから。


 いつも以上の冷たさを感じる身体からは、いつもの軽さを感じ取ることができなかった。


 痛いくらいに感情が突き刺さるようで、戸惑いすら感じる。


 一体どうしたというのだと訝しむエルフェリスをよそに、その肩に顔を埋め、腕に力を込めるデューンヴァイスがぼそっと何かを呟いた。


 けれどそれは風と喧騒に飲み込まれ、夜の闇を頼りなくくゆるように深く吸い込まれていった。


 二人を遠くの窓から見つめている紫暗の瞳から、その身を隠すように。

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