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† 残 †   作者: 月海
第六夜 螺旋の彼方
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太古の秘術(4)


「毎日ごめんね。片付け手伝うよ」

「お、俺に遠慮してんのかー? 毎日来るのが面倒なら一緒に住むか?」

「……」

「無視かよ」


 デューンヴァイスの軽口など慣れたものだが、冷めた瞳を向けることだけは忘れないエルフェリス。対するデューンヴァイスは口を尖らせて即抗議。


 こんなやり取りを毎日繰り返しながらもエルフェリスがこの部屋へ通うのは、この部屋に所蔵されている膨大な書物を読むためだった。


 エルフェリスも意外で驚いたのだが、デューンヴァイスの私室の一つがまるまる書庫となっていたのだ。周囲の壁から床に至るまで、実に多種多様な本がびっしりと落ちて……並んでいる。戦術書や医学書、魔法学、歴史書、図鑑、標本、絵本、おとぎ話、画集と、その種類を挙げたらきりがない。


「全部読んだの?」

「まあな。暇つぶしくらいにはなるからな」


 本来あるべきところに数冊の本を戻しながらエルフェリスが尋ねれば、セピアゴールドの瞳を本に落としたままのデューンヴァイスはそう答え、そしてそれから「これはそこの棚」とまた再び本を手渡してきた。


 頷き、受け取ると同時に、何気なく表題に目を落とす。


「森の動物たち」


 わずかな思案の後、噴き出しそうになるのをエルフェリスは必死になって抑え込んだ。これもデューンヴァイスの私物なのだろうかと思うだけでおもしろくて仕方がない。


 興味に駆られてペラペラとページをめくってみれば、全面に渡って動物の絵図や生態についての文章がひたすら並んでいた。


「可愛い」


 絵図の感想とともに、デューンヴァイスに対しても本当に色んな種類の本を持っているものだと感心しながら所定の位置へと戻す。


 エルフェリスとデューンヴァイスは黙々と、しばらくそんな作業を繰り返していた。


 足の踏み場もなかったその部屋の絨毯がちらりと顔を覗かせたのは、どのくらい経ってからだっただろう。


 かなりの冊数に目を通し、さすがに疲労の色を濃くしたデューンヴァイスが一息入れるために湯を沸かしに行った頃のことだった。


 エルフェリスもテーブルに移動しようと立ち上がると同時に何気なく巡らせた視線の先、無造作に開かれたまま数冊の本の下敷きになっている一冊の古ぼけた本を見つけた。


 小口は茶色く変色し、装丁もぼろぼろでかなり傷んでいることが容易に窺える。


 ただでさえ傷んでいるところを、開かれた状態で重い本の下敷きとなってはそこから装丁が崩れてしまうかもしれないと危惧して、エルフェリスはその一画に手を伸ばした。


 エルフェリスのいた教会にも小さな書庫があり、古い本にどれだけの価値があって、どのような扱いが適切かくらいの知識は持ち合わせているつもりだった。


 一冊一冊丁寧に動かして、そして最後に下敷きとなっていた本を両手で持ち上げる。


 しかしながらこの場に置かれたのは最近であったのか、思いのほか埃のようなものは積もってはいなかった。


 先ほどまで一部しか見えていなかったが、その本は紺色の豪華な布張りの表紙に、銀色の刺繍が施された日記のようであった。


 先ほどのページを広げたまま、表紙を覗き込むように表題を読み取れば、そこにはタイトルは無く、代わりに著者であろうか、表紙の右下に小さく「フェルディナート」とだけ刺繍されていた。目立つように金色の刺繍糸が使用されている。


 紺色の布はところどころ擦り切れて、紙全体も茶色く変色し、かなりの年代物かと思われたが、中に書き連ねられた文字だけは黒くしっかりと残っていた。


 読むつもりはなくても、眼というものは案外そこにある文字を追ってしまうものだ。


 エルフェリスもまた然り。気付いた時には数行の文章の上を、視線が這っていた。



  本日、ようやくくだんの女のうち

  一人が目覚めた。

  昼夜問わず、瞳は元のままの色を保っている。

  人間の身でありながら、闇の蘇生術は

  功を奏した。

  あとはもう一人の女の目覚めを待つばかり。

  その後は、例の実験に取り掛かるのみだ。

  だが一つ気に掛かる事がある。

  それは――。



「見ーたーなー」

「わあッ」


 背後からぬっと伸びてきた手と声に驚いて、誰の目にも明らかなほど肩が跳ねた。飛び出しそうに激しく鼓動する胸に手をやり振り返ると、そこにはエルフェリスから取り上げた本を持ってこちらを凝視するデューンヴァイスが立っていた。


「どこまで読んだ?」

「ほ……ほんの数行だよ。女が目覚めたとか、蘇生術がなんたらとか……」

「どこにあった?」

「そこの本の下敷きになってた……読んだらまずかった?」


 エルフェリスの問い掛けに、デューンヴァイスは答えなかった。手にした本を睨み付けながら、じっと何かを思案している。


 けれどその沈黙は長くは続かなかった。


「レイのやつ……シバく!」


 思わず身体が飛び跳ねるくらいの大声が、部屋中の本に反射していった。


「悪いがエル、この本だけはダメだ。エルだけじゃない、許可無きシードにもハイブリッドどもにも閲覧を許していない本だからな。エルも見た通り、ここには蘇生術に関する記述があって、本来なら焚書モノなんだが、……訳あって残された。いにしえの知識としてもたらす物も多いが、悪用されるとまずいものでもある。だからこれのことは忘れてくれ」

「それは構わないけど……私が勝手に見ちゃったのが悪いんだし……」

「悪いな」


 エルフェリスの返答に満足したように頷くと、それ以上デューンヴァイスは何も語らず、その本をそそくさと部屋のどこかへと隠してしまった。


 本音を言うと、本の内容にはひどく興味をそそられていた。蘇生術とか実験とか、何やらきな臭い言葉ばかりが綴られていたのだ。気にならないわけがない。


 けれどエルフェリスたち人間側にも知られたくない情報があるように、彼らヴァンパイア側にもそれはあるに違いなく、恐らくあの本の内容がそれに該当するのだとエルフェリスは一人思案した。


 太古に姿を消したはずの蘇生術。ヴァンパイアの中では唯一、ロイズハルトだけが扱うことのできる禁断の魔法。


 そして人間の中では高位聖職者のみに伝えられていると言われているが、そちらを確認したことはまた一度もなく、本当に存在するのかどうかは定かではない。


 蘇生術に関して記された書物は遥か昔にすべて焼き払われたものだと思っていたが、少なくともこの城に一冊存在していた。


 種族関係なく一斉に焚書を行った過去に反する行為ではあるけれど、自分は今日ここで何も見なかった。何も読まなかった。


 すべては幻。


 夢の出来事だと思うようにして、エルフェリスは記憶の片隅へと追いやることを密かに決意していた。


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