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† 残 †   作者: 月海
第六夜 螺旋の彼方
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太古の秘術(1)

 エルフェリスたちがヴィーダの地より舞い戻って、早くも一月が経過しようとしていた。


 ロイズハルトがデストロイから受けた傷はいまだ完治せず、相変わらず療養の床から起き上がることができずにいた。


 本来ならば、人間の二倍ほどの速さで傷は回復するようなのだが、ロイズハルトを苦しめる傷はなおもその存在を誇張するように赤く口を開いていた。


 ヴァンパイアの誇る治癒力が機能していないことを訝しげに思う者も少なくはなく、エルフェリスも無論、その中の一人であった。


「これでもかなり小さくなったんだけどな」


 自らを悩ませる傷に目を落として、ロイズハルトが小さく苦笑する。


 それでもやはりその経過が思わしくないのは、人間のエルフェリスから見ても明らかだった。


 あれから色々と調べ回って、ようやく一冊の古びた本をデューンヴァイスの部屋で"発掘"したのはつい先日のことだった。


 ずいぶんと昔に書かれたであろうその本は、今現在では使用されていない文字で記されており、謎の記号の羅列に頭を痛めたエルフェリスはそこに価値を見出せるわけもなく、「文字の読めない変な本がある」とだけ伝えて持ちデューンヴァイスに手渡した。


 その「変な本」の内容に興味を覚えたレイフィールが本に手を伸ばしたところで事態は動きを見せる。


 ヴァンパイアの身に支障をきたす奇妙な武具の記述が、そこにはあったのである。


「その効果は統一されてなくてね。デストロイというハンターの剣にどのような効果が付与されているのかは分からなかったんだけど、どうもその……ヴァンパイアの回復力を根こそぎ奪う力だけは必ずどの武具にも備えられているみたいなんだよね」

「ほう、それでこれか」


 他人事のように目を見開いて、ロイズハルトは包帯の下に隠れた傷口を指で指し示した。


「うん……。ヴァンパイアの回復力は人間からしたら脅威だし、それを奪い、弱ったところでとどめを刺す。そういう手段を、人間はとっていたんだと思う」


 本に記されていた聖なる武具について、レイフィールが簡潔に説明してみせると、ロイズハルトは紫暗の瞳を宙に這わせたまま小さく唸った。


 そしてしばらくの後、溜まりに溜まった長年の疑念を吐き出すかのように、ふーっと大きく息を吐く。


「なるほどな。これでようやく合点がいった。

 無敵を誇ったシードたちがどうしてああも易々とデストロイというハンターの前に灰と化したのか、俺たちはずっと分からなかった。

 魔法の武具の前に敗れ去ったのだな……」


 顎に片手を添え、鋭いまでの光を湛える瞳は、見やる者をすべて突き刺さんばかりの迫力に満ちていた。


「うん……。多分、そうだと思う。

 その力を誰が与えたのかまでは分からないけれど……デストロイは……やっぱり教会本部と繋がっていると思う」


 エルフェリスがその言葉を発するのには、多少の覚悟を必要とした。


 彼女やゲイル司祭も所属する教会本部は王都に置かれ、各地に散らばる教会の総本山ともいうべき機関であり、すべての聖職者たちを取りまとめる最頂点の者たちの集まりでもあった。


 共存の盟約はエルフェリスの村の、数代前の司祭が独断で取り交わした盟約であるけれど、それを認め、以後人間側の盟主は教会本部が担っていることは周知の事実であった。


 実際に交渉に赴くのはエルフェリスの村の司祭であるというのが慣例とされてはいたものの、それはただ単に盟主代理という立場からでしかなく、すべての権力は教会本部が握っている。


 その教会本部がデストロイというハンターと結託しているかもしれないという疑念が仮に事実であるとすれば、聖職者のすべてが共存の盟約を違える意思を持っているとヴァンパイア側に捉えられても仕方のない行為なのである。


 秘密裏にハンターに力を授け、故意にハンターを差し向けることで、古くからの宿敵でもあり、同盟相手でもあるヴァンパイアの力を削ごうとしている。


 それは明らかな盟約違反であって、あるいはシードの意思とは反対に、独自の反逆を繰り返しているヘヴンリーら急進派よりも性質たちが悪い。


 一介の神官に過ぎないエルフェリスにも、事の重大さがどれほどのものか良く解っているつもりだった。


「……どうしよう……。力を与えたのがゲイル司祭だったらどうしよう……」


 そして可能性の一つを口にして、エルフェリスは激しく動揺した。


 そのような事、ゲイル司祭に限って絶対無いと頭では解っていても、急激に襲い掛かってきた衝撃の波は、エルフェリスをいとも簡単に不安の渦の中へと放り出す。


 けれどその不安から救い出してくれるのは、いつだって目の前にいた。


「それはないだろう? そんな回りくどい事をゲイル司祭がするとは思えない。俺たちの命を狙っているなら、三者会議の場で魔法を一発放てば済むことだ。簡単さ」


 そしてそう言うと、「最近のエルは心配性だな」と笑った。


 その表情を見つめながら、エルフェリスも遠慮がちに微笑む。


「私も……司祭のことは信じてるよ。でも……」


 あの司祭ひとは、教会本部にあってもそれなりの権力を持っている、という言葉の続きをエルフェリスの口が語ることはなかった。


 ゲイル司祭は自らの意志であのような辺境の地で暮らしてはいるけれど、幼くして覚醒した奇跡の神聖魔法使いであり、本来であれば教会本部に召集され、最高司祭としてその頂点に立ってもおかしくない人物なのである。


 実際に王都からは頻繁にそのような打診も来ているし、重大な決め事や方針の転換期などには必ずゲイル司祭も教会本部へと赴いている。


 穏やかで、誰にでも親切で、ヴァンパイアとの交流を楽しんでいる。


 そんな風変わりな司祭ではあったけれど、それでも限りなく教会本部の頂点に近い人物なのは間違いない。


「誰かの心を探ることは容易なことではない。それに、いくら盟約を結んでいるとはいえ相手に対して丸腰である必要はどこにもないんだ。

 現に俺たちは生まれながらにして人間に対する武器を備えている。この牙という武器がな」


 ロイズハルトはそう言うと、片目を瞑って悪戯に口角を引き上げた。


 その隙間から、白く鋭い彼の毒牙が覗いている。


「対抗するための武具を、対抗勢力に与えたからといってわざわざ非難したりしないさ。

 俺たちも不本意ながらヘヴンリーという爆弾を抱えているしな。

 奪われた同族の命も多いが、それ以上に人間の命も奪われているだろう。それに一つ、エルには話しておかねばならないことがある」

「なに?」


 不穏な色を湛えるロイズハルトの瞳に半ば吸い寄せられるようにして、エルフェリスは少しだけ身を乗り出した。


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