太古の秘術(3)
† † † † †
それからしばらくの時をロイズハルトと共に過ごしたエルフェリスは、彼の部屋を後にして、次の部屋を目指して暗い回廊を一人歩いていた。
ロイズハルトが目覚めてからというもの、エルフェリスは毎日のように彼を見舞い、彼と様々な言葉を交わした。この城に来て初めて、エルフェリスはロイズハルトと二人だけでゆっくり時間を共有していたのである。
正直驚いていた。
ついこの間まで一番疎遠だったロイズハルトとは、戦場では良く顔を見合わせていたけれど、私用ではそれほど交流を持っていなかったことに驚いていた。
傲慢ともいえる笑顔を浮かべ、風のように空を舞うロイズハルト。
彼のことを想うだけで胸の奥が締め付けられるのは、自分が彼を好きだからだという一言で説明が付いた。
でもどうしてだろう。
なぜだかわからないけれど、エルフェリスの心に去来するものにはそれだけではなく別の感情が含まれているような気がしてならなかった。
言葉に表すことはできない。
できないけれど、ロイズハルトが笑う度に、切れ長の瞳を動かす度に、内側から全身を突き破らんばかりの勢いで何かが脳裏を駆け巡っていくのだ。その度に思考を止めて、何かの影を追い求める。
けれどそれは決して姿を見せることは無く、瞼の裏に溶けるように消えてしまうのだった。
「はあ……はあ……」
今もまた、ひやりと冷えた回廊の壁に片腕を預け、眼前を横切っていった「何か」を思い出そうと必死になっていた。
目の奥を突かれるような頭痛を伴って、それは一瞬のうちに姿を消す。後に残されるのは乱れた呼吸と、得体の知れない喪失感のみ。
今に始まったことではなかったけれど、最近は特に回数が増えていた。
ロイズハルトと過ごした後や、彼を想い起こす度にそれは何の前触れもなく訪れる。
「何なの……ほんと……」
額から顎を伝って零れ落ちる汗もそのままに、エルフェリスは俯いたまま、荒く息を吐き出した。
目を瞑り、息を整えながら、記憶の糸を辿って思い当たる節が無いか探る。けれどそう簡単に手掛かりとなるものに行き当たるわけもなく、そのうちに平静は取り戻されるのがいつものパターンとなっていた。
不可解な感情が流れていく中を、何度か頭を振ることで断ち切る。
「はぁ……」
そして一際大きく溜め息を吐くと、額に浮かんだ汗を無造作に拭いながら、エルフェリスはまた再び暗い回廊へと足を踏み出した。よろめく身体を引きずりながら、足元に絡み付く余韻を一歩一歩振り払うように進む。
次の部屋まではそれほど時間を要さなかった。
ロイズハルトの部屋から目と鼻の先、デューンヴァイスの部屋の前に辿り着くと、エルフェリスは一通り自分の体に目を馳せ、乱れた箇所など無いか確認する。
そしてそれから扉をノックすると、ほどなくして「エルかー? 入れよ」などという緊張感の欠片もない陽気な声が部屋の中から返ってきた。
声に従って扉を開けると、すっかり見慣れた部屋の中へと無遠慮に踏み込む。すると雑然とした部屋の中心に、長身を屈めて忙しく書物をめくっているヴァンパイアの姿を見つけた。
純白の顔に眼鏡を掛け、獅子のような髪を無造作に一まとめにして、周囲に散らばった書物の山に半ば埋もれている。
「片そうとしたら崩れてきてよー。ったく、レイのやつ、出しっぱで帰りやがって」
参った参ったと頭を掻きながら、もそりと体を起こしたデューンヴァイスの屈託のない笑顔がエルフェリスに向けられた。