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† 残 †   作者: 月海
第六夜 螺旋の彼方
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二色の瞳(2)


 世界が回って最初に目に入ったのは、至極楽しそうに目を細めるデューンヴァイスの顔。


 俗に言う、お姫様抱っこという体勢で抱え上げられたエルフェリスは顔を真っ赤に染め上げた状態でしばし抵抗を試みたが、所詮はヴァンパイアと人間。


 力の差は比べるまでもなく、抵抗すらも愉快そうに受け流してデューンヴァイスはエルフェリスを抱き上げたままさっと進路を変えると、もと来た道を歩み出した。


 その途中、回廊の片隅であんぐりと二人を見守っていた一人のドールを捕まえたデューンヴァイスは、サフィへの伝言を忘れない。


「さ、これで心置きなくエルを独占できるな」


 そしてセピアゴールドの瞳をエルフェリスに向けた。


「独占したって良いことないよ」

「そうかな? 毎日ロイズに独占されてたからなぁ。たまには一日俺と一緒にいてくれたって良いだろ?」


 悪戯に笑みを浮かべて、それでも真っ直ぐ前を見据えるデューンヴァイスを見上げると、エルフェリスは吐きかけた溜め息を飲み込んだ。


「……どうしたのデューン。デューンとだって、毎日一緒にいたよ?」


 困ったように、諦めたように、抵抗をやめたエルフェリスが問いかける。でも、デューンヴァイスは答えない。


 ただただ微笑むだけで無言を貫き通し、エルフェリスをどこかへ運んで行く。


 そして辿り着いたそこは、云わずと知れたデューンヴァイスの私室だった。


 扉をすり抜けて、真っ暗な部屋の中を進む。


「デューン?」


 暗闇の中、微かな不安を秘めたまま彼の名を呼べば、デューンヴァイスはようやくその足を止め、エルフェリスの身体をゆっくりと解放した。


 カーテンの隙間を縫って差し込んだ月の光が、闇の支配する室内を照らしている。


 その光に吸い寄せられるように、デューンヴァイスは重く垂れ下がるカーテンに手を伸ばすと、おもむろにそれを引いた。


 漆黒の世界から闇を引き剥がすように、浮かび上がる室内と窓の外に広がる景色がにわかに姿を現す。


 乳白の色味を帯びたデューンヴァイスの横顔はまるで、そこに在るすべての景色を背景に佇む軍神の絵図を想像させた。いっそひどく神々しくさえあって、直視できない。


「バルコニーに出ないか?」


 片手を額に当て目を細めるエルフェリスに、デューンヴァイスがその手を差し出した。


 いつものデューンヴァイスらしくなくて、エルフェリスの口からはくすくす笑みが零れていく。


「本当にどうしたの? 今日はまるで別人だね」

「たまには良いだろ? こんな俺も」


 そう言って、エルフェリスの手をつかんだデューンヴァイスに先導されてバルコニーへと踏み出せば、薔薇の庭園の喧騒に飲み込まれて、二人の間を流れていた静寂は破られた。


 いつもとは違うデューンヴァイスの半歩後ろに並ぶように立って、エルフェリスは遥か階下の庭園を眺めやる。


 そうすれば自然と、言うべき事柄を見つけたりするものだ。


「あのさ」

「ん?」

「ヴィーダではありがとね。ほら、ちゃんとお礼言ってなかったからさ」

「ああ、たいしたことじゃねぇよ。俺はソファでふんぞり返ってただけだしよ」

「でもホントに助かった。心強かったし。ありがと」


 デューンヴァイスの瞳を真っ直ぐ見据え、それからゆっくりとエルフェリスが頭を下げる。するとデューンヴァイスはふっと笑みを浮かべて、そしてその視線を広がる庭園へと向けた。


 たくさんのヴァンパイアやドールたちが、白い花々の波にもまれるように、思い思いに夜を楽しんでいる。


「本当はあの場にいてやりたかった、エル。そうすれば、いくらでも助けてやれたのに」


 そう呟いたセピアゴールドの瞳にもまた、白波の揺らめきが満ちては引いていた。


 たてがみのような髪を弄ぶように、風が踊る。


「ちゃんと護ってくれたよ」

「そうじゃなくてさ。この身をもって護ってやりたかったんだよ」

「あ……、えっと……」


 デューンヴァイスはたまに返答に困るようなことを言っては、エルフェリスを悩ませる。


 今もそうだ。


 謝意を述べれば良いのか、それともただ頷くだけで良いのか、正直考えあぐねてしまっていた。


 実際、デューンヴァイスには城の内外に関わらず何度も助けてもらっているし、だからといってそれが当然のことだとはエルフェリスももちろん思っていない。


 デューンヴァイスの言葉はとても嬉しかったけれど、毎回彼の力を頼りにしていては、エルフェリスなどいてもいなくても同じだ。それでは意味がない。


 自分の力で立ち上がることができなければ、意味がないのだ。


 反応を示さず、どこか遠くを見つめていたエルフェリスにデューンヴァイスの視線が注がれても、エルフェリスはまだ自分の思案の海から逃れることができないでいた。


 薄く笑みを浮かべて、デューンヴァイスが二、三度首を振る。


「まったく正直だなー、エルは」


 そして空気を震わせるか震わせないかほどの音を、その口元から溢した。


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